*11* 今日から返り討ち。
*九日目*
ナイフが出来てすぐに、俺はゴミ箱に入っていたコーラの缶をテーブルの上に置いた。
そしてそれに向かって投げた。
小さな石なんかとは違うし投げる力の調節や狙いの定め方を変えなければいけない――そんなことは百も承知していたけど、見事に当たった。
気づけば不思議なぐらい当たるようになっていた。
どう加減して、どこを狙って、どんなモーションで投げればいいのかが自然と頭の中に浮かんでくるからだ。
呼吸を整え、標的を見据えて、手首の動きと腕の振り具合を調節して必ず当たる具合にする……何度もやっているうちに、それは完全に自分のものとなった。
そして。
「待ちやがれッ! この化け物ッ! よくも俺の兄貴を殺りやがったな!! てめえが幽霊だろうがなんだろうが知ったこっちゃねえ、死なないように手足切り刻んでじっくり痛めつけてやらぁぁぁッ!」
その日、俺は薄暗い町中で走っていた。
背後からはあの声が聞こえる。あの時俺が殺した銃を持ったスカーフ男の弟のものだ。
そいつはどうやら懲りずに一人でここにきて、敵討ちをしようと俺を探し回っていたらしい。
そこら辺の民家から物色していたらたまたま遭遇して、目が合った瞬間に銃を向けられて追いかけっこが始まったと言うわけだ。
「追い詰めたぜクソがぁぁぁッ!! もう逃げられねえぞッ! 泣いて命乞いしても無駄だぜ! テメエは俺が可愛がってやらぁッ!」
夕日が落ちて暗さが増してきたせいか寒い。
だけど身体は程よく温まっている。むしろ調子が良いぐらいともいえる。
後方から銃声が聞こえた、身体を横に捻りながら道路から外れて適当な民家のガレージに逃げ込む。
走れば走るほどそいつの罵声がどんどん酷くなってくるし、後ろからたまに銃声が聞こえて足元や耳元を掠めてそいつの殺意というのが良く分かった。
だけど今はもう銃声や銃弾に怯えられなくなった、むしろ遠慮なくばんばん撃ちまくってるから安心できる。
何故なら単純だ、何度も俺を狙って撃っているのに1発も当てちゃいない。口だけ達者で腕は下手糞ってことだ。
そう思うとこんな奴に怯えていた事が随分バカバカしい。
俺は一体こんなスカーフを巻いた貧弱な兄弟たちの何を恐れていたんだか。
「ははっ、お前の兄貴は弱かったぞ! フライパンで何度か殴ったらそれで死んだからな! お前の兄貴はキッチンの道具以下だ!」
「なっ……なんだとテメェェェェエッ!!」
調子に乗って下らない事を適当に言ってやったら後ろで今まで以上に跳ね上がったスカーフ男の怒声が響いた。
笑いたくなるぐらい怒りの沸騰点が低い男だ。
ガレージの中から家の中へ、そしてゴミとテーブルで足元がごちゃごちゃのリビングに入り込んだ。
当然そいつはご丁重に同じ道を通って、ばたばたと地面を蹴る音を響かせてこっちに近づいてくる。
部屋の中は暗い。
目を凝らせばようやく暗闇の中で物の輪郭が分かる程度だ。
勿論それは俺だけじゃなく、のこのことここまで入ってくる馬鹿にも同じ事。
「何処だぁぁッ! 何処に隠れやがった化け物がァァァッ!」
一番影が濃くなっている部屋の隅で姿勢を低く保つ。
そうしている間にもスカーフ男の弟は威勢だけは立派な声を馬鹿みたいに上げて、リビングの中に入ってくる。
暗くて良く分からないけど俺を探しているようだ。
荒い呼吸に地団駄を踏むような足音がそいつの場所を良く教えてくれる。
呼吸音を聞かせないように、口を丸く開けたまま、鼻じゃなく口で深呼吸をした。
それからジャンプスーツのポケットの中から、白い布を巻きつけたナイフのグリップを静かに抜く。
二本だ。
「もう逃げ場はねぇッ! 隠れてたって無駄だッ! 何処にいようがテメエを見つけ出して――。」
ごちゃごちゃ五月蝿く罵っている今がチャンスだ。
一本目のナイフを構える。
続けざまに遠くの壁に目掛けて、何も考えずに放り投げるようにぶん投げた。
ただ放り投げたようなものだから当然投げナイフとしての意味は成さない。
向こうで硬い音がした。遅れて床に金属が転がる音が聞こえて。
「そこかあああああぁッ!!」
*ダンッ!*
銃声が聞こえた。
暗い部屋が一瞬照らされて、スカーフを巻いた男が部屋のど真ん中にあるテーブルの上にいる姿も見えた。
それだけあれば十分だ。
立ち上がる。
ナイフのグリップを握った右腕を頭頂部あたりに伸ばす。
息を吸って、半分吐く。力をこめて、地面をブーツで踏んづけながら。
「――ふっ!!」
残った息を搾り出しながら一気に力をこめて投げる。
空気を切り裂く音がした。程なくして、暗闇の向こうで、
「ぐひっ!?」
喉をつぶしたような悲鳴が聞こえた。
がたんと重い物が落ちるような音もした。
考える暇なんてない。そんな声が聞こえれば十分、俺は部屋の影からたまらず飛び出した。
「こ、ひゅっっ……! で、でめっ……。」
駆け込めばそいつの姿はうっすら見えた。
薄暗くて顔までは分からないが、首を両手で押さえていた。
斜めから突き刺さった俺のナイフをどうにかしようとしている、銃は持っていない、やっと俺に気付いてこちらを睨んでいるだけ。
遠慮する必要なんてもう何処にもない。
盗賊は敵だ。
ゲームの中にいるNPCで、俺は主人公。だったら殺さない理由も、助けてやる理由も、逃がしてやる理由も生かしてやる理由もない。
「あっちで兄貴が待ってるぞ。」
あっちでろくでもない兄貴と一緒になれるんだ、死んだ方がマシだろ?
身体を横にひねって突っ込む。
見えない顔に目掛けて、肘で全力でぶん殴った。
頬骨を凹ませるような心地よい感触がした。
「いぐあっ!?」
そいつから悲鳴が跳ね上がった。十分効いてる。
肩をそいつの胸に当てて、左手で喉に刺さっていたナイフを横に抜き取った。
肉が切れた感触がした。構うもんか。そいつの腕に肩を絡めて――手に体重を乗せて一歩踏み込んだ。
「こ、殺してや……がはっ……?」
心臓を一刺しにした。
斜めから綺麗に、粗悪な投げナイフが刺さってる。俺じゃない限りは復活しないで即死だ。
念のため思い切り捻ってぐしゃりとかき回してから抜く。あとは言うまでもない。
温かい血の匂いがする、強い鉄の香りだ。
抱き締めるように密着していたそいつを床に押し倒すと視界の中に、
【XP+100】
【近接武器スキル1増加】
文字が浮かんできた。
邪魔だから手で追い払おうとしたらメタル調のBGMがして、レベルアップしたことを俺に告げた。
そんなことに喜ぶ気分でもない。俺は無視して死体を漁り始めた。




