6.ガーディアンとの戦い
電撃による火花が弾け、通路を明るく照らす。
感電し痺れて動けないでいる、巨大なナメクジに似た魔物をウォルトのバスタードソードが切り裂いた。
体を真っ二つにされた魔物は、ドロドロと溶けて通路脇の水路へと流れていく。
「私は火と風魔法しか使えないから、アンヌが来てくれて助かったわ。水性の魔物とは相性が悪いし、狭い場所を爆発させたら危ないしね」
「あのなぁ、魔力を加減すればいいだろう。少しはお前も手伝え」
地図を片手に持って言うエミリアへ、ウォルトは呆れて見下ろした。
(やっぱり、魔力を上手く練れない。どうしたんだろう)
二人のやり取りを横目に、マリアンヌは魔法を放つ際に感じる違和感から、込み上げてくる不安を払拭出来ないでいた。
精神的に不安定だからか、久々の戦闘で感覚が鈍っているのか。考えてみても答えは出ない。
「っ?! アンヌッ!」
切羽詰まったエミリアの声が聞こえ、俯いていたマリアンヌが顔を動かそうとした瞬間、何かが右足首に巻き付いた。
「きゃあっ?!」
巻き付いた何かに、強い力で引っ張られガクンッと体が傾ぐ。
ザンッ!
ウォルトがバスタードソードを一閃し、マリアンヌの右足首に巻き付いていた緑色の触手を切り裂いた。
バランスを崩して後ろへ倒れかけたマリアンヌの肩を、ウォルトが掴み抱き寄せる。
キイィィ!
緑色と白い触手に覆われた魔物が水路から姿を現し、水路から這い上がろうとした。
「ファイアーランス!」
ボオッ!
炎の槍が魔物の頭部へ突き刺さり、火だるまとなった魔物はバシャンッ!と水飛沫と共に水路へ落ちていった。
思考に耽り完全に油断していたとはいえ、魔物の気配に全く気が付かなかったとは。マリアンヌはぎゅっと下唇を噛む。
「大丈夫か?」
顔を上げると体を抱き止めてくれたウォルトと視線が合う。
腕に抱かれるように密着しているせいで、直に感じる彼の肉体の力強さと体温に、マリアンヌの顔は羞恥で熱を持つ。
「あ、ありがとう」
頬を赤く染めるマリアンヌに見上げられ、ウォルトは目を見開いて次いで視線を逸らした。
「いや、アンヌが無事なら、その」
動揺のあまり、しどろもどろになるウォルトの言葉を遮って、「あのさ」とエミリアはウォルトの二の腕をつねった。
「イチャつくのは仕事を終わらせてから、にしてくれる?」
ジロリとエミリアから睨まれ、慌てたウォルトは咳払いをしながら、腕に抱いたままのマリアンヌを解放した。
長い尾を持つ巨大な鼠やクラゲと数回戦闘を交えつつ、先へ進んでいくと三叉路へと辿り着いた。
「エミリア、次はどっちだ?」
後ろを歩くアンヌを気にしているくせに、努めて冷静さを保っている風のウォルトへ冷たい眼差しを送りつつ、エミリアは地図へ視線を落とした。
「ええっと、このまま真っ直ぐ進んだ先よ。扉の向こうに制御装置と、ガーディアンもいるわ」
指差した前、真ん中の通路の奥には所々錆びた鉄製の扉があった。
「ガーディアンって魔物でしょうか?」
マリアンヌの問いにエミリアは人差し指を唇に当てる。
「おそらく、魔法で作られた人造生物ね。制御装置を守るためのガーディアンだから、手強いはずよ」
コクリとマリアンヌは唾を飲み込む。
魔物は何とかなったが、魔力が上手く使えない状態でガーディアンと戦える自信は無かった。
自信が無いとはいえ、此処で引き返す選択肢は無い。覚悟を決めて、先を歩くエミリアの後を追った。
ギィイイイ……
錆び付いた音が響き扉は開く。と、同時に扉の隙間から薄紫色の煙、障気が漏れ出す。
「く、これはっ」
眉間に皺を寄せたウォルトは、口元を手のひらで覆う。
「すごい障気ね」
腕で鼻と口を押さえて、エミリアは風魔法を発動させて周りに薄い防御壁を張る。
「大丈夫か?」
「えぇ」
障気を浴びたのは初めてで、マリアンヌは体温が急速に低下していくのを感じた。
制御装置のある部屋は、青錆色に濁った水のプールがあり、プールの中央に鉄製のバルブが付いた巨大なタンクが設置されていた。
プールの奥に見える壁の上部から伸びるパイプは、湖と繋がっているらしくごうごう音をたてて上から水がプールへと流れ落ちていく。
中央のタンクへ向かう桟橋の手前には、折り重なって旅人風の武装した男達が倒れていた。体の一部は、既に干からびてしまっている。確認しなくとも彼等からは、明らかに命が消え失せていた。
「この人達は?」
「こいつらは、盗賊だな」
「制御装置を、使われている魔石を盗もうとしてガーディアンに倒されてしまったのよ。その結果、水が汚染された」
桟橋を渡った先、タンクへ手をかけた一人の男の後ろ姿が見えた。
そっと、マリアンヌは鉄格子を掴んで下のプールを覗く。
「落ちたら終わりだぞ。助かっても、障気にやられて廃人だ」
「えっ!?」
鉄格子から顔を出して下を覗き込んでいたマリアンヌは、ウォルトの言葉に慌てて顔を引っ込めた。
ウォルトとエミリアに続いて、慎重にマリアンヌもプールの上に掛けられた桟橋を渡る。
桟橋の床が歩く度にカツンカツンと音をたてるため、大丈夫かと何度も足元を確かめてしまった。
足を滑らせないようにびくびく歩くマリアンヌとは違い、前を歩く二人は特に注意を払っている様子は無い。
長い桟橋の先には、鉄製のバルブが付いた巨大なタンクがあり、タンクの側面には大小の配管が繋がり仰々しい雰囲気を放っていた。
どうやら此処がプールの中枢らしい。
近付いて見えた変色した肌の色から、タンクへ手をかけている男も既に息絶えているのが分かる。男の手は、子どもの頭ほどある大きさの瑠璃色の玉を握っていた。
「あの魔石を元の場所に戻さなきゃならないわね。でも、きっと触れたらガーディアンが襲って来るわ」
遠目から、男が掴む玉を調べたエミリアは嫌そうに眉を寄せる。
「倒すしかないな」
「もうっ簡単に言うんだから! じゃあウォルトが戻してよ」
ムッと眉を上げたエミリアへ苦笑いし「ああ」と短く返し、ウォルトは男の手が握る玉へ触れた。
「外れないな」
硬直している男の指を引き剥がそうとして、背中のバスタードソードの柄へ手を伸ばした。
ぶわっ、魔石から光が放たれ、思わずウォルトは後退る。
ボコボコボコ、バシャーン!!
突如、プールの表面にさざ波が立ち、激しい水飛沫を撒き散らしナニかが姿を現した。
出現の衝撃に足元がグラグラ揺れ、マリアンヌとエミリアは手摺に掴まった。
プールから姿を現したのは、頭部は丸く光沢のある鉄の仮面を被り、全身を銀色の金属に覆われ、逆三角形の胴体に比べて手足は長く細い、何かだった。手足の関節部は青の玉が埋め込まれており、腕の先はナイフのような鋭い爪が光る。
暫しプールの上に浮かんでいたソレは、仮面から覗く深紅の目を三日月のように細めた。
「来るぞっ」
バスタードソードを構えたウォルトの体を赤い光が包み込む。
「ガーディアンよ! 防御力アップの魔法障壁を張ったわ! 攻撃は頼むわよ!」
ギィンッ!
「ぐっ」
ガーディアンが突き出した右手の爪を、バスタードソードで受け止めるが衝撃の強さで腕が痺れてしまい、ウォルトは小さく呻いた。
ウォルトよりも一回りは大きい巨体に圧され、バスタードソードがギチギチ音をたてて揺れる。
ニィ、と深紅の瞳が細められる。押し合いをしていない、もう片方の手をガーディアンは大きく振りかぶった。
「危ないっ! サンダーボルト!」
バチィッ!
マリアンヌが放った電撃は、ガーディアンの振り上げた腕によって弾かれ霧散した。
「魔法が弾かれた?」
「魔法耐性が強いみたいね。物理攻撃しかないか。でも防御力も高そうだし、私はウォルトの援護をしつつ魔石に近付いてみるわ」
後ろへ下がったエミリアは呪文の詠唱を始める。
「アンヌッ!」
ウォルトの声に反応して腰の剣に手を伸ばすが、剣を抜くよりも速く身を翻したガーディアンの爪がマリアンヌへ迫る。
(だめっ防げない?!)
ぎゅっと、咄嗟に目を詰むってしまった。
キンッ!
ドスンッ!
肉を切り裂く音ではない、固い金属がぶつかる音が響く。
マリアンヌへと刃が届く寸前、ガーディアンとマリアンヌの間に体を滑り込ませた黒い影が、レイピアの刀身で鋭い爪の切っ先を受け止めて更に足払いをかけたのだ。
「貴方は、」
大きく目を見開いたマリアンヌは、驚愕のあまりに言葉に詰まる。
「間に合って良かった」
黒い影、頭から足の先まで黒で覆われた男性。
黒頭巾から目元だけを出した男性の声は聞き覚えのある人物のもので、マリアンヌは震える声で小さく「嘘」と呟いた。
二月中に終われなかった。
もう少しだけお付き合いください。




