15・伝説を蹴り飛ばして候
有馬といえば温泉。といってもどうやらそんな風情は一切ないようだった。
「院も御幸行したっていう有馬がコレかよ」
観光どころではない戦乱期だから、まあ、何もないこの辺りは人が居なくなるとこんなもんだろう。ついこの間まで人が居たのは確かなんだがなぁ~
そのガランとした温泉に浸かって一休みしたかったが、数時間で後続が追いついて来たので日があるうちに山田荘を襲う事になった。
山田荘にはまだ敗戦は伝わっていないハズだった。
「おらぁ、源氏が大将、源が義経のお通りだぁ!」
バカがバカな事をバカデカい声で叫びながら山田荘の平家陣へと突っ込んでいく。搦め手が敗戦した事は未だ知らず、福原ではまだ戦端は開かれてすらいない。皆暢気にしているのも仕方がないだろう。坂東の山猿ごときがこんなところまで攻めて来るとは考えまい。いや、僕たちは奥州の方からの訪問者だけどね。
「義経?誰だ?」
まあ、知名度無いからそんなもんだろう。範頼の方が知られてるんじゃね?それも無いか。
「俺だよ俺。オレオレ」
どこの詐欺集団だおまえは。
「そんな奴はしr」
言い終わる前に人生が終わった発言者。詐欺の犠牲者だ。実際、アレは静で僕が義経だから。
雑兵を蹴散らし高価そうな着物の連中は頸を飛ばして暴れ回っていたら辺りは暗くなってしまった。平氏軍の瓦解は明らかだ。
「さて、山の裏は掃除が済んだ。あとは本隊がいる福原だな」
さて、ここからが問題だ。山越えをどこから行えばよいのか。
「平氏が居るのは福原だろ、なら、夢野口から攻めるのが当然だな。完全な横撃になるからこうかバツグン!」
そう言って憚らない静。地理が分からない佐藤兄弟はとくに発言について何も言わない。僕は正直よく分かっていない。
まずもって問題なのが一の谷なるモノの存在だ。
史実がどうかは知らんがこの世界においてそんな地名は出て来ていない。平家本営は福原。さらに東の切羽に陣を敷いているという話は聞いていないので、鉄拐山の逆落としをやったところで何の戦術的効果もありはしないだろう。
「静、鉄拐山は分かるか?」
そう聞いてみたらさすがに分からなかったらしい。一の谷の話をしてもそれは福原近辺の地名だという。
「一の谷はこれから行く夢野口から下りる辺りだろ。それより東にゃあ道も無けりゃまともな村すらねぇぞ。陣を置く場所だってない。わざわざ切羽から下りて何するんだ?甲斐勢から分けて貰った兵力をわざわざ回してもらって山田荘から逃げ出す連中を追ってもらうんだ。俺たちが同じ道を通る必要もないだろ」
静にとっては僕の話は六甲の遥か西の話をしている様に受け止められたらしい。まあ、仕方がないのかもしれん。逆落とし論争は平家物語による創造説まであるらしかったからな。
そんな事をやっているうちに明るくなりだした。
「寝る時間なかったじゃねぇか。よし、総攻撃がいつか聞きに行くぞ」
文句を言いながらも元気な静は範頼の陣へ行くと言い出した。言い出したら聞かないから僕も付いて行くしかない。
そのルートは六甲山へと登って福原を眺めながら範頼陣を探すというアホ丸出しなものだったが、脚装に掛かれば平気だ。奥州鎌倉間を2,3日で往復するバケモノだから。
「おい!お前ら・・・・・・」
どうやら平家の軍勢に出くわしたらしい。なぜか静が一瞬止まる。
「教経・・・」
そう言ったかと思うとまた掛けだした。
しばらく行くと川を境に睨み見合う軍勢を発見し、その東方に範頼の陣が見えて来た。
「おお~、義経殿、なかなかの働き、あっぱれぞ」
にこやかにそう言う範頼。バカである。
「何、これから突っ込む御仁が。そちらの方が収穫はデカいんじゃねぇか?」
そう返すバカ。
「ハッハ。何、手勢の差だな。山を下る際には気をつけよ。峠に陣を敷いていると物見が知らせて来たぞ」
そう教えてもらったが、それについては僕たちはその陣を突っ切ってやって来た訳だ。
「その様だ。その陣なら先ほど見て来た」
ん?教経が居たことは言わないんだな。
脳筋と狂戦士による作戦に関係ない会話を続けている間に僕は梶原という軍監と話をして作戦日時を調整していた。
「では、弁慶殿。平家の目が峠へ向いたのち、我らも開戦いたす故、頼みましたぞ」
横で大声で笑うバカを放っておいて僕は作戦の調整をした。
「帰りは大回りする。流石に教経に見つかる訳にはいかん」
そう言うので範頼にその事実を伝えなかった理由を聞いてみた。
「平家随一のモノノフが峠に居ると知ればあの脳筋が有馬から迂回すると言い出しかねんだろ。今更そんな変更は利かんぞ」
なるほど、バカなりに考えてたのか。
「そもそも、教経は俺の獲物だ。お前も盗るんじゃねぇぞ?」
なぜか凄まれた。前言撤回、ただ、バカがバカな事したいから隠しただけだった。
山田荘までの道は進撃路よりさらに北を回る慎重なものだったが、僕らだから山や川を文字通り飛んでいくわけだから、時間の差はたいして存在しなかった。
帰って早々
「我らは夜陰に紛れて夢野口前まで進む。明日は朝一で教経と死合じゃ」
てめぇの願望だけの指令を臆面なく言い放つ狂戦士がそこに居た。
一の谷の逆落としは平家物語の創作である。
まあ、創作としてはなかなか秀逸なストーリではあるけれど、私の創作にはまるで必要ないシチュエーションであった。
まあ、そう言う事になる。




