表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【コミカライズ】ライアー、花をちょうだい(連載版)  作者: 雨傘ヒョウゴ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/10

アスファルトはお休み中。

 



 結局、球技大会ではそのまま負けてしまった。私は兵士さんの頭に当たったボールを呆然と見つめて、時間切れの笛の音に瞬いた。「く、くそいてぇ」 兵士さんは頭を触って、地面に突っ伏した。「顔面セーフだったんだから、もうちょっといけたのになぁ」とがっかりしているお友達の首元を掴んでぷんぷん怒っている。それよりも今、お姫様って?




 お姫様っぽい雰囲気って一体なんだろう、という疑問は時間とともに風化した。兵士さんのことが気になって仕方なくって、ちらちら視線の端で捕らえても、彼はただのクラスメートで、きっかけがないと、話すことも難しい。わざわざ理由を作るのも大変で、けれども掴んだ一つの言葉が嬉しくて、幾度も思い返して、机に頬杖をつきながら勝手に口元を笑わせた。


 こんにちは、私、あなたの前世と知り合いなの。


 そんなことを言えたら、どんなにいいだろう。けれどもそれは私が勝手な満足をするだけで、きっと何も意味もない。私の心の奥底で眠っている彼女も、そんなことは望んでない。彼女はただ、叶えることもできない小さな願いを胸にして死んでしまった。私はそんな彼女のほんの少し欠片を掴んでいる。瞳をつむった。じわじわと、蝉がなく声がきこえる。


 いつの間にか、夏休みになってしまった。





「あ」

「あ」


 にじむような汗を拭って、アスファルトの上で彼と出会った。つばのついた帽子をかぶっていて、見慣れない半袖の私服だ。あまりの暑さに、ゆらゆらと蜃気楼が揺れているみたいだ。「お久しぶり……ですね?」 夏休みになってから、もちろん彼とは一度だって会っていない。でもその前から、ぽつりぽつりと会話を交わすくらいだったけど。「……ん、ああ」 兵士さんが首元をひっかいて視線を逸らした。じわじわする。


「えっと、夏休みの宿題は終わりましたか?」

「まあ、ぼちぼち。……あんたは?」

「終わりましたよ」


 つい先週のことだ。兵士さんは少しだけ考えるような仕草をして、「相変わらず真面目だな」と呆れてなのか、ため息をついた。兵士さんは、何か私を勘違いしているような気がする。彼の前ではしゃっきりするようにしているけれど、実際はそんなことないし、宿題だってすることがなくて仕方なくだ。なんとなく、兵士さんを前にすると自分をよく見せたくて背伸びをしてしまう。それがどうしてなのかと言われると、少し説明が難しい。


「どっかに行くのか」

「ええ、ちょっと図書館に」


 ただの散歩なのに、やっぱり格好をつけてしまった。そんな自分が恥ずかしかった。兵士さんは私の返答なんてどうでもよさそうに、「ふうん」と相変わらず視線を逸らして頷いた。


 二人で同じ信号を待った。続ける言葉がなくて、時間ばかりがもったいなく過ぎていく。どうしよう。頭の中ではしょうがない言葉ばかりが浮かんで、なんだか違うと首を振った。どうしたらいいだろう。ひっそりと彼を盗み見た。そんなとき、ぱちりと視線がかちあった。あれ。



 兵士さんって、こんなに背が高かったっけ。



 ほんの少しの差なのかもしれない。でも教室で会っていたときとはなんだか違う。ちょっと見ない間に、隣に立つ彼の背がひどく伸びていることに気づいて、なぜだか驚いて瞬いた。ぶんぶんと、車が目の前を通り過ぎる。互いに目を合わせたまま、奇妙な間があった。と、思えば、彼は自分の帽子を、ぽすりと私の頭にのせた。「暑いだろ。帽子くらいかぶっとけ、ばか」 信号が、赤から青に変わってしまった。兵士さんがぱっと走って消えていく。


 息ができなかった。

 少しぶかついた帽子をかぶって、彼の小さくなる背中を見つめた。なぜだかひどく首筋辺りが熱くなって、視界が滲んだ。声を出すこともできなくて、きゅうっと痛くなる胸に片手をおいた。


 車と蝉の音ばかりが大きく聞こえる。



 ***




 やってしまった。俺は必死に走って、走って逃げた。

 関わるものか。そう考えていたはずなのに、偶然に彼女に出会えたことを喜んで、必死で唇を噛んで誤魔化した。(つーか、ただのクラスの男にあんなの渡されても困るだろ!) わかってる。なのにわかってない。やってしまった。


 こんな暑い日差しの中なのだ。心配をさせるにもほどがある。「あー!!」 口に出した声は、必死の羞恥を飲み込んだのだ。なのに会えたことは、やっぱり嬉しかった。「くっそ!」 全速力で走って逃げた。



 夏が溶けて、消えていく。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 語彙を失うくらい とても エモい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ