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120 心機一転するつもりだったんだぞ……

 なんか。なんかなあ。

 サクラちゃんに会って、前向きで上向きな良いパワーをもらうつもりだったんだけど。

 なんだかまだ、反省モードを脱出できないような。


 そうか、あのグループは『友達』じゃなかったのか。どうりでもめごとが絶えないグループだと思っていた。翠には他にも、貸して帰ってこなかった小銭とか物とか山のようにあって、ホントあれはもめごとというより犯罪なんじゃと今でも思うけれどね。

 けど、そういうことに卒業後十年経って今さら気が付く私って、もしかしてバカなの? なんか、落ち込むんだけど。


「咲。プレートが来たよ」

 サクラちゃんに声をかけられると、見た目も仕草もカッコいいウェイターさんがデザートプレートを二つ運んできて、サクラちゃんの前に置いているところだった。

 私の前にも置かれる。すごい、美味しそう。


「さすが高級カフェ」

 つい呟いたら、サクラちゃんに笑われた。

「高級って。そりゃ、都心の店だからそれなりの値段はするけど」

 サクラちゃんのレベルになると、値段で高級とか下級とか分けないんだろうなあ。私とは格が違うわ。

「値段以上の味だと私は思ってるんだ。咲も食べてみて、感想を聞かせて?」


 ニコッと笑う顔がかわいい。女どうしだけどドキッとしちゃう。

 ホント、サクラちゃんは女子高の華だわ。いや、男性にもモテるんだろうけど。それ以上に、今はもうとっくに女子高生じゃないんだけど。


 元から大人っぽくて落ち着いていて、有能だったサクラちゃんは、十年経って更に落ち着きのある有能な素敵な大人の女性になった。

 私はどうなんだろう。高校で出会ったサクラちゃんに憧れて、その近くで友達ポジションにいることに浮かれて、翠ともめたり梨佳にキレたりしてサクラちゃんに面倒をかけてばかりだった子供っぽい私は、十年かけてちゃんと大人になれたんだろうか。


 ……全然、成長できた気がしない。

 梨佳が十年経っても電波なように、翠が十年経ってもクズ女(あ、はっきり言葉にしちゃった)であるように。私も、十年前とやっていることは大して変わらない気がする。


 ああー。落ち込んでいるのに、スイーツがおいしい。サクラちゃんのおすすめだけあって、超絶おいしい。何これ、素材から違うんだろうことが私にもわかるよ。

 高いお金を払うんだから、せめてしっかり味わって元を取らないと……と、落ち込みながらもせせこましい計算をしている自分がいて、更に自己嫌悪になるが、元を取りたいという感情のほうが買ってしまった。私って、根っからセコイやつ。


「どう? 咲」

「おいしい。ものすごくおいしい。なんなのこのアイスクリーム、私の中のバニラアイスのイメージが覆されたんだけど」

「これね。バニラビーンズの粒が入っているのがいいだろ? 店売りでも時々このタイプはあるけど、私はこの店の配合が日本では一番気に入っているんだ。今のところだけどね」


 さらっと『日本では』とか言うところがまた、セレブリティな感じがしますよ。

 そう……。サクラちゃんといると、自分もセレブでハイソで頭のいいひとになったような感覚を味わえるのだ。自分はバカのままなのに、サクラちゃんが対等に話してくれるから、自分まで偉くなったような気分になれるのだ。


 私がサクラちゃんを好きなのは、それが理由なのかもしれない。と思うと、さらに落ち込んだ。

 しかし今はスイーツ。このスイーツを存分に楽しまなければ、お金がもったいなさすぎる。

 ああ、ホント自分の発想が貧乏くさすぎて、情けないよ!


 けれどとりあえずスイーツに集中しよう。自己嫌悪は家に帰ってからも出来る。

 と思ったとき、

「あらあ、大幡さんじゃないですか! こんなところでお会いできるなんて、偶然ー! 嬉しいですぅー!」

 店の雰囲気に似合わぬ、すっとんきょうな女の声が。しかもこの声、しゃべり方。どこかで聞いたことがあるような。


 顔を上げると、ピンクのふりふりしたワンピースに紺のジャケットを合わせ、ブランド物のバックを持った派手な化粧の若い女の子が、サクラちゃんのすぐ傍に立って話しかけていた。

 以前より派手さが増しているが、忘れもしないこの顔、この声は。


「ああ、確か……吉峰さんでしたか? 即刻社さんの」

 サクラちゃんが口に出したのは、私が勤めていた会社の親会社の名前。そして……吉峰。吉峰姫子。

 間違いない、この女。私から晴を寝取った極悪後輩!

 えっまさか、親会社に引き抜かれでもしたわけ。ウソでしょ、ちょっとかわいいのと化粧がうまいのだけが取り柄の仕事のできない子だったのに。


「はいー、吉峰姫子ですぅ。あと、この前ごあいさつしたときは、即刻社のものと一緒にお邪魔したのですけれど、今はこういう仕事をしておりますー」

 やっぱり場違いな甲高い声で、姫子ちゃんは自社の名刺を取り出してサクラちゃんに差し出した。

 ダメだ……元教育係として、この醜態を見過ごせない。


「姫子ちゃん。声が大きいよ。お店の雰囲気を壊しているの、わからない? ちゃんとわきまえて」

 私は二人の会話に割って入った。

「あと、彼女は今、プライヴェートなの。相手のご都合も考えずご挨拶して名刺を押しつけるなんて、態度悪いと思われても仕方がないよ。ビジネス以外のシーンでお客様と会ったときの対応はデリケートにって、何度も教えたでしょ」


 姫子ちゃんは私をじろじろ見た。それから、ピンクの口紅を塗った口でにたぁと笑った。

 向こうは立っていて、私は座っているから、なんだか見下された気分。

「あっれぇ~、誰かと思ったら、平群先輩じゃないですかぁ~。ご無沙汰してますぅ。やだぁ、地味になっちゃったからわからなかったー。お世話になったのに、申し訳ありませぇん」


 また、でっかい声で言いやがった。わざとやってるな、この女。

「咲。彼女は知り合いか?」

 サクラちゃんが不思議そうにたずねる。

「ごめん、サクラちゃん。この子の新人教育担当、私だったの……」

 その結果、出来上がったのがこれでございます。教育が行き届いておらず、誠に申し訳ございません。


「なるほど」

 サクラちゃんは、差し出されたままの名刺に目を走らせた。

「前に咲が勤めていた会社だな。即刻社さんとの関係については失念していた、失礼」

 それからサクラちゃんは立ち上がり、

「申し訳ないが、吉峰さん。友人が言ったとおり、今はプライヴェートなんです。せっかくですが、こちらはまた、仕事でお会いすることがあったときに受け取らせていただきます」

 名刺を持った姫子ちゃんの手をさりげなく遠ざけて、軽く会釈してまた席に着いた。


 そしてすぐ、

「ああ咲。このミントがまた美味いんだ。ミントの葉は食べないで残す人が多いが、私はこれが好きでね。ハーブがダメでなかったら試してみないか?」

 私に話しかける。不作法丸出しの姫子ちゃんを完全シャットアウト! 華麗だ、華麗すぎる、さすが私のサクラちゃん。姫子ちゃんを育て上げたのが図らずも私であるということは棚に上げて、今はサクラちゃんを称賛する。


 姫子ちゃんがとても悔しそうに唇をゆがめているのが見えた。奥歯をかみしめているね、あれは。あんまりやると、歯並びが悪くなるよ。二十万かけてきれいに矯正したご自慢の白い歯でしょ、大事にしなさい。


 サクラちゃんの会社は上場企業で、本来はうちの会社ではなく親会社の顧客だ。

 そして彼女はそこでも注目の出世頭。つながりを作りたいのはわかるが、やりかたが下品すぎる。

『ビジネスチャンスを逃がすな』

 会社のオジサンがたにそんな風に教え込まれたのかもしれないが、時代は昭和ではないのである。強引すぎる売り込みはマイナスイメージしか作らない。


 辞めたとはいえ、愛着はあった会社だ。あまりイメージを落としてもらいたくないものだが。

 そう思いながらチラリと見ると、姫子ちゃんは悔しそうな顔をしながらすごすごと立ち去っていくところだった。その顔が、一瞬だけ振り返る。そして目が合った。


『このままじゃおかないんだから』

 そう考えているときの目だった。

 前にもこんな目つきでにらまれたことがある。客先で派手な失敗をした彼女を、社に戻ってからこっぴどく叱ったときだ。

 その三日後、彼女は晴と腕を組んで一緒に出社してきた。


 

 心機一転、新しい人生に踏み出そうと思って臨んだサクラちゃんとのデートだったが。

 今までの人生は、そう簡単に私を手放してくれそうにない。

 ……そんな風に感じてしまった夜だった。



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