110 バレンタイン包囲網
二月十四日。決戦の日である。
クリスマスも落とせない戦いではあるが、バレンタインは重みが違う。ここは最終決戦、後のない背水の陣。ここでの失敗はもう取り返せない。
ゲーム内での一年の総決算、天国か地獄かを決める天王山。それが、このゲームにおけるバレンタインイベントなのだ。
この日、私は朝からスタンバイしていた。
アヤちゃんを通して中村さんから聞き出した、『確実に小林が出現する地点』。今日に備えて何度も下見をし、地形も十分に把握した。作戦も十分に練り、シミュレートも繰り返した。
アイテムの用意もばっちり。周囲に溶け込むための迷彩もばっちり。
後は相棒がグングニルさんだったら安心できるんだけどね。残念ながら彼を三次元(ゲーム内) に召喚することはできない、伊藤くんルートでさえも。
しかし、今回の相棒たちとも私は苦楽その他もろもろを共にしてきた。
だからいける。きっといける。ここで勝負を決めてやる。
念のため予定よりも二時間早くスタンバイする。死角に位置取り待機。
十四時、目標確認。この時点ではまだ襲撃しないが、良い兆候だ。ここで現れないようならプランB に移行しなくてはならなかった。
『予定どおりで』
相棒たちに、短いメッセージを送る。すぐに了解した旨の返事がくる。
そこから更に一時間半。この間、目標は動かないはずだが不測の事態に備えて監視は怠らない。狩りに必要なのは忍耐力。静かに獲物を待つ力。缶のポタージュスープを飲みつつ、ひたすら待つ。
イチゴーサンマル、目標が再び出てくる。作戦開始である。
「おう小林、追試どうだった?」
「ちゃんとあきらめないで書いた? 小林くん」
「うちのゼミから落第者が出たら先生が怒るぞ、がんばれよな」
目標に集まってくる男女。
そう、ここは中村さんと小林が通う大学。
今日は、小林が落とす寸前の必修科目の追試の日。
バレンタインデーに何というイベントを突っ込んでくるんだと梨佳のセンスに文句を言いたいところではあるが、ほぼ確実に小林をつかまえられるイベントであった点は評価したい。
そして今、小林を囲んでいるのは中村さんに頼み込んで手配してもらった、小林と同じゼミの仲間たちである。
中村さん情報では、小林は彼らとも普通に仲良くやっているらしいので、善意の声かけをムゲにはするまい……というのが私の読み。作戦はもう始まっている。ゼミ仲間たちはいわば、獲物を狩り立てる猟犬だ。頼むぞ、小林のゼミ仲間たち。初めて見たモブだけど。作戦どおりうまくやってくれ。
「うん、まあ……とりあえず解答用紙は埋めてきた」
小林の気弱そうな声が聞こえる。
「これでもダメだったら、後は土下座するしか……。十年以上前だけど、先生に土下座して追加レポートで進級させてもらったOBもいるって話だし……」
どんな大学だよ、ここは。そして土下座に縁のあるルートだな、これ。
「バカ、お前、それ都市伝説だぞ?」
「そんなの信じてるの?」
言われてる、言われてる。まあ、小林はバカだよね。悪いけど、フォローのしようがない。
「ちょっと学食に来いよ、なんか食いながらダメだった時の対策を練ろう」
「え、でも……。土下座がナシなら、ダメだったらもうダメなんじゃ?」
もう落ちたつもりでいるらしい小林。そんなに成績に自信がないのか。もっとちゃんと勉強しろよ。土下座に頼りすぎる人生は良くないと思う。
「いざとなったら、俺たちも一緒に土下座してやるから」
「とにかく、温かいものでも飲んで考えようよ」
引っ張られていく。うむ、良い働きをする猟犬たちだ。彼らにまわりを固めてもらったまま、小林を学食(地下一階、出入り口は一ヵ所のみ)に追い込むのが私の作戦である。
そして無事に罠に追い込んだら、狩人(私)の出番だ。
まずは逃げ回っている獲物の足を止めること。でなければハントは始まらない。
そのことは二重の意味で伊藤くんに教えてもらったよ。よく逃げたよね、伊藤くんも。
いや、感慨にひたっている場合ではない。今は目前の獲物(小林)のことだけを考えるべし。私も学食に向かわねば。
マフラーを引き上げて口許を隠す。この日のために用意した伊達メガネ(黒縁)も完璧。髪型を変えるためのウィッグもズレてない。……ズレてないよね? 念のため、鏡で確認。大丈夫だった。
学生に紛れ込み、チャンスを待つ。そして告白するのだ。がんばれ、私。
今日、すべてに決着がつく。




