06 エスタ殿
サクルは仲間の笑顔に迎えられる。
はずだったが、そうはならなかった。
「エスタ殿。我々の兵団に、ご協力いただきたい。戦況を変えられる一手となるでしょう!」
丘までやってきた兵士たちが、エスタに頭を下げた。
冷静に考えれば、王女が長距離狙撃などできるわけがない。そこまではよかった。
しかしサクルがひそかに弓を練習していたというよりも、王都からやってきた謎の男、エスタが驚くべき弓の使い手というほうが、よほどしっくりくる。
そこの考えが抜けていたエスタは苦笑いを浮かべた。
「いや、わたしはそんな……」
エスタはどうしたものかとサクルを見る。
サクルは首を振った。あやうく、ぎりぎり副団長になれた自分がエスタによって、常識を越えた弓の達人に仕立てられるところだった。
そんなのは荷が重い、ごめんだとばかりに、じわりじわりと仲間の方へと移動する。
「エスタ……。もしかして、エスタリオン殿か?」
第三部隊の隊長、が言った。
「ジェイド・エスタリオン殿では?」
「エスタのフルネームでしょ?」
スナイプが言うと、兵士たちの中で声が上がった。
「各地で戦果を残した剣士だとうかがっていますが、まさか弓の腕がこれほどでいらっしゃるとは」
「これは頼もしい。かの剣士がこの地に」
「さっそく稽古を頼まねばなりませんな」
「しかし、なぜ、王女の護衛などを……?」
ぽつりと出た言葉。
スナイプに注目が集まる。
「私を大事にしているっていうことでしょう? ……おかしい?」
スナイプが不安そうにすると、兵士たちはいっせいに、いやいやいや、と手を振った。
「そのようなことはありませんぞ!」
「そうですそうです」
「ではあらためて。エスタ殿、ぜひ、我々ゼンセンの力になっていただきたいのですが!」
エスタは兵士たちにぐるりと囲まれた。
「ええ、その、ですね。スナイプ様の護衛の任務が、王から与えられた第一の任務です。ですから、スナイプ様から離れるわけにはいきません。ですから、スナイプ様の行動範囲でならば、お手伝いいたします」
エスタはなんとか絞り出した案を伝えた。
スナイプの部屋にもどると、エスタは深いため息をついた。
「おつかれね」
「ずいぶん古い呼ばれ方をしたもので……」
「エスタってそんなにすごいの?」
「いやいや、話というのは大きくなるものですから」
「ねえ。私、なんだか変なことに気づいたんだけど」
「なんでしょう」
「私の弓って、普通じゃないの?」
スナイプは言った。
「どうしてそう思われました?」
「みんながすごいすごいって言ってるから。エスタがやったって勘違いするくらい。あの人たちって、すごく鍛えてる人たちなんでしょ?」
「はい」
「そんな人たちが騒いでるんだから、私もすごいってことにならない?」
「そのとおりです」
「なにがすごいの?」
「はい。普通の人間は、一キロ先の的は射抜けません」
「私はできるけど」
「ええ。こつこつと練習をしてきたからですね」
「遊びだけど」
スナイプが言うと、エスタは微笑んだ。
「ですから、それに、普通はあの弓は使いこなせません」
「これ?」
スナイプは、椅子に置いてある弓を見た。
「あれは宝具です。国の宝です。普通の弓は、射る前に動きません」
「ふうん」
言われてもよくわからない。普通は動かないなら、動かないでもっといい弓があるんじゃないだろうか。だったらそちらのほうがいいはず、とスナイプは思った。
「お父様がここに来るように言ったのは、罰じゃないの?」
「前線の基地にスナイプ様を送ったというのは、王の意思です。昨今、王都では戦闘行為が行われず、剣の力が過度に信じさられ、弓の力が軽んじられています。訓練場が使われていなかったでしょう?」
言われて思った。スナイプが使用していたのは、弓用の訓練場だったのか。
「スナイプ様の価値は、王都ではわかりません。ゆえに、こちらにご案内しました。スナイプ様のご安全はわたしが保証いたします。どうか、ご協力ください」
エスタは言った。
「ふうん。よくわからないけど、私は、エスタの代わりになにか射ればいいってこと?」
「そのご理解でよろしいかと。スナイプ様が過剰に注目されなくて安心しております」
「ふうん。でも、お姉様たちは、きちんと婚約相手を見つけているから、そちらのほうがすごいと思うけど」
兵士たちが嘘をついているとも思えなかったので、スナイプ自身、なにがすごいのかわからないけれど、悪い気分ではなかった。
そして部屋の隅で直立不動のサクル。
「……遠くまで噂になる剣士ってなに!? ……毎日の努力を努力と思わない人って、ザ・天才じゃない!? えっ、凡人はわたしだけ……?」
ひとりつぶやいていた。




