04 王女がそんなことできるわけない
案内された部屋から、スナイプはすぐ出てきた。
それを聞きつけたように隣の部屋のドアが開き、エスタが現れた。
「いかがなされました?」
「なんか、変なにおいがするんだけど」
「失礼」
エスタはスナイプの部屋に入った。
ベッドは大きく二人寝られる大きさで、家具は机や椅子がある。豪華さよりも丈夫さを優先したものだ。
窓も、かたく閉じられるよう、閉じた分厚い木窓に鍵をかける、かんぬきも備え付けられている。
一人部屋としては充分広い。
「これは香でしょう。このあたりの地域では使われているようです」
「香?」
「はい。気持ちを落ち着ける効果のあるものや、反対に興奮させるもの、集中力を高めるものなど、様々なものがあります。これはおそらく、落ち着くためのものでしょう」
「落ち着かないんだけど」
「別の香りに変えてもらいますか」
「私、香水はあまり好きじゃないから。エスタの部屋と交換して」
「いや、しかし」
スナイプはかまわず、エスタの部屋に向かった。
「あら?」
部屋は、隣なのにもかかわらず、スナイプの部屋の半分ほどの広さしかない。
しかし香のにおい、はなかった。代わりに別の香りがする。
「果物じゃない」
机にいくつかの果物がならんでいた。
「はい。ついさっき、用意していただきました。わたしは、この地方の果物に目がなくて」
「私も食べる」
「では、皮をむきましょう」
皿を出すと、エスタがするするとナイフで皮をむいて、一口サイズに切り分けていく。
流れるようなスムーズさだった。先にエスタが食べてからスナイプに用意される。
どこからか出てきたフォークを受け取ると、スナイプは品よく口に運んだ。
「おいしい! 形は悪いけど!」
「このあたりの果物は、大変質が良いのです」
「知ってるの?」
「いろいろな地域に参りました」
そんな話をしていたら、廊下をドスドスとやかましい足音が近づいてきて、大きなノックの音がした。
この部屋ではない。隣だ。さらにノックの音がしてから、こちらの部屋にやってきてノック音。
「はい」
「失礼します!」
サクルが入ってきた。
「ああ王女、こちらにいらっしゃましたか! もう落ち着かれましたか? では参りましょう!」
「まだ食事中なのだけど」
「果物なら後でいくらでもご用意いたしますので、さあ、さあ!」
スナイプは立ち上がらされると、ほとんどサクルの押す力だけで歩きだした。
人の少ない通りを歩く。
「この町って人がいないの?」
「います! 朝は非常に活気がありますよ! 飯を、いやご飯を食べる人たちや出かける準備で大にぎわいです! いまは仕事中ですから!」
「じゃあ、この町は兵士しかいないの?」
「別の、住居の区画には、一般の人たちもいますよ!」
「私もそっちに行こうかな」
「いけません! こちらにいることが安心なのです!」
「どうして?」
「武力はこちらに集中しているからです!」
スナイプは、前線とは言われていた。
けれどスナイプがこれまで暮らしていた場所とはまるでちがう印象だ。それに、さっきは実感がなかったが、近くまで魔族がやってくる。
危険な場所だ。こんなところに父は自分を行かせた。
父は、自分がどうなってもいいのだろうか。スナイプは考えていた。
「スナイプ様。王は、あなたのことをお考えですよ」
エスタは急にそんなことを言った。
そのタイミングの良さに、スナイプのささくれ立ちそうだった気持ちがすこし落ち着いた。
そうしている間も、スナイプはずっと背中を押されている。
角を曲がって進んでいくと、急に開けた場所に出た。
木の柵に囲まれているが、それほど高くもなくすき間も多くて、牛や馬を区切る柵だろうか、とスナイプは思った。しかし中に人はそういう動物はいない。
いたのは、さっき隊長と呼ばれた男だけだ。
訓練場だろうか。
「王女をお連れしました!」
スナイプは中に連れていかれた。
「わざわざうちの隊員が無理を言いまして失礼いたしました」
隊長、は気乗りしない様子だった。
そして弓を差し出す。
「もしよろしければ、これであの的を狙っていただきたいのですが」
隊長は的を指した。
三十メートルほど先に的がある。下に重しがあり、立て看板のような的で、敷地の中にぽつんと置いてあるところから見ると、ついさっき置いたのだろう。
スナイプは弓を受け取った。
「重い」
普段使っている弓よりも大きく重い。
「私はもっと小さいのしか使ったことないけれど」
隊長は苦笑いを浮かべた。
「申し訳ない。うちの隊員が強情で、王女の趣味の弓をどうしても、わたしに見せたいと。彼女は一射していただければ満足だというので、お願いできますか」
「あとで果物をたくさんくださる? とても美味しかったから」
「喜んで」
スナイプは彼らの意図を考えた。
もしかすると、こうした、戦いが日常の地域では、なにもしないで食べ物を得る、といった行為が悪だと考えられているのかもしれない。
だから、お遊びであっても、弓を使って的を射る、というのを見せることで、一体感を持てる。そういうことがあるのだろうか。
相関がれば、ある程度納得できた。
スナイプは弓を構える。重さにすこし体がぐらついた。
「あ、隊長、ちがうんです、王女は宝具の弓を使ってですね」
「王女はもう構えている。静かにしていろ」
隊長に言われて、ぐぬぬ、とサクルが震えている。
スナイプは弓に集中し直した。
思い切り弦を引けないが、やや上を狙えば、当てるだけなら問題ないだろう。
風が来るので右めを狙った。
射た瞬間突風が来る。
大きく外れそうな矢が、ぴったり的の中心に当たった。的が真っ二つに割れ、風で舞い上がる。
「ミラクル!」
と隊長が手を叩いた。
「いやあすばらしい」
隊長は笑顔で称賛した。
「私も驚いた」
まさかぴったり中心の点に当たるとは思わなかった。もう一センチくらいずれると思ったのに。
「いやあ、素晴らしかった。今日は長旅でおつかれでしょう。ゆっくりお休みください。果物もすぐ届けさせます!」
「ありがとう。あ、お香はいらないの。私、そういうにおいがするのは苦手で。ごめんなさい」
「それは大変失礼いたしました」
「隊長! 隊長! ちがうんです。王女はいま、突風も読んでいて!」
隊長はスナイプに笑顔で対応しながら、しつこく訴えるサクルを面倒くさそうに、しっしっ、と追い払うように手を動かしていた。
そうしていたら、サクルが隊長の靴ひもを踏んでしまって、ほどけた。
隊長が短くため息をついて、サクルが謝る。
「失礼」
と隊長はしゃがんで、靴ひもを結び始めたときだった。
さっき割れた的の半分が突風で舞い上がっていたのだが、空中で回転し、方向を変え、まるでブーメランのようにスナイプたちの方へと飛んでくる。
回転している的は地面と平行に近い形で平らなため、とっさには見えにくいだろう、とスナイプは思った。
注意するよりも。
スナイプはとっさに矢をつがえて、的を射落とした。
「! 隊長! 見てましたか、いまの!」
「ん?」
靴ひもを結び直した隊長は顔を上げた。
「射落としましたよね!」
「うん……?」




