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28 それ

 この国には美しい王女が四人いた。


 ギリアジル。

 ベリガル。

 ビネッド。

 中でも群を抜いて美しいのは、スナイプという少女だった。

 まだ十歳にもならないその少女の美しさには、姉たちも競ってかわいがるほどだった。


「スナイプ、こっちにいらっしゃい」

「スナイプはわたしといるの」

「スナイプー」

 スナイプを招き寄せては、かわいいかわいいと愛でていた。


 ある日の午後、珍しくスナイプはひとりだった。裏庭の植物を見ながら歩いていたスナイプは、植物の根本に横たわっている妙な生き物に足を止めた。

 黒い猫のように見えた。

 しかし目は四つあり、耳も四つ。足も四つ。尻尾も四つ。

 口はひとつだ、とスナイプは思った。


「なにをしているの?」

 スナイプは話しかけた。


「のぞみはなんだ」

 スラスラとそれが話したことに、驚いて、スナイプはなにも言えなかった。


 たっぷり一分以上間をあけて、スナイプはまた口を開いた。


「あなたがしゃべったの?」

「そうだ。のぞみはなんだ。お前が代償を差し出すなら叶えてやろう」

「のぞみなんてないけれど」

「そうか」

 スナイプは、狐につままれる、という言葉を思い出した。どう見ても狐ではないけれど。


「じゃあね」

 スナイプは横になったままのそれに言うと、何度か振り返りながら庭を後にした。



 翌日。

「わっ」

 食堂を出たところに、それがいた。

 横たわって、足をだらりとして、四つの目でスナイプを見ていた。


「のぞみはなんだ」

 また言った。


「ないけれど」

「スナイプ、なにをしてるの?」

 姉のベリガルがやってきた。


「そこに、変な生き物がいるの」

「どこ?」

 スナイプが指した先を見た瞬間、ベリガルはスイッチが切れたように表情を失うと、廊下を歩いてった。


 他の姉も、使用人も同じだった。

 見えていない、というのとも違うようだった。

 目があった瞬間、そうなってしまう。


「どうしたんだ?」

 王、父が言った。

「そこに、変な生き物がいるの」

「……見えるのか?」

 父は言った。


「お父様は見えるの?」

「なんと言っている?」

「のぞみはあるのかって」

「それでなんと言ったんだ?」

「なにも。私にはのぞみはないもの」

「のぞみがない?」

「ええ。ねえ、みんなは見えないのにどうしてお父様には見えるの?」

「姉さんたちも、みんな、見たはずだ。のぞみを言っていない人には見えるんだよ」

「のぞみを言っていない人には見えるの? お姉様たちは?」

「言ったのさ」

「どんな?」

「わからない。のぞみは、言ったとたん、それが最初からそうだったようになってしまう。だからわからないんだ」

「お姉様たちは、なにを願ったんだろう……」

 スナイプは考えた。


「あんなに美しいお姉様たちなんだから、願いなんてないと思うけれど」

 姉たちは、スナイプよりも美しく、輝いていた。

 姉たちに比べれば、スナイプとは、花と草くらいの違いがある。

 生まれたときからいままで、ずっと、スナイプは影のようだった。

 そんな彼女たちに願いなんてあるだろうか。


 最初から、そう、最初からそうだった。スナイプは雑草だ。


「なんだろうね」

「のぞみはなんだ」

 それは言った。


「ごめんなさい。特にないの」

 スナイプはそう言って、部屋に戻った。



 スナイプは、誰も使っていない訓練場で、弓を扱うようになった。ずっと前からそうだったような気もする。

 エスタに言われて遊びで始めてみた弓だったが、悪くなかった。狙ったものが狙ったところに当たるというのは、意思が目に見える形で現れているようだった。


「のぞみはなんだ」

 たまに訓練場にも、それ、が現れた。

 エスタがいないときだ。

「のぞみはないけれど」

 スナイプはそれを横目に射た。


「のぞみはなんだ」

「遠くの的にも当たったらいいかな、と思うけど」

「のぞみを叶えてやろう。代償に」

「いい。できなければ、できないで」

「のぞみはなんだ」

「おいしい果物が食べたいけど」

「のぞみを叶えてやろう。代償に」

「いい。あるときに食べればいいから」

「のぞみはなんだ」

「だから、ないって。ん?」

 空になにか飛んでいる。


 赤い鳥?

 大きく旋回している。

 それから急降下。

 スナイプへ向かってくる。


 どんどん大きくなる。いや高いところを飛んでいたから小さく見えていただけだ。


 大きく口を開けて、スナイプを飲み込もうとしたところで止まった。

 赤い鳥だけではない。風も、それに揺られていた草も止まった。


「のぞみはなんだ」

 それ、は言った。


「のぞみはないけれど」

 スナイプも体は動かせなかったが、返事はできた。


「のぞみを言わなければ死ぬ」

「のぞみを言ったら助かるの?」

「そうだ」

「代償って言っていなかった?」

「そうだ」

「誰かが死ぬのね?」

「そうだ」

「それは私ののぞみじゃない」

「のぞみはなんだ」

「のぞみはない」

「のぞまないことは認められない」

 それは変なことを言った。


「王家の人間がのぞみを言うまで死ぬことは認められない。のぞみはなんだ」

「お父様は、言っていないって」

「王は言った」

「なにを?」

「お前ののぞみはなんだ」

「のぞみはないって言ってるでしょう」

「のぞみはなんだ。のぞみはなんだ。のぞみはなんだ。のぞみはなんだ」

 それは同じ言葉ばかり繰り返した。


 しばらくして、黙った。

「のぞみを叶える」

 それは言って、形を変えた。

 黒い弓の形をしていた。



「スナイプ様!」

 エスタが息を切らせてやってきた。スナイプが見たことのない、焦った姿だった。


「ヒクイドリが結界をすり抜けて来たそうですが、ご無事でしたか!」

「ええ」

「ヒクイドリはどこに」


 エスタはまわりを見たが、見つけることはできなかった。

 代わりに黒く染まった弓を見つけた。

 手に取ったとき、特殊なものであることを悟ってすぐ手を離した。


「これは?」

「知らない。エスタがくれたんじゃない?」

 スナイプに見覚えはなかった。

「そう……、そうだったかもしれません」

 エスタは言った。




 ユーグレはまた、城の裏口の前にいた。

 いま見たものはなんだったのか。

 スナイプの過去。というより、弓の過去?


 弓は王家の者の、のぞみを叶えるもののようだった。

 王家の者が死ぬまでにのぞみを叶える、という制約がありそうだ。

 スナイプの姉たちは願いを叶えたのだろう。その中にはスナイプの輝きを消すものもあったようだ。

 

 そしてスナイプは、自分が死ぬ瞬間までのぞみを言わなかった。

 代償にこだわっていたようでもある。

 あるいは、何者でもなくなった自分に対して考えるところがあったのだろうか。


 結果。

 のぞみを聞かなければならない、それ、が自分のために、スナイプを生かすというのぞみを使った?


 おかげで、それ、はスナイプと一体に近い状態になってしまったということだろうか。


 とてもまずい。

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