21 出世
「大臣のダイジだ」
休む間もなくユーグレは別室に連れていかれた。
大きな机が奥にある部屋だ。髪もひげもそった、高級そうながら簡素な服を着た男がいた。
手前の六人がけのテーブル席に座るよう指示される。
「ユーグレ君も、そこに座りなさい。紅茶とクッキーだ」
使用人が用意したものを、スナイプとエスタも楽しんでいる。
これはなんだ?
ダイジの前にも使用人によってカップが用意されたが、雑に口をつけてから、メガネをかけて書類を見はじめた。
「お茶の時間だ。さて、報告は一足先に届いた書面ですでに見ている」
えー、とダイジはメガネをさわりながら書類を見る。
「君の問題点はスナイプ王女を連れ回した点。評価点は魔族の研究施設や、内容を明かし、一時的とはいえ休戦を約束したこと」
「はい」
「現在は下級兵士か。なら一級兵士に上げる。以上」
ダイジは言って、書類を整えると奥の机にもどっていった。
「……は?」
終わった?
「あと五分以内で紅茶休憩を終わらせるように。……なんだユーグレ君。その紅茶は君が簡単に飲めるような品ではないから味わっておいたほうがいいぞ。クッキーは普通だがね」
「王女を連れ回して昇格とは、どういう判断基準ですか」
「前線は重要だ。結婚に消極的な王女はお荷物だ。前線のほうが価値があるとした。以上」
ダイジは淡々と言う。
「ひどいでしょう?」
スナイプは言った。
ひどいなどというレベルではない。
「それと一級兵士にしたのは最低限、王女の婚約者として適格にするためだ。スナイプ王女の引き取り手はこの国で待ち望んでいた人材でもある」
「ひどいでしょう?」
スナイプは言った。
「あの、大臣であろうとも、そのような物言いは……」
「うん?」
ダイジは顔を上げた。
「なんだ? 長い話をさせたいなら、別の相手を探せ。お世辞を言い合いたいなら通訳を用意しろ、わたしはそんなことを考える時間はない」
どうやら、かなり、無駄を排除することを好む人間のようだ。
「休戦と言ってもあくまで一時的な休戦です。それに本当に魔族が約束を守るかは未知数です」
「完全な休戦なら、ユーグレ君は大臣かそこらの役職を与えても惜しくない。それくらいの功績だ」
ダイジは言った。
どうしたものかとユーグレは紅茶を飲んだ。
飲む前から強い香りを感じてはいたが、口に含むと香りが爆発するようだった。好みではない。
ユーグレの表情を見て、ダイジがにやりとしていた。
「楽観的すぎるのでは?」
大臣の部屋から出て、ユーグレはエスタに言った。
「いま、このときにゼンセンが攻められているかもしれないわけでしょう?」
「そうですな」
「それなのに?」
「実際、スナイプ王女を辺境に送るのは、やりすぎでは、という声もあったのですよ。ですから、あなたに功績を与えることが、誤った判断への罪滅ぼしのような面もあるわけです。そして、あくまで王都からすると、ゼンセンはゼンセンという遠い場所であり、現実味を持っていない」
エスタは当然のように言った。
「そんなことでいいんですか?」
「良くはないですが、問題はないですね」
「なぜ?」
「ここの人間がゼンセンの実情を楽観しようが悲観しようが、もはや関係ない。限られた担当者が、ゼンセンには適切に対応をします」
ユーグレの想像以上に、王都とそれ以外、というように分かれているようだ。
「それに、特殊な耐性がある魔物だけが、その毒ガスに耐えられると言っていましたが、屋外で使うとなると、ある程度条件が限られます。空気より重いとか、粘性をもたせるとか。耐性のない魔物が通ると死ぬようではいけないので、すぐ無毒化、あるいは待機で拡散しなければならない。といったことを考えると、まだ研究が必要なのではないでしょうか」
「……エスタ様は、毒ガスにお詳しいんですか?」
「いえいえ」
エスタはあいまいに言った。
「まあ、岩山にトンネルだけでなく、予想された経路以外のところから攻撃をしかけてくる可能性がある、とわかりましたし、いっそう、ゼンセンには物資と兵士が投入されることでしょう」
魔族のスパイについては考えているのだろうか。
エスタもまた、楽観視しているのかもしれない。
だがたしかに、すぐに、というわけにはいかないだろう。
ドクタが研究をしている時点で、まだ実用化できないということでもあるからだ。
「ところで、一級兵士とはなんなのですか?」
ユーグレは言った。
「兵士は、下級兵士、中級兵士、上級兵士、三級士官、二級士官、一級士官、司令部と上がっていきます。この中でもさらに細かく分かれていますがね。一級士官ともなれば、複数の部隊の長として活躍することになるでしょう」
「は?」
ユーグレの認識では、上級兵士くらいのつもりだった。
雑すぎないか?
「これから忙しくなるでしょうね」
「良かったね」
スナイプが笑った。
そういえば、出世ができるはず、などと口走っていた。
これもこの女のせいか?
いや、中枢に入り込めたことを喜ぶところか。
「それは、ゼンセンの力になれる権限があるのですよね?」
ならば、こちらから介入ができる。
「いえ、王都は王都で切り離されていますので。難しいゼンセンは扱えません」
「力になりたいのですが」
「残念ですが、ユーグレ殿はまだ素人。これから学んで行くべきですよ」
エスタは微笑んだ。
どういう組織なんだここは。
こうなってくると、内部の組織を破壊するより、維持させたほうがむしろ良いかもしれない。
もう組織のことは適当にやって、スナイプの弓、願いを叶える宝についてだけ考えよう。




