20 王都事情
「なんじゃこりゃあ」
馬車で一週間かけて移動した先にあった都市は、ユーグレが見たこともないほど栄えていた。
まず周囲の壁が高い。分厚い。魔力も含んでいる。
中の人間の数も段違いだ。途中、立ち寄ったところに大きな町はあったがその驚きは全部消えた。
全員ではないが、着ている服、持っている装備も手間のかかり方がゼンセンとはまるで違う。
馬車のまま入っていく。
「これが王都か……」
「はい」
エスタは微笑んでいたが、スナイプは表情が硬かった。
王都が近づくほど、だんだん笑顔がなくなっていた。
馬車はそのまま城の手前の門まで進んでやっと止まった。
降りて、城に入ると。
「あら? スナイプ」
女性が立っていた。真っ赤な、体のラインを浮かび上がらせるようなドレスだった。
「あ、ベリガルお姉さま……」
スナイプの声は小さかった。
「どうしたのぉ? どうしてここにいるのぉ?」
ベリガルは、笑顔で言っている。
だがどこか高圧的で、追求するような声色だった。
おまけにまとわりつくような言い方で、ユーグレは不快半分、困惑半分だった。
「こ、婚約者を連れてきました!」
「婚約者ぁ?」
と、ユーグレに向かって歩いてくる。やたらに体を大きく、ポーズを決めるような動きがある。
非効率だ。関節でも痛めているのだろうか。
「見た目は悪くないけどぉ」
ユーグレを上から下まで見ていく。
「前線の兵士です」
「兵士ぃ?」
きゃははは、とベリガルは笑って、人さし指でユーグレの胸を押した。
「ただの兵士なんて連れてきてどうするのぉ? ちゃんとした男をさがしてきなさいよぉ、スナイプちゃん」
スナイプの顔をするりとなでた。
「彼は前線の魔族の計画を暴いたんです。これから出世します!」
そう言うスナイプの顔には見たこともないほど力が入っていた。
「ふうん」
ベリガルはユーグレの顔を近くで見た。
体から香りがする。無理やりつけたような不快な香りだ。化粧もやりすぎで気持ちが悪い。肌もところどころ露出が多く、バカみたいに見える。
ユーグレはそこまで調べていなかったが、これが王女の作法なのだろうか。
スナイプも城ではこのように生活していたのかもしれない。それはさぞわずわらしいだろう。
「なにをしている」
金の刺繍がされたジャケットを着た男が足早にやってきた。
「レオン!」
ベリガルはその男に近づくと、スナイプは目をふせた。
「薄汚い男がこんなところで……、スナイプか?」
スナイプは目を伏せた。
「ずいぶん、また、庶民のような格好をしているな」
レオンが言うと、ベリガルもくすくす笑う。
「なにか?」
ユーグレが言うと、またレオンはにらむようにした。
「わたしの妻となる女性にちょっかいをかけるのはやめたまえ」
「あなたの妻となる女性にちょっかいをかけられていたのですが」
ユーグレが言うと、ベリガルは大げさに首を振った。
「そんなことありませんわぁ」
ベリガルはレオンによりかかるように顔をふせた。
「ベリガル! そうだ、彼女は誤解されやすいが、一途な女性だ。ふざけた言いがかりを……」
とユーグレの胸ぐらをつかんだ。
体つきは大きく、力は強い。
戦いを挑んでいる、というより様子を見ているのか。
では、とユーグレは一歩横に移動しながら体の軸をずらし、相手の反応を見ようとした。
バランスを崩したレオンは転んだ。
「え?」
倒れたレオンは、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「なにをする!」
「なにも」
まだ。
実際、まわりにいた人間も、ユーグレが手を出したわけでもなく、ただ一歩動いただけでレオンがころんだようにしか見えていなかった。
「あなた……。戦ったことありますか?」
ユーグレは言った。
「戦い? 兵士風情と同じと思うな!」
レオンは鼻で笑うと、ユーグレを突き飛ばすように押した。
ユーグレは二歩さがった。
今度こそなにかしてくるかと思って用心したが、本当に、ただ押しただけだった。
「貴様程度がみくびるな。我々のすることではない」
「そうよぉ。がんばってぇ」
小さく手を振ると、二人は去っていった。
城の応接室のひとつに案内された。
ソファに座る。隣にスナイプ、向かいにエスタ。
「あれはなんですか」
「第二王女のベリガル様と、その婚約者のレオン様です。隠していてもわかるでしょうから言っておきますと、レオン様はかつて、スナイプ様の婚約者でした。
それが硬い表情の答えか。
「彼のあの態度はなんですか?」
「失礼しました」
「いや、失礼というか……。鍛えているようだが、あの……」
ゼンセンでの他の兵士とはまるで違っている。
あそこで細かい言い争いはあったが、暴力は徹底的に禁じられていた。見つかれば個室という名の反省室に入れられる。胸ぐらをつかむなど論外だ。
だがそういう意味だけではない。
胸ぐらをつかんでいるあの動作。
力しかない子どものような使い方だった。
股間を蹴り上げてもいいし、頭突きをしてもいい。腹を蹴っても、顔を殴ってもいい。わざわざ右手を一本、無駄にしているだけだ。
「なにかするのかと思ったのですが、なにもしないので、意味が……」
「彼はあれで、力強い戦士のつもりです」
「は?」
「当然、兵士との渡り合えると思っています」
「身分が違うから、兵士と争わず、気づかないということですか……」
「それもありますが、兵士もまた、実戦の経験のない者が多い。訓練の動作をこなすだけであり、実戦になれば慌てて力が出せないもの者が多いでしょう」
「は? それで平気なのですか?」
「形骸化している。ですが、問題ない。なぜなら、各地の前線の兵士たちが命を張って戦っているからです」
「いや……」
「ごく一部に、力のある者もいます。ですから、なにかがあってもなんとかなるでしょう」
ユーグレの想像以上に、事情が違っている。
「ここはあなたがいた前線とはまるで違う価値観で動いている、ということを頭に入れておいてください」
エスタは言った。




