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02 思い込み

 馬車でもう、一週間も移動していた。

 町から町へ移動し、夜には町のベッドで眠ることはできているものの、ほとんど馬車だ。お尻が痛い、とスナイプはずっと思っている。


「エスタ、まだ?」

「今日には到着するでしょう」

 エスタはずっと荷台で姿勢を正している。


 これまでスナイプは、移動時は箱型の、密閉されたような馬車にしか乗ったことはなかった。

 が、急に屋根が布で筒型にかかった荷馬車のような幌馬車で移動していた。

 板張りで座席もない。硬い板の上に座らされているのだ。


「こんなところに座り続けていたら、そろそろ私のお尻が平らになりそうなんだけど」

「ああ、そういうことでしたら」

 エスタは横にあった自分の毛布をたたむと、スナイプに差し出した。


 毛布はスナイプの分もある。ただ、変なにおいがして、中から変な虫が出てきた。

 徹底的にエスタにバタバタと払ってもらって、寒いときには仕方なく使っているが、できれば触れたくなかった。


 スナイプは馬車の後部から降りると、馬車にならんで歩き始めた。林の中で速度を落としていて、速歩きで充分ついていける速さだった。

 体がほぐれてくるのを感じる。


 林を抜けた。

 一気に広がった視界に、スナイプは目を細める。

 それから馬車の横に出ていって声をもらした。


「わあ」

 風が抜ける。


 丘にいた。

 風にゆれる草原の中心を街道が通る。ゆるやかに下っていった先に町があった。

 町の先は切り立った岩山が両側に、その先は、高い崖の間のような道が先へと続いていた。

 幅は数百メートルあるだろうか。その幅を、すべて町でふさいでいるかのように見える。


 国の領土の最前線の砦でもある町、ゼンセンだった。

「もうすぐゼンセンの町です」

 エスタは言った。

「誰か来る」

 馬が近づいてきていた。


 黒い鎧を来た女が馬車の近くで馬を止めた。

 エスタがなにか言い、御者が馬車を止めさせる。

「第四王女、スナイプ様を迎えに上がりました」

 女は言った。


「私はサクル、ゼンセンで第三部隊の副隊長をしております!」

 スナイプはサクルを見た。

 女性の隊長というのは、スナイプは聞いたことがなかった。


 身につけている防具は軽装だが使い込まれている。また肌に細かい刃物の傷のようなものが見える。

 腰に剣、背中にも剣を持っていた。

 緑色の目が印象的だった。


「わたしはエクス。スナイプ様の警護を担当しております」

 エクスの言葉に、はっ! とサクルは応じた。

「急ぎ、伝えなければならないことがあり、やって参りました! 魔物の群れが町に向かっているとのこと。スナイプ様はここでお待ちいただけますか!」

「なぜでしょう」

「王女様を危険に晒すわけにはまいりません! 万一のことがあってはならないので、ぜひこちらで!」

 

 スナイプは、岩山の方を見た。

 直線の道だ。


「あれだけ左右が高い崖で直線の道なら、充分な準備と、罠をしかけているのでは?」

 エクスは言った。


「はい! あの地域には、魔法を封じる仕掛けがされており、これにより、魔物たちからは非常に原始的な飛び道具しか受けることはありません。ただこちらも、あまり長時間その地域にいることは人体に悪影響があります。崖に潜んで狙撃をするにも、長時間は潜伏できません」

「なるほど」

「また単純に、崖から離れた場所への命中率は下がります。魔族からの抵抗か、魔力を封じてからは強い風が一日中吹くようになりましたし。ですから、人を入れ替えつつ、近距離で肉弾戦を仕掛けることになります」

「魔物は、集団行動が取れるのね」

 スナイプは言った。


「見えるのですか?」

「スナイプ様は非常に視力がよろしいのです」

 エスタが言う。

 サクルはすこし疑うような視線を向けた。


「あの、奥にいるのがリーダー?」

「はい! リーダーさえ倒せれば統率が取れなくなるので、話は早いのですが!」

「なら、リーダーを弓で撃ち抜けばいいんじゃない?」

 スナイプは言った。


「それは難しいのです!」

 話を聞いていなかったのか、と言いたげに、サクルはスナイプを見た。


「なにが難しいの?」

「? ですから……」

 サクルは助けを求めるように、エスタを見る。


「……ああ、わかった」

 スナイプは言った。


「思い込みね」

 スナイプは、ぽん、と手を合わせた。

「思い込み?」

「そう。ねえエスタ、町から相手を狙おうとすると、低すぎて、リーダーが見えないでしょう? でも、この位置からだったら見えるじゃない」

「はい」

「きっと、町の人たちは、下から狙おうとしてばかりいるから、最初にリーダーを狙うっていう発想が出てこなかったの。そう思わない?」

 スナイプは名案だとばかりにエスタを見る。


 なにもわかってない、と首を振るサクル。

 しかしエスタは手を叩いた。


「すばらしい発想ですスナイプ様」

 エスタは言った。サクルは声に出さず、はあ? と口を動かしてエスタを見る。


「でしょう?」

「はい。どうでしょう、あいさつがわりに、弓でお手伝いをしてさしあげては?」

 サクルはもう、こいつら大丈夫か? とでも言いたげだ。


「あなたがやったらいいじゃない」

 スナイプはサクルを見る。

「いえ、わたしは、そのようなことはできません!」

 スナイプははっとした。


「そうか、弓を使わないのね」

 サクルは剣を二本を持っている。剣が得意なのだ。


 エスタは馬車から、スナイプが愛用している弓を持ってきた。

 サクルははっとしたように見る。

「この弓は」

 とエスタに視線を向けるが、エスタは微笑みを返し、秘密、とでもいうように唇に指をあてただけだった。


 そのやりとりの間もスナイプは標的を見ていた。


「頭を狙ってください」

 エスタが言うと、スナイプは止まる。

「殺してしまったらかわいそうじゃない?」

「魔族も獣も、へたに傷を負わせるほうが危険です。それにスナイプ様の一射で、救われる人間もいるのです。お願いいたします」

「わかった」


 スナイプは矢をつがえてすぐ射る。

 瞬間、弓がうねるように動き、サクルは目を見張った。


 すっ、と消えた矢は緩やかな放物線を描いて、見えなくなる。


「はい」

 スナイプは言って、弓をエスタに返した。

 なぜ続けないのか? と戸惑うサクルに、エスタは特性の望遠鏡を手渡した。


「……頭に矢が!? あの距離を!?」

 サクルは、倒れた魔物の頭部に矢が突き刺さっているのを見て、望遠鏡に目を突っ込まんばかりに顔を押しつけていた。

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