19 軽率
「では、ここでわかれる」
ドクタは言った。
スナイプたちが侵入した、トンネルの入口までもどってきていた。
「約束は覚えている?」
スナイプが言う。
「毒ガスは未完成だったと報告し、使用させない。代わりに人間もここを攻撃をしない。破った場合はわかっているな」
ドクタが確認した。
「毒ガスを使うんでしょう? わかってる」
スナイプは、ユーグレの腕にしがみつくようにした。
交渉の結果そういうことになっていた。
ポイントは、魔族に主導権があることだ。
魔族側はゼンセンへの侵入も可能な状況であることを人間側は知らない。魔族からしたら、いつでもゼンセンを壊滅させられる。
問題があるとしたら、毒ガスのしようと同時にスナイプを始末できなければ、魔族が始末されてしまうかもしれない、ということだ。
だが状況は思った以上に入り組んでしまった。
「ちゃんと話は伝えておくから安心して」
「では」
ドクタは言い、信号を送ってくる。
に・ん・む・か・ん・す・い・せ・よ
新しい任務。
それはスナイプの婚約者となり、王都にもどって弓について調べることだった。
スナイプの、いずれは婚約者を迎えなければならないという意識はユーグレの想像以上だった。
自分が望むか望まざるかにかかわらず、婚約者を用意し、結婚しなければならないと考えている。
そのためには、特に希望はしないけれど、自分に好意を持った男がいるならばそれを婚約者としてもいいと考えるほどだったようなのだ。
まだこの女と離れられない。
特効薬を飲んだつもりが毒薬だったような気分だ。
しかしながらユーグレは、そこまで悲観してはいなかった。
思いついた時点で、結果はほぼ確定している。
なぜならこの関係は、うまくいかない。
おそらくこれからユーグレは良くない立場になるだろうが、この女といっしょにいるよりましだ。
トンネルを抜け、馬車に乗ってゼンセンにもどった。
もう何日も帰ってきていなかったような懐かしさがあったが、まだ日は沈んでいなかった。
「おかえりなさい。どちらへいらしてたんですか?」
馬車を降りて、門を開けてもらうと、入口にはエスタが待っていた。
笑顔だが、その裏にどういう感情があるのか。
まあ、エスタが出てきたのは都合がいい。
「実は、エスタ殿に謝らなければならないことがあります」
ユーグレは言った。
「謝る?」
「はい。今日わたしは、王女を連れて、魔族たちの拠点に行ってきました」
さすがのエスタも目を丸くする。
「それは、どういう……?」
「この人がね。お休みだから、気分転換にお出かけするっていうから、私も一緒に生きたくなって、サクルと三人で、馬車で出かけたの」
スナイプがユーグレの腕にしがみつくのを、エスタは興味深そうに見ていた。
「そしたら途中で、私が変なトンネルを見つけたの。この人は行きたくないって言ったんだけど、私が無理を行って中に入っていったら、魔族がたくさんいるところに出たの。そこでどんどん進んでいったら、毒ガスを研究してる魔族がいてね」
「ちょ、ちょっとお待ち下さい」
とエスタはユーグレを見た。
ユーグレは、今日の流れを話した。
「というわけで、わたしは王女を連れ回したばかりか、命の危険にさらし、さらにあまつさえ、身分を無視して自分を気持ちを伝えるという暴挙に出たというわけです」
「なるほど……」
「当然、わたしはこれがこのままうまくいくとは考えておりません。この町を追放され、あるいはなんらかの罰も、甘んじて受けましょう」
ユーグレが言うと、スナイプは腕を強く引いた。
「え、どうして? 私と婚約したいんでしょう?」
「そう簡単なことではありません。わたしは平民です。なんの肩書もないただのユーグレという兵士です。それが王女を連れ回したとなれば、ただでは済まないのです」
「そんな。だって、この町のためになることをしてきたんじゃない!」
「そう簡単なことではないのですよ、王女」
ユーグレはすでに、この町の牢屋について考えていた。
統制が取れた町で、犯罪は多くないこともあってか、あまり設備は良くない。仮に処刑になるとしても、その前に脱出することは容易だ。
それより、魔族の拠点にもどるようが危ない。
あちらは本当にユーグレを裏切り者とみなして処分してくる可能性がある。
これからは、別の魔族の拠点に加わるか、あるいは人間の町に人間として潜伏するか。
「ねえエスタ、どう思う?」
スナイプは、ユーグレの腕にしがみついたまま言った。
「難しい話ですね。まず、魔族とのことを町のトップと共有する必要があります」
「ユーグレはどうなるの?」
「スナイプ様との婚約というのは、難しいかと……」
エスタが言う。
そう。
仮にスナイプの願いが叶うとしても、本気で願おうとするものが叶う。
願おうとすら思わなければ叶わない。
高い壁だと思わせればいい。
「王女の結婚というのは、単なる個人的なものではありません。わたしが軽率でした。このことは、今日の、ほんの気の迷いのようなことだと思ってください」
ユーグレは頭を下げた。
「しかし」
エスタが言う。
「ゼンセンの事情は大きく変わりました。王都に報告は欠かせません。特に毒ガスともなれば、王女をこのままゼンセンに滞在させるのは大変危険です。一度王都に戻りましょう」
「えっ?」
「じゃあついでに行きましょうよ。もしかしたら、認められるかもしれないじゃない」
スナイプは言った。
……まずい。弓の力だとか関係なく、それほど違和感がないような気がする。
いやどっちなんだ? おかしいのか?
「いや、とてつもなく勝手なことをしたわけですから、それなりの罰を与えるべきでは」
「それも含めて、王都で判断しましょう」
エスタは言った。
ユーグレは、軽率な告白を真剣に後悔し始めていた。




