18 ひらめき
ユーグレは考えをめぐらせていた。
願いが叶う道具。
あれが……?
だが話によると、スナイプは婚約そのものに消極的だったという。婚約を望んでいないのなら解消するしかない。とすれば、環境を変えたいというのはスナイプの願いだろう。
王宮での生活が息苦しかったかもしれない。
ゼンセンで頼りにされて、それなりにいられれば満足だった?
もちろん、完全に望み通りの生活ではないだろう。
それは、願いを叶える道具、ということを知らなければ、当然のことだ。
はっとした。
それにサクルが強すぎる。
あれほど強ければゼンセンが戦力として使わないわけがない。
とぼけた性格が、と気になってはいたが、護衛役なんてとんでもない。
願いでサクルが強化されたのか、あるいは強い人間を護衛にしたいという願いがかなったのか、両方か。
いやそもそも。
「どうしてそんなものが王女に与えられるんだ」
「知らん」
ドクタは言った。
「事実かもわからん。だが、それくらいの驚異だ。もはや勝つのは難しい」
「どうする?」
「知らん」
ドクタは言った。
ガスはほとんど外に出てしまったようだ。
「知らんって……」
「おれは研究のことを考える。この場を収めるのはお前の仕事だろう」
丸投げだ。
ユーグレはスナイプを見る。
振り返らないでほしいと願う。
この願いは叶ってくれなかった。
スナイプはゆっくりと振り返り、ユーグレを見た。
「なにを話しているの?」
その言葉は、さっきまでよりも、重々しく聞こえた。
「彼と交渉していました」
ユーグレは言った。
「彼は、我々がこれ以上抵抗をしないで帰るのなら、なにもしないで見送ると言っています」
「やった!」
サクルは手を叩いて喜んだ。
「毒ガスってまだ使えるんでしょう? そんなことを言って、私たちを殺すんじゃない?」
「そうだそうだ! 嘘つきめ!」
サクルは拳を突き上げた。
「おれを殺すなら、なんとしてもお前たちを生きて帰さないように指示を出す。生きて帰りたいなら外に出せ」
ドクタが高圧的に言う。
「スナイプ様。この魔族は自分の利益しか考えていないようです」
「どういうこと?」
「毒ガス研究も、そういう魔物を開発するのがおもしろいから。さらに、研究費用を出してもらえるから。魔族全体の利益ということではないわけです」
ユーグレの思いつきに、ドクタは眉ひとつ動かさなかった。
「ですから」
「でも毒ガスをつくるんでしょう? だめじゃない」
スナイプはあっさり言った。
なんでこういうときはちゃんと要点を突くんだ!
さんざん変なことを言ってきただろうが!
もっと変なことを言え!
おかしいだろうが!
「毒ガスを作るのをやめるか?」
「やめるわけがない。効率的に人間を殺すために必要な手段であり、研究を続けるための手段でもある。おれにとって利益しかない」
ドクタは言った。
ユーグレは頭を抱えたかった。
ここにはバカしかいないのか。
研究でしか先が読めないのか。
「お前の姿勢はわかったが」
「研究者としての姿勢で嘘をつくつもりはない」
「その姿勢は素敵だと思う」
「ふん」
このままこいつらを置いて、自分だけ外に出られないだろうかとユーグレは真剣に考えていた。
「もう魔物はいなくなったんですか!?」
サクルがきく。
「とりあえず別の待機場所に移動させた」
とドクタ。
「それが確認できれば、この場は解散ということでいいか!?」
ユーグレはすかさず言った。
「できるなら」
「なら、わたしが確認してこよう!」
ユーグレは自分の胸に手を当てた。
「その魔族が嘘をついて、毒ガスの魔物が待ち構えていたらどうするの?」
「そんなもの、スナイプ様のためだったらなんでもないです!」
ユーグレは即座に言った。
「えっ……」
「では!」
反論が出ないうちにユーグレは早歩きで研究区域から出た。
外に出るとまったく魔物はいなかった。すでに遠くまで撤退したようだ。
ではスナイプたちに報告を……。
ユーグレは足を止めた。
このまま本拠地に戻るか。それが一番確実だ。
いや待て。
一回もどらなければドクタが殺されるかもしれない。それはさすがに後味が悪いか。
いやいや、スナイプはドクタを即座に殺すような性格ではないだろう。
ごちゃごちゃ話して、なんかうやむやになってくれるはずだ、うん。
と決心できたらどんなに楽なことか。
そのとき、ユーグレの頭にあるひらめきがあった。
この状況を逃れる手段だ。
ユーグレは足早に中にもどった。
「平気だったのね、良かった」
スナイプが微笑んだ。
「お気になさらず。スナイプ様のためでしたら」
「ありがとう」
「あなたのためならなんでもできます」
ユーグレは言った。
「え?」
「身分違いの思いであることは承知しております。ですが、お慕いしております、スナイプ様。あなたの控えめな人柄、素晴らしい才能。どうか、わたしをおそばにおいてください」
ユーグレが言うと、サクルが短い声を上げた。
口元を手で覆って、ニコニコしながらスナイプを見ている。
スナイプは婚約相手を求めていない。これでユーグレに対して距離を取ろうと思うはず。
ドクタとは、一時的にスナイプの攻撃を封じることを条件に、毒ガスも使用しない約束でも取り付ければいいだろう。
あとのことは知らん。
勝った。
これで自分は安全圏にいける。この女とはおさらばだ。
ユーグレは、心底ほっとしていた。




