17 願い
「こんなところで死ぬのか。つまらんな」
ドクタが言った。
「まあ、死ぬときというのはそういうものかもしれないが」
「諦めんな!」
ユーグレは叫んだ。
そして二人の視線を感じた。
「ここは協力するところだから言っているんだ。おい魔族、ガスはどういう作用があるか言え」
「人間、魔族、関係なく死ぬ。耐性を何段階化に分けた魔物を投入し、実験するところだった。吸引どころか、皮膚に触れただけで数秒で死にいたる。特効薬はない」
じりじりと黒っぽい煙のようなものが迫ってくる。
「隣のホールの門を閉めたらどうだ!?」
「隣は毒用ではない。遮断が甘くてガスが通る」
「なんでそんなガスを作ってるんだ!」
「人間がふざけた攻撃をするからだろう」
ドクタはスナイプを見た。
「じゃあこの中で避難用スペースを探すしかないの?」
スナイプはホール内を見た。
「あなたの嗅覚なら探せるんじゃない?」
スナイプがのんきなことを言う。
「さっきはたまたまです! ガスは止められないのか!」
「もう指示は出した。だが時差がある。それに隠れたところで、出てきたときにガスに触れるだろう」
「じゃあガス実験をしたあとどうするつもりだったんだ。この施設を捨てるつもりだったのか!?」
「耐性を得た魔物に清掃をさせる」
ついさっき、スナイプたちを締め出して門を閉じ、立てこもろうとしたのはなんだったのか。
「じゃあ、ここで数日耐えるつもりだったのか!?」
「そうだ」
「……。そうだ、ガスは軽いか? それとも重いか?」
「空間を満たすように広がるだろう。ガスと言っているが純粋なガスではないからな。屋外で使っても効果があるようなものだ」
ダメか。
そのときスナイプが弓を構えて、矢を放った。
入り口に向かって飛んでいった矢は魔物を仕留めた。
だが引き続き、倒れた魔物は毒を出している。
実験用と思われる魔物があとから中に入ってこようとしていた。状況判断をする知能はなさそうだ。
スナイプは続けて矢を放つ。
放ったそばから、もどってきた矢を放つ。
魔物は倒しているが、だからどうということはない。いや動揺しているのか、何発も外している。
ほとんど矢が循環するだけになっている。
いや?
よく見ると、行きの矢はえぐるような回転がかかっている。
それがガスを巻き込んで外に出ていく。
もどってくる矢は、単に飛んでもどってくる。
気流を巻き込んではいないように見えるが。
ゆっくり、毒ガス全体が押し戻されていくような……。
「もどってきた矢に毒が含まれていませんか!」
何度もやってから、急にサクルが思いついたように言った。
その可能性はあるが、もう遅い。含まれていたらこのあたりに拡散されて全員死んでいるだろうから、まあ平気なんだろう。
「おい、どうなんだ。これは押し戻せてるのか!?」
ユーグレはドクタに言った。
「普通は無理だ。目視できないガスがこちらに来ているはず。だが……。おいお前」
ドクタがスナイプに話しかけた。
「なに?」
スナイプは見ずに言う。
「なにをしている?」
「なにって矢を飛ばしてるんだけど」
「それは矢か?」
ドクタがおかしなことを言った。
「なにを言ってるんだ? 矢だろ?」
「矢は勝手にもどってこない」
「それはそうだが」
ドクタはもどってきたうちの一本を横取りした。
「ちょっと」
スナイプが不満そうにするが、ドクタは無視した。
「何度も魔物に当たっているのに、大した劣化もない。どころか、新品そのものじゃないか?」
言われてみれば、未使用品のようにも見える。
どういうことだ?
矢の数はもう、ドクタが横取りしたものも含めてあと七本しか……。
いや?
増えている。優に十本より多い。どういうことだ。
さっきは確かに七本しかなかったはずだ。
「お前、その弓はなんだ」
「知らない。うちにあったものだけど」
スナイプは矢を放ちながら言う。
「彼女は第四王女だ」
「王女? なぜ王女がここに」
「婚約を解消されて、環境を変えたほうがいいと言われ、ゼンセンに来たんだ」
「はあ? 王女がなぜそれで辺境に送られる? 環境を変えるだけなら、もっといいところがあるだろう!?」
「それは、そうだが……」
「なんでお前たちは納得しているんだ?」
ドクタの言葉に、ユーグレの頭の中がぐらついた。
なんで?
どうして?
「あの弓はなんだ?」
ドクタがまた言った。
「知らないが……。さわったとき、おかしな感覚になった」
「おかしな感覚?」
「中に入ってくるような……」
中に入ってきてしまいそうになるような感覚。
「本当に、ように、だったか?」
「なに?」
「おいユーグレ。どうして魔族がこの国を攻めてるかわかっているよな」
ドクタは、スナイプたちに聞こえないよう声をひそめた。
「この国にあるものを手に入れるためだ。どんな願いすら叶うとも言われている宝がある。そんなことはできないと思われているが、強大な魔力を持ったものであるのは間違いない。それを奪って、研究し、世界のバランスを逆転させ、魔族の時代にもどす。そういう戦いだ」
「ああ」
「この国は辺境ほど兵力が高く、中央に近づくと落ちるいびつな構造をしている。ゼンセンがずっと耐えているせいで、中央は安心しきって、緩みきっている。ゼンセンを落とせば勝利は近い。人間はあの宝についての価値をわかっていない。だから、チャンスだ。もうじきゼンセンは落ち、国も落とせるはずだった」
ドクタはスナイプを見た。
「だが、とんでもない攻撃力で、計画が押し止められた。あの弓の力だという」
「そうだ」
「あの弓で、どんな距離の攻撃でも成功させ、どんな相手も倒せ、矢は自在にもどってきて、毒ガスすら、排除できる。どう思う?」
ドクタの言いたいことがなんとなくわかってきた。
「なあユーグレ。あれは本当に弓なのか? それとも、その国の『願いを叶えるもの』なのか? どう思う?」
ドクタは言った。




