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な・ら・し・ま・つ・し・ろ
ドクタが信号を送ってくる。
最後通告か。
スナイプとサクルが並んで立ち、やや後ろにユーグレがいる。騙し討ちにはちょうどいい位置だ。
しかし。
つ・よ・い・い・ま・む・り
はっきり言ってサクルは異常だ。接近してきた相手に対して、スナイプ以上に反応がおかしい。
騙し討ちというのが成立するとは思えない。
わ・かっ・た
ドクタが信号を送る。
ユーグレは軽く首を振った。
おそらくドクタはわかっていない。ユーグレを、諦めたような顔をしている。
しかしわかってほしい。
いまサクルに襲いかかると、ユーグレはいま死んでしまうのだ。
しかしドクタが魔物を連れてきて毒ガスなどを使わせるなら、そのときに死ぬ。
ドクタが毒ガスを使わないでくれたら、死なない。
そう、ユーグレが生きる可能性は、ドクタしか持っていないのだ。
この人間たちは話が通じないのだ。
本能で生きている。
ドクタがなんとか折れてくれないだろうか。
というようなことを信号で送っているのだがすごく反応が悪い。
まあそれはそうだ。ドクタからすれば、なんの保証もない、実感もない。
いや?
ユーグレは、はっとした。
もしかして単純なことだったか。
ドクタに攻撃を仕掛けると見せかけ、そのまま二人で逃げ、とまどっている彼女たちは魔物に始末させる。
これだ!
ユーグレは、ナイフを取り出し、二人の横を走り抜けてドクタの方へ向かう。
う・そ・の・こ・う・げ・き
信号を送る。信じてくれ!
「スナイプ様、援護を」
サクルの言葉を聞いてユーグレは急いで立ち止まり、後退した。
そうか、援護か。
そうか……。ちゃんと助けてくれるのか……。ドクタが撃たれてしまう。
じゃあだめだ……。
ユーグレがもどってくると、スナイプが不思議そうに見た。
「なにをしてるの?」
「反応を見ただけです。それより……」
ユーグレは声をひそめた。
「今度、やってきた魔物に毒ガスなどを使われたら終わりです」
「また隠れたら?」
「出てくるまで続けるかもしれない」
「じゃあ撃つ?」
「いや、それをしたら、あいつのコントロールがなくなって、魔族たちは勝手に毒ガスを吐くかもしれません」
「じゃあどうするの?」
ユーグレは考えるふりをした。
「スナイプ様の力を見せて、降伏させるというのはどうでしょう。なにか、不可能に見えることを……。そうだ。先に射た矢をあとから当てる、なんてことはできますか?」
「できるよ」
当然ありえないことを、当然のようにスナイプは言った。
すぐスナイプは矢を射ると、それを射落とした。
あたった矢同士は壊れた。
ドクタを見ると、顔がゆがんでいた。威圧しているようにも見えるし、絶望しているようにも見える。
信じられないものを見せられてどういう顔をすればいいかわからない、ということが共有できて満足だった。
矢は、あと七本。
「おい。お前!」
ユーグレはドクタに言った。
「我々が、お前を始末すること自体は簡単だ。だが、そうすれば後続の魔物に我々はやられるのかもしれない。しかし、ここから我々を出してくれるなら、お前には危害を加えないと約束しよう。どうだ、これはお互いのためになるんじゃないか?」
状況を整理して、突きつける。
ふりをして、追加で信号を送る。
わ・れ・わ・れ・ひ・な・ん
こ・い・つ・ら・を・ど・く・さ・つ
これで解決だ!
「信用できんな」
「え?」
お・れ・た・ち・は・べ・つ・の・へ・や・に・か・く・れ・る
ふ・た・り・は・ど・く・し・す・る
続けて送った。
どれだけ弓が強かろうと、魔物の質量をなくせるわけではない。
なら、研究ホールのひとつに隠れてしまえばいい。
彼女たちがまた、さっきの小部屋に隠れたとしても酸素量は限度がある。
だが、ホールひとつ丸々なら、空気の量も段違いだ。
スナイプたちには、門の操作もできないだろう。
いまユーグレたちがいるのが三番ホール。
二番にでも避難すれば……。
「信用できんな。さっきの動きはなんだ」
ドクタは言った。
「さっき?」
「攻撃しかけてやめた」
「意味がわからないね」
スナイプも同調する。
「せっかく援護しようと思ったのにどうしてやめたの?」
「それは、相手の出方を見ようと」
「どういう?」
「いや、あの、スナイプ様があいつを倒してしまうと、魔族のコントロールができなくなるということを、あのときに思いついたわけで」
「本当に?」
スナイプもサクルも、疑わしそうにユーグレを見る。
その話はさっきしただろうが!
もはやドクタも似たような目つきだ。
くそ、こいつら……。
誰のために考えてやってると思ってんだ!
……ユーグレ自身のためでもあるがな!
「だから! みんな、とりあえず死にたくないなら、この場は痛み分けとして収めないか!? なあ、魔族のお前も死んだら研究できなくなるだろ!? 生きたいだろ!? どっちかが全滅するまでやりたいわけじゃないんだろう!」
ユーグレが言うと、まあ、それはそうだけど……、としぶしぶ同意するような態度で、またユーグレはイライラしてくる。
こいつら、なに譲ってやってるみたいな顔してんだよ!
自分のこととして考えろ!
「そこのお前! お前はとなりのホールに行け!」
ユーグレはドクタを指名した。
「その間に我々はここを出るから、魔物に余計なことをしないように指示しろ!」
お・れ・は・ご・う・りゅ・う・す・る
も・ん・を・と・じ・た・ら・こ・い・つ・ら・し・ま・つ
信号を送ると、しぶしぶ、という様子でドクタが歩きだす。
ドクタは二番の中に入っていった。
出入り口の門を閉める準備をしている。あれは危険物質を遮断する意味もあるので、閉じるまで二秒もかからない。
三番ホールを出ていくと、入り口の外に魔物がひしめているのが見えた。
「あれも、さがらせろ」
サクルがドクタに言った。
も・め・る・ふ・り・を・し・ろ
ドクタから信号が来た。
「なにをしている! さっさとしろ!」
怒ったふりをしてユーグレは、ドクタに詰め寄る。
こうすれば、自然にドクタと接近できる!
ドクタがにやりとした。
なるほど! ちゃんと考えててくれたのか!
やっぱり人間とはちがう! あんなやつらと一緒にして悪かった! ごめん!
ドクタに詰め寄る形でユーグレも二番ホールに入ると、ドクタが出入り口の門を閉める。
研究用なので透明な壁だ。様子は見える。
ドクタが指示を出す。
入り口の広間に黒っぽい気体が広がり始めた。
行き場を失ったスナイプたちは……。
「え?」
サクルが剣を抜いて向かってくる。
そして門を切った。
いや折れたのは剣だ。
厚みは三十センチのはある、特製の素材だ。さすがに無理だった。ああびっくりした。
ドッ! とユーグレの近くになにかがあたった。
門に防がれた、スナイプの放った矢の当たった音だ。
凹んでいる。
「あれ?」
と首をかしげたスナイプは、ドドドドドッ! と連続して矢を放つ。
放ったそばからスナイプの手元に矢がもどっていき、同じ場所が連打された。
穴があいた。
ショックで門が開く。
「開いた、よかった」
スナイプが言った。
良くない!
急いで、記憶を頼りに隠れる場所のスイッチを探す。
だがない。
「最近、メンテが入って避難場所が変わったはずだ」
ドクタが言った。
「どこだ!」
「今日確認するところだった」
「おい!」




