11 サクルの実力
王都からやって来る場合、東西に通る街道の北に分岐している道を進み、林の間を通るとゼンセンの町に通じる。
ユーグレたちの乗る馬車は分岐点までもどるようにして、東西の街道を東に進んでいた。
その道は北にカーブして北東へのびていくので、ゼンセンの町からそれほど離れずに魔族の本拠地側へと向かっている。
ずっと広がる岩山が、人間と魔族の拠点を分けていた。
しかしユーグレたち魔族はその中を通るトンネルを掘り進み、すでに開通させている。
ひとり歩ける程度の幅だ。魔族を多数移動させればさすがに気づかれるだろうから、スパイ活動に使用していた。
ユーグレは息をつく。
さて、馬車で簡易結界を作って彼女たちを寝かせることにしよう。
としたのだが、結界がうまく起動しない。
スナイプが結界を構成するための魔法石の近くにいるのが原因かもしれない。魔道具同士の干渉が起きているのか。
「座っている場所が硬いでしょう。これ、どうぞ」
ユーグレは、毛布を畳んでスナイプに手渡した。魔法石が仕込まれていて、これに座れば直接効果が発揮できるだろう。
だが、スナイプは毛布のにおいをかぐと、首を振った。
「いらない」
いらない?
「そう、ですか?」
ユーグレは平静を装いながら毛布を受け取った。
なんだ? においで魔力が探知できるのか?
そういう魔物はいるが……。
そのわりにこの場から逃げようというわけでもない。
いったい……。
馬車が速度を落とした。
「どうした」
ユーグレは御者に声をかける。
「魔物」
短く答えた。彼は、多少知能のある魔物を人間のような見た目にしたもので、決められたことしかできない。
街道、左手の岩場に近いあたりから、羊のような生き物が歩いてくる。オニヤギだ。岩場に生息している羊で、赤黒い体と角、強靭な足腰が特徴だ。
蹄は鋼鉄より強く、人間なら体を踏まれれば穴があく。
体は馬のような大きさがある。
ヤギという名前の印象とは違い肉食で、狼のような獣に対しても、捕食する側だった。
それが三頭やってくる。
人間が相手をするなら、距離を取って遠距離で削っていきたいところだ。
ユーグレはちらりと二人を見た。
ユーグレひとりでも、いやむしろひとりのほうがよかった。
ややこしい状態だ。
まずユーグレは、見た目上は丸腰で武器はない。自然に出していいのはナイフくらいだ。
まともに戦うなら、ベルト状になっている槍を出すことになる。が、なぜそんなものを持っているのかという疑問を避けられないだろう。
そしてスナイプもまた、あれくらいならすぐに始末できるだろう。しかし、弓を使うことに消極的だ。ここでもユーグレに対して、弓で射撃するのは見せないはずだ。
つまり、不自然でなくやつらに攻撃ができるのは、サクルしかいない。
しかしサクルでは力不足。訓練を見ているかぎり、一頭倒せるかどうかだ。
二人が洗脳されてくれればユーグレが自由に行動できるのだが、まだそうならない。
おかしなバランスで成立してしまっていた。
馬車を反転させて全速力を出させて様子を見るか? オニヤギは、岩場の近くを好む。
あるいは彼女たちの死角をついて、軽く攻撃を……。
「丘ヤギですか! わっかりました!」
サクルが馬車を降り剣を二本抜いて、両手に構えた。
「じゃ、行ってきます!」
サクルが走りだした。
「サクルさん!」
丘ヤギというのは人間の呼び方か、それとも魔族の種別を誤認している?
ユーグレは頭の中で展開を考える。
サクルはこのままなら大ケガをするか死亡するだろう。そのあとユーグレが槍で倒したら、なぜサクルに助太刀しなかったのかとスナイプに追求されるかもしれない。
スナイプが、カバンに手を入れようとする。
「スナイプ様、見ててくださいね!」
というサクルの声で、スナイプは止まった。
ずいぶん楽観している。
ユーグレは考え直した。
まあ、サクルはここで消えてもらったほうがいいか。
サクルを迎えたオニヤギが、まず深く頭を下げて頭突きをする。
しようとした。
「は?」
思わず声が出た。
サクルは頭突きしようとしたオニヤギの頭に乗って、首の上から背中へ走り抜ける。
走り抜けただけで岩ヤギが倒れた。いや首が八割ほど切断されていた。
切断面からは血ではなく、煙のようなものが吹き出る。
奥の二頭。
一方が頭突きしながら、もう一方は観察し、コンビで迫った。
サクルは頭突きをしてきたオニヤギよりもさらに低く、スライディングするように下に入ると首を切り、オニヤギの死体を盾にするように潜り込んだ。
対応を考えているように止まったオニヤギ。
どう動いたのか、サクルが出てきたときにはオニヤギの首が落ちた。
もう終わってしまった。
「あ、スナイプ様! 残酷なので見なくていいですー!」
サクルが、あわわわとまわりを見回す。
バタバタと魔物が倒れている光景とはまったくちがう、緊張感のない声だった。
ユーグレも馬車から降りて向かう。
「こんなに一瞬で……」
「ああ、へへ」
「失礼ですが、訓練では手を抜いているのですか?」
「あ、ちがいますちがいます! 自分、人間相手は苦手で、へへ。魔族相手だったら思いっきりやれるんですけどね!」
むん、と力こぶをつくって笑う。
王女にたったひとりだけつけて不用心だと思っていたが、これか。
この強さがあるから信頼されているのか。
ユーグレは気を引き締めた。




