10 誘拐作戦
五日後、兵士たちの休養日があった。ちょうどユーグレとサクルの日程が重なっている。
ユーグレは馬車を手配し、その日を待った。
予想通り、エスタが訓練に向かい、スナイプとサクルは外出するようだ。
ユーグレは先回りして町の外に出ると、林で二人を待った。
木々に紛れて待っていると、草原の街道を歩いてくる二人が見えた。
声をかけるところを町から見られるわけにはいかない。
まさかとは思うが、エスタが望遠鏡で見ている可能性もある。
本人に怪しまれるリスクは仕方ない。
完全に二人が林に入って、街道から外れてから声をかける。
「こんにちは」
二人は驚いた様子で立ち止まった。
「え、ユーグレさん? どうしてこんなところに?」
サクルはやや警戒した素振りだ。あからさまに武器に手をかけることはないが、足が、いつでもスナイプの前に出られるような形になっている。
まさか魔族だとは思っていないだろうが、人間だとしても、突然現れて女性に声をかける者は警戒されるだろう。ましてや王女相手だ。
スナイプは興味なさそうにしている。
「これは失礼」
ユーグレは両手をあげた。
「せっかくのお休みなので、たまにはぶらぶらと、リラックスしたいと思いましてね。緑の中は、空気が気持ちいいですね。町の中はどうしても息が詰まります」
「はあ」
気のない返事だ。
「すこし退屈なので、王女様などは別の場所がいいかもしれませんね」
ユーグレは、見えるような武器は持ってきていない。服装も軽装で、せいぜいナイフが一本どこかに隠してあるかどうか、という姿だ。
だが腰に巻きつけてあるベルトは槍に変わる。靴底にはナイフがそれぞれ仕込んであるし、服は防刃だ。魔法石もいくつも持ってきている。
すでに二人は、用意しておいた簡易結界に足を踏み入れていた。
もうしばらく魔力にさらせば、洗脳が効くはずだ。
言うことを聞く人形にできたら、馬車に乗せ、抜け道から本拠地へ帰れる。
長距離射撃台を連れ帰ったとなれば大手柄だ。
この町の勝勢になりかけていた勢力図も一気に反転する。
万一抵抗されるようならこのまま始末して帰還だ。長距離射撃用の弓も回収できるだろう。
「え、どこか出かけるの? 私たちもついていっていい?」
急にスナイプがそんなことを言った。
一瞬、ユーグレの頭の中が真っ白になる。
「どこ、といいますか……」
ユーグレはやっとそんな言葉を絞り出した。
頭の中をいろいろなことがめぐる。
まだ洗脳は効いていないはずだった。なぜ同行を申し出る?
やはり異性として好意を抱いていた?
「私は、あなたにあまり興味がないんだけど、サクルが、あなたに興味を持ったほうがいいんじゃないか、っていうの」
「スナイプ様! そんな言い方いけません! わたし、あなたのことが……、と意味深に見つめるべきです」
「頭が悪そう。お姉さまたちは、もっと刺すようにしゃべっていたけれど」
「さ、刺すように!?」
二人は好き勝手にしゃべっている。
ユーグレに好意は持っていないのか?
いや、持っているけれどもそれを隠して相手に近づくというのは、魔族、人間に関係なく行うことだろう。
しかし本当に興味がなさそうにも見える。
会話の意味もよくわからない。このまま進めればいいのか?
「で、どこに行くの?」
「あ、いや、隣町にでも……」
ユーグレは時間稼ぎに適当なことを言った。
「隣町! いいじゃない」
初めてスナイプの表情が明るくなって、街道へと歩き出すので追いかけた。
結界から外れてしまった。
「ずっと町から出られなくて飽き飽きしてたの! ああ、でも、あまり長い距離を歩くのは嫌だけど」
「馬車を手配してありまして、それで出かけようとは思っていたのですが……」
「準備がいいのね! その町にはなにか名物があるの? あ、もしかして、一般の人が住んでる場所っていうだけで、同じ町? だったらあまりおもしろくなさそう」
「いえ、行くなら別の町ですが……」
「じゃあ行きましょう!」
「スナイプ様、ご迷惑ですよ。それに、まだ」
「もう、エスタに言われたのは、やりたければやればいいっていうだけでしょ? そもそも、これは私の趣味なんだから」
スナイプは肩にかけているカバンを持ち上げてみせた。
「あ、もしかして迷惑?」
スナイプがユーグレに言う。
「いえ、わたくしとしては、全く問題がないのですが、王女がただの兵士と出かけるというのは、あまり褒められたことでないのでは」
などと余計なことを言ってしまう。
「なら、行きましょう。馬車はどこ?」
もうすこし警戒したほうがいいんじゃないか?
ユーグレはサクルを見たが、不思議そうにするだけだった。
どうする。このままいくしかないか?
考えつつ結論が出ないまま、ユーグレは、スナイプたちを連れて馬車があるところまでもどった。
「さあ行きましょう」
スナイプは元気よく馬車に乗り込んだ。
これでいいのか……?
いや、いいのだろうが……。いや?
ユーグレはまだ、ひとり自問していた。




