理不尽はどっちだ
ほほほ、と必死に笑って耐えているエリスだったが、我慢の限界は近い。
というか、こんな男が攻略対象ってどういうことなんだ、と思わずリーアを睨んでみると『やっべ』みたいな顔をしている。
「(こいつ……!)」
「エリス、お顔」
小声で指摘してくれたアーリャに感謝しつつ、だがしかし目の前で完全にアーリャを敵対視しているらしい攻略対象くん、もといアイザック。
正直、エリスの好みかと言われれば全く好みではない。
だってこんな横暴もの、大嫌いだもの。
「しかし……お前、何でいるんだ?」
そして、公爵令嬢たるアーリャに対してのこの態度である。
「(お前潰してやろうか!!)」
「ですからエリス、お顔」
なお、アイザックに睨まれようが全く動じてないどころか、意に介していない様子のアーリャは色んな意味ですごいと思う。
そもそも、アイザックなんか視界にすら入っていないのだろう。しかし、スルーされているアイザックは何というかとっても怒っております! という態度を隠すことなくギリギリとアーリャを睨みつけているではないか。
「おい、何とか言えよ! アーリャ・ロゼルバイド!」
「……」
ええ面倒臭い、とでかでか顔に書いている状態を隠しもしないアーリャは、ここでようやくアイザックに向き直って、そしてそっと制服のポケットから愛用の扇子を取り出して、無言のまま振りかぶる。
「え?」
さらに無言で扇子を思い切り横に払えば、スパン!! と大変痛そうな音が図書館に響く。
ヒロイン権限最高! 貸切にしておいて良かった! と喜んでいるエリスだったが、思いっきり叩かれたアイザックは一瞬何が起こっているのか理解できなかったようで、ポカンとした様子で間抜けに口を開けていた。
「な、……」
一体どこの世界に口を開くことなく男子を叩く女がいるんだ、と問われればアーリャはきっと真顔で『はいここに』と手を挙げるだろう。
何の躊躇も見せなかったアーリャを見て、エリスは内心『なるほどこうやって拒絶するのもありか!』と何やら物騒な感じで学んでいる。
「お前、一体何してくれてるんだよ! ああ怖い! こんな暴力女はエリスの傍になんかいちゃいけない!」
まるで演劇をしているかのように、身振り手振りを加えつつ叫んで悦に浸っているらしいアイザックに対し、ここでようやくアーリャが口を開いた。
「お黙りあそばせ、愚物」
「は!?」
「言葉は理解できておりまして?」
「出来ている!」
「人間の言葉、ですわよ?」
まぁまぁお可哀想、と心の底から馬鹿にしきったアーリャの態度に、アイザックが目をまんまるにしている。ここまでボロクソ言われるだなんて想像していなかったのだろう。
わなわなと震えているアイザックに対して、アーリャはさらに遠慮なく追い打ちをかけていく。
「言葉が理解できているなら、階級制度もご理解していただけておりまして?」
「ふん! 当たり前だ!」
鼻息荒く答えたアイザックに、エリスが次はポカンとする番だった。
「理解していて、アーリャ様にそんな口聞いてるんですか!?」
「え」
どうやらこのアイザック、色々勘違いをしているようだ。
まず一つ目の勘違い。
それは、エリスが自分の味方をしてくれていると思い込んでいること。
二つ目。
アーリャとエリスが仲が悪いと思い込んでいること。
そもそも、エリスはアーリャが大好きだし、アーリャもエリスのことは好ましく思っている。
アーリャに至っては自分で『悪役令嬢』という役割を放棄し、ゲームシステムから力技で逸脱しているとんでもない存在なのだが、アイザックはそんなこと知らない。
知っているのは、今の所エリスやリーアくらいのものだろう。
「わたくしねぇ、公爵令嬢なのですが」
「それが!?」
分かってねぇな、とエリスもアーリャも心底疲れ果てた様子で揃ってとんでもなく大きなため息を吐いている。
アーリャとエリスの仲良しっぷりに、アイザックはここでようやくおかしなことに気づき始めたらしい。
「なん、で……お前とエリスがそんなに仲良し感出してるんだよ! おかしいだろ!」
「何故?」
「何故、って」
「私だって、お友達はおりますもの」
ツン、とそっぽを向いたアーリャの破壊力たるや。
美人が拗ねたようにそっぽを向くことがまず可愛くて仕方ないというのに、まさかの『お友達』! と、エリスは一人で内心大興奮である。
「(ひええええアーリャ様かわいい!! かわいい!!)」
『ニンゲンって、大忙しですねぇ』
しみじみ呟いているリーアに、エリスの心の声はダダ漏れである。だからこそツッコミを入れられるのだが、アーリャ本人は気付いていない。
「エリス、どうかしたの?」
「いえ……な、何でも……」
アーリャは見た目の雰囲気で冷たい、近寄りがたい、なんかの印象を抱かれやすいのだが、基本的には表情豊かで可愛らしい。
それを知っているのは、アーリャととっても仲の良いご令嬢や、エリスくらいのものであるのだが、全く知らないアイザックからすると『これ誰』と目を丸くしている。
「ところで、アイザック様。身分制度はご理解している、とのことですが……」
「あ、ああ!」
「で、わたくしは公爵令嬢なのですが……どういった爵位かはご理解していない、とそういうことでよろしくて?」
「……え、ええと」
公爵令嬢が何を意味するのかは、理解している。しているものの、エリスしか目に入っていなかったアイザックは、ここでおろおろし始めた。
「公爵令嬢、……ということは、その、理解して、いますが」
「そう…ご理解なさっているのね」
にこ、と微笑んだアーリャの笑みに含まれる迫力に、アイザックはたじろいだ。
「では、わたくしに対しての先ほどの暴言に関しては、どのようなおつもりで?」
「あ、あああ、あの」
ここに来て冷や汗がどば、と出ているアイザックだが、アーリャは容赦なんかしない。
そもそも、エリスのことを好いているとかどうでも良い。人を好きになったことに対して、邪魔をするつもりもないし、横槍も入れることはしない。
だがしかし、エリスの言葉をきちんと聞こうとしていない、聞く気がない、気持ちを考えない、という最低の条件が揃いまくっているアイザックは、アーリャからすれば絶好の攻撃対象。
「さっきは理解していないような、そんな雰囲気だったのですが……変わり身の早さは素晴らしいことで」
「うぐぐ!」
アーリャの冷たい視線と声、雰囲気は一切の容赦がないので、先ほどアイザックをぶっ叩いた扇をぱらりと開いて、優雅に仰ぎ始めた。
「面白い頭の作りをしているようで……素晴らしいこと」
「だ、だって」
「いやー……私も流石にアイザック様の態度は、ちょっと無いかなー……って思いますが」
アーリャの口撃ついでに、エリスもそこに加わっておいた。
まさかのエリスからの追撃があるとは思っていなかったアイザックは、ギョッとして目を丸くした。嘘だろう!? と分かりやすく顔に書いている。
「いやだって、何をどう見たら私がアーリャ様に何かされていると思うのか分からないですし……ねぇ?」
わざとドン引きしている様子をアイザックに見せておいてから、アーリャの背後にすすす、とエリスは移動していった……もとい、隠れた、とも言えるのだが。
「え、エリス!?」
「あと呼び捨てにして良いとか言ってませんし、ちょっと意味が分からないです」
がーん! と効果音がつきそうなほどショックを受けているアイザックを見ていたリーアは、はっと気付いてエリスに耳打ちした。
『エリス様、ここでアイザック様ルート潰しにかかりましょう!』
「え!?」
そんなことできるの!? と、エリスもアーリャもギョッとするが、ルート潰しができるならこれ幸い、とエリスとアーリャは頷き合ったのだった。




