反抗期かな?
前回後がきで後一話でこの章が終わると言いましたが、書いているうちに少し長くなってしまったので二話に分けます。
「よし、こんなもんで良いかな」
俺は鏡の前で全身を眺めながらそう呟いた。
そこまで身なりに気を付けていない俺が、何故今こうして鏡とにらめっこしているのかというと、今日は母さんの退院の日だからだ。
記念すべきと言って良いのかは分からないけど、さすがに大事な日である。これでスウェットで病院に行くわけにも行かないし、いつも以上に気を使ったつもりだ。
俺はにらめっこしていた鏡から視線を外し、壁に掛かった時計を見るとまだ千登世から伝えられていた時間には余裕がある。
「早く準備しすぎたかな……」
時間を気にしているのは他でもない、どうせ病院で合流するのならと、千登世が俺の家まで一姫さんの運転で送迎の車を出してくれると昨日の時点で連絡を受けたからである。
約束の時間まではまだ三十分ほどといったところで、一応携帯の電源を付けてみたところで、千登世からの連絡はまだ入っていなかった。
ただ千登世からの連絡は無かったが、伊万里からの連絡が入っていた。
内容は、何か手土産でも持って行った方が良いのかといった、いつもの伊万里の様子からは思いもよらない内容で結構しっかりしてるんだなと思った。
とはいえ、病院に向かう途中で小さい花束程度は買って行こうと思っていたので、伊万里には取り敢えず母さんは顔を出してくれるだけでも喜ぶだろうと返信をする。
すると、伊万里も携帯を見ていたのか、直ぐに可愛らしい熊のぬいぐるみがグーサインをしているスタンプが送られてきた。
俺はそれを確認してから携帯をポケットにしまう。
「どうしようかな……」
俺は軽く部屋の中をぐるりと見渡しても、特に時間を潰せるような物が有るわけもなく、完全に手持無沙汰になってしまってそう呟く。
着替えてしまったので、ちょっと掃除をなんてわけにも行かず、カチコチと時を刻む時計を眺めながらぼんやりとしていると、千登世からの連絡が入った。
俺は携帯の電源を付けて連絡の内容を確認して、家の前に車を止めてくれていることを知って、おろしていた腰を上げて玄関の扉を開いた。
◇
「千登世おはよう、一姫さん有難うございます」
「おはよう……あら?珍しいわね」
「構わん、何かと世話になっている郁真の母上の退院祝いだしな」
俺が車に乗り込むと同時にそう挨拶をすると、千登世は直ぐに珍しく身なりの整った俺に気が付いたのか、少し物珍しい物を見るように目を見張っていた。
「まぁ、今日ぐらいはな」
「ん、それもそうね。それじゃあ一姫お願いね」
「ああ」
ほんの少し気恥ずかしさに車の外に視線を向けながら俺が言うと、千登世は納得したように言って一姫さんはゆっくりと車を走らせ始めた。
「……そう言えば、大儀は知らないけれど、棗は今日微妙な時間に仕事が入ったみたいで、顔だけ出すみたいよ」
数分一姫さんの運転する車に揺られていると、千登世が思い出したようにそう言った。
朝連絡した限りでは伊万里は何も言っていなかったので、伝えておいた時間に来るだろうが、棗さんは急に仕事が入ってしまったみたいだ。
「えぇ、大丈夫なのかよ……なんか悪い気するな」
「そんなこと言わないの、三人の中じゃ一番棗が郁真に恩を感じてるんだから、これで郁真に今日は来なくていいですよ~なんて言われたらあの子ずっと引きずるわよ」
確かに、これまで担当した三人の中では一番荒事になった事もあるし、千登世が言う、俺に恩を感じているのは勿論知っているし、棗さんの性格上確かに引きずるだろうなと思う。
そういう事なら本人がここに居ない以上これ以上この話をするのもナンセンスだろう。
「……それならいいけどさ、千登世は?今日は自分で呼んどいて聞くのはあれだけど、仕事とか大丈夫?」
「私の仕事なんて、出来る時にするので間に合っているのぐらい郁真なら分かるでしょう?」
棗さんの仕事の話からのつながりで、ないとは思いつつも一応千登世にも聞いてみたが、予想通りの返事が返ってきた。
未だに千登世が日頃ノートパソコンで何やら作業をしているのがどんな仕事なのかは教えてもらっていないが、これまで千登世と関わる中で、千登世が自分の事より仕事を優先しているところは見たことがないので千登世がいう事は本当の事だろう。
単純に仕事の優先度が低いのか、はたまた千登世が俺の知らないところで余裕をもって終わらせているのかは分からないが、つまらなそうに返事をした千登世を見るに多分優先度が低いのだろう。
「ま、それもそうか」
「それに、郁真のお母さまへの挨拶だし……」
予想通りの返答に俺が適当に返事を返すと、千登世は何やら小さい声でもごもごと呟いたが、内容までは聞き取れなかった。
別にここで千登世の呟いた内容を根ほり葉ほり聞いたところで千登世が正直に答えるわけもないので気にはなる物の千登世の呟きは無視することにする。
「あ、一姫さん、途中で花屋とか有ったら寄ってもらう事って出来ますか?」
「……構わんぞ」
千登世は何やら一人の世界に入ってぶつぶつと呟き始めたので、無視する。
一姫さんは俺の言葉に一瞬考えた後、直ぐに意味が分かったのかルームミラー越しに目線をよこしながら言った。
流石の一姫さんは俺の言葉を聞いてから直ぐに脳内で病院までの道のりを修正したのか、気が付けば花屋の前に車を停めてくれた。
花屋に着いたことだし、車から降りようとすると、先ほどまで自分の世界に入り込んでいた車が止まったことで千登世が復活して一瞬車の外を眺めて状況を理解したのか口を開いた。
「……花束ぐらい私が買うわよ」
「え、いいよ別に」
別に大きい花束を買うつもりもないし、多少値が張るとは言え、小さい花束を買うぐらいの給料は千登世と伊万里の二人から十分に貰っている。
「退院祝いで家族が花束を買うのも変な気がしないかしら?」
千登世は俺の返事を聞いて呆れたように軽くため息をついて言う。
「そうか?そんなもんだろ」
「良いのよ、郁真は気にしないで、私に買わせて頂戴な」
別に俺としてはもとより自分で買うつもりだったので、千登世にそう言われたところでいまいち納得できないが、やけに千登世が譲らないので何を考えているのか不思議だ。
結局千登世は俺の返事を聞く前に車から降りてツカツカと花屋に入っていったので、千登世の後を追った。
◇
結局千登世のチョイスで邪魔にならない程度の手のひらサイズの花束を千登世は購入して、俺たちは車に戻ってきた。
「それじゃあ一姫お願い」
「なあ、半分出すって」
「くどい」
店員さんに受け取った手のひらサイズの花束を抱えた千登世の言う通り一姫さんは直ぐに車を発進させるが、俺はレジでも何度も言った言葉を繰り返すが千登世は聞く耳を持たず、プイと窓の外に視線を外してしまう。
俺は無理やり千登世の視線をこちらに向けるわけにも行かず、どうにもならないので、千登世が何をしたいのかも分からないまま、ため息をついて車に揺られていると、直ぐに病院が見えてきた。




