学校指定の水着は嫌だ
――よし、こんなもんかな。
俺は、先ほどまで手にしていたシャープペンシルを机に置いて、もう一度書き間違いや、解答欄のズレが無いか確認して安堵の吐息を漏らした。
そう、今日は俺が退院してから初めての学力テストなのだ。テスト用紙を裏側にして、何となく周りに耳を傾けると、まだ大勢のクラスメイト達はカリカリとシャープペンシルをテスト用紙に走らせる音が聞こえてくる。
何だか、こうして周りの生徒たちがまだテストに悪戦苦闘しているのを感じると、早く終わってすでに見直しも済ませたが、俺に関しては特待生の座もかかっている事だし、少し不安になってしまう。
俺はそわそわとしながら残りの時間が過ぎるのを待っていると、次第に紙にペンを走らせる音も少なくなってきた時、黒板の前辺りでテストの監督をしていた先生が声を上げた。
クラスのあちこちから一先ずテストがひと段落着いたことによる安堵のため息が聞こえてくる中、丁度武智君が話しかけてきた。
「ふー……どう郁真?良さそう?」
「うーんどうだろ……多分できたとは思うけど、俺も入院してたからあんまり自信ないや」
「おい!それだと俺の郁真先生ノート式テスト対策もちょっと不安なんだけど!?」
「あはは、多分大丈夫だとは思うけどね」
まぁ、入院していたとは言え、退院してからは普通に学校にも登校していたし、テスト勉強も本気でやっていたが、入院中の授業は受けれていないので少し不安だった。
「頼むぜ、文武両道スーパースターの郁真君?」
「その呼び名やめてよ……なんかちょっとダサいし」
武智君は揶揄うように、俺がストーカーを取り押さえている動画がSNSでかなり話題になった事でつけられた呼び名で呼んでくる。
「ははは!まぁいいだろ?実際郁真はすげえ事したと思うし」
「褒めてくれるのは嬉しいけど……あの時俺めっちゃポカしてるからなんか複雑だわ」
一応、俺もSNSに上がっている自分の動画を見たし、それに反応しているネットの人の反応も知っているからこそ、あの時にやらかしたポカのせいでいまいち素直に褒められているような気がしなかった。
「まぁまぁ、俺も動画で郁真が怪我した時はびっくりしたけど、退院して学校に来た時は郁真も普通にしてたし安心したんだぞ?それにあれは、誰にでも出来るような事じゃねえよ」
「ありがとね……」
正直、退院してから初めて学校に登校した時も今の武智君の様にクラスメイトから先輩まで知人、知らない人関わらずありとあらゆる人に褒められたのは有難いのだが、どうしても素直に喜べない自分が居るのも確かだった。
「武智君そんぐらいにしてあげたら?郁真君困ってるし」
武智君から何度目かも分からない誉め言葉を受け取った俺が、微妙な顔をしているのが分かったのか千曲さんが助け舟を出してくれた。
千曲さんとは棗さんのこともあってか、何かとよく話すようになっていて、最近はもっぱら武智君と千曲さんと俺の三人で話すことが多い。
「お、千曲もテストお疲れ~……でもよ、実際郁真凄いじゃん」
「そりゃあ凄いでしょ。でも何度も褒められたって郁真君も微妙な顔になるって」
「まあね、本当なら俺ももうちょっと安全に取り押さえられたと思うし」
「そうか……じゃあ今度からは辞めとくわ」
「そうしな」
千曲さんは棗さんから俺が失敗したことを聞いているのか、有難いことに武智君のよいしょを途中で止めてくれた。
「ま、郁真君も傷もあんまり目立たなくなってきたし、元通りって感じだね?」
「そうだね、まだたまに突っ張るけど」
千曲さんは、そろそろ7月も半ばということもあり、夏服を着ている俺の左腕を眺めながらそう言った。
確かに、左腕の傷はもうそこまでグロテスクなものではなく、よく見れば傷と言った程度まで治っていた。
「お、それじゃあさ!テストも終わったし、最近暑いしプールでもいかね?それか海!」
「良いんじゃない?プールはまだしも海はちょっと難しいかもだけど」
「俺、水着とか持ってないけど……」
武智君が言った言葉に千曲さんは賛成のようで、頷いていた。まぁ千曲さんの言う通り、プールはまだしも俺らの過ごすこの県は所謂海なし県なので、海に行くとしたら車か電車になってしまうので少し難しいと思う。
「あ~どうする?本気で皆がいけるなら、一緒に買いに行っても良いけど」
「私は別に行けるよ?予定は合わせてほしいけど」
「俺も、先に予定立ててくれればアルバイトも休むし」
「じゃあ、決まりな!いつ行くかとかどこ行くかはまた決めようぜ」
武智君は俺達二人がそれなりに乗り気なことを確認して、少し嬉しそうにそう言った。武智君は案外こういったイベント事を企画するのは好きなほうではないと思っていたので、何となく珍しいな。なんて思いながらも、俺もこうして友達と一緒にプールや海に言ったりするのは初めてなので少し楽しみになってきた。




