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棗さんに説明しよう

お久しぶりです。

 棗さんは相変わらず、俺に対して最近は少しずつ柔らかくなってきた対応が嘘のように冷ややかな目で見ているが、このまま誤解されたままでは護衛の仕事にも支障をきたすだろうし何とか説明をしなければいけないだろう。


 俺は一旦溶け始めているアイスを千果に押し付けて口を開く


「まず、この子は棗さんとは別に担当している案件の所の娘さんの妹なんですよ。なので、棗さんが思っているようなことは一切ありません」

「今日だって光るポリキュアパジャマを買いに来ただけだもんね~」


 俺が棗さんにそう説明をしていくと、千果も俺に加勢してくれたおかげで、棗さんの表情はいくらか先ほどよりはましになった気がする。


「……でも、一緒に寝てるとかって」

「それは、ねぇ?こんなに小さい子ですし、昼寝の時とかにね?……決してやましいことはしてませんよ!」

「千果が寝てるところの写真を撮ってたりするけどね~」


「……え」


 ……先ほどまでの千果の様子からてっきり俺に加勢してくれるものだと思っていたがそう言うわけでもないらしい。

 棗さんもこれには驚いたのか一気に先ほどまでで少しマシになっていた顔色を氷点下の温度まで下げてゴミを見るような目で見てくる。


「バッ……それは、千登世嬢に頼まれてだな……てか、お前起きてたのかよ」


 確かに昼寝の時に何枚か写真を撮りはしたが、それも手の離せない千登世嬢に頼まれて千果の寝顔を取ってくれと頼まれたからであって決して俺が進んで千果の寝顔を盗撮したわけでは無い。


 というか寝たと思っていたのに起きていたというのも驚きである。


「いや、郁真~女の子が寝顔を撮らせるのは自分がきちんと可愛い顔をしてる時だけだよ~写真みたいに残るものに自分の終わってる顔を撮らせるわけないじゃん」

「だからと言ってだな……完全に寝てる雰囲気だっただろあれは、千登世嬢は俺の撮った千果の写真大喜びで待ち受けにしてるんだぞ」


「ふふん、女は皆女優なのだよ。どんな女の子でもね」


 千果は何処か悟ったように神妙な顔でそう言うが、小学生ぐらいの容姿の千果がそうした何か含みを持たせた表情をしたところで可愛らしさが抜けていなかった。


「……何となくその子に対して飯田さんが保護欲以外には何も思っていないのは分かりましたから、良いです」


 俺と千果の話す様子を見ていた棗さんは少しため息交じりに俺への疑いが晴れたようでどこか安心したように言った。


「いや、最初からそう言ってるじゃないですか……」

「……惣社さんと普段一緒にいると飯田さんの普通具合が際立って、実は飯田さんも何か特殊な性癖をお持ちなのかと」


「完全に惣社さんのせいで疑われてるじゃないですか、俺」

「ごめんなさい……」


 未だに惣社さんにはなぜか俺は会ったことがないが、惣社さんの影響で俺が疑われるほどとなると、眼鏡に偏愛を注いでいる惣社さんという人が気になってしまう。


「そういえば、今日は護衛も連れずにどうしてショッピングモールに?」


 惣社さんで思い出したが、今日は俺も棗さんの護衛の仕事は無かったし、見る限り惣社さんや、マネジャーさんの姿はどこにも見えない。


 俺が逸れに疑問を持って棗さんにそう聞くと、棗さんは少し恥ずかしそうに口を開いた。


「……その、一応何かあった時に直ぐに惣社さんが来てくれるように惣社さんが開発した防犯ブザーみたいなものは持ってるんだけど、ちょっと人にあんまり知られたくない趣味がありまして……今日もそれでこのショッピングモールに」

「人に知られたくない趣味で……?」

「えぇ、まぁ正直そこまで変な趣味って訳ではないんだけど……」


 棗さんの言う趣味が少し気になってしまうが、人に知られたくないとまで言っているのだ、無理やりに聞き出すわけにもいかない。


「へぇ~まぁ、趣味も色々ありますもんね」

「千果もポリキュア好きだし、このお姉さんもポリキュアのパジャマ買いに来たんでしょ?」

「おい、千果よ、女の人が誰もがポリキュアを好きだと思うなよ」


 何処か見当はずれなことを言いただす千果に呆れながらそう言うと、棗さんは少しショックを受けたように固まっていた。


「……え、ひょっとして棗さんの人に言えない趣味って、まさか」

「あ、いや!違うよ!?えぇ、こんないい歳になってもまだニチアサ見てるなんてことは決して!」


「え!お姉さんもポリキュア好きなの?千果もねぇ~結構ポリキュアには詳しいよ?どの子が好き?千果はキュアアガバンサス!」

「キュアアガバンサスも良いけど私はキュアエンジェライトが好きかな~」

「エンジェライト!いいよね~最初は完全に悪の組織の幹部だったのに、悪の組織がエンジェライトの営業成績が悪いからってエンジェライトをクビにしてそこをキュアアパタイトキャッツアイが見つけて仲間にする流れは涙なしには見れなかったよ~」


 二人はなんだかポリキュア談義を始めてしまったが、ポリキュアの世界にも営業成績とか有るんだな……


 後、シリーズが続くにつれて色の選択肢が減りまくってるせいで、マイナーな色のポリキュアしかいないじゃん。アガバンサスやらエンジェライトやらキュアアパタイトキャツアイに至っては普通に語呂悪いだろ……


「で、お姉さんポリキュア好きじゃん。」

「……はっ!」


 今頃気付いたのか……棗さんはそれまで楽しく千果とポリキュア談義をしていたことを思い出してバレた!とでも言いたいように気の抜けた声を漏らしていた。


「……まぁ、ポリキュア好きですよえぇ!悪いですか?18歳が熱心にポリキュア見てちゃ悪いですか!?」

「いや、悪いも何も人の自由だと思いますけど……」


 急にやけくそになって周りの目も気にせずポリキュアが好きだと大声を上げる棗さんに対して俺は少し引きつつもそう答えることしかできなかった。


「今日だって、新しく程よく不味そうな新しいフレーバーが出るからわざわざちょっと家から遠いここまで来たけど!いけませんか!?ちょっと不味そうな味の物好きじゃいけませんか!?ナポリタン味のアイスとか、コーンポタージュ味のアイスとか!」


「ちょ、ちょっと棗さん?言ってる。言ってるって、あんまり人に言えないとか言ってた趣味!」

「ふーふー……」


 一気にやけくそ気味に全部洗いざらい吐いてしまった棗さんは少し息を整えるように深呼吸を繰り返しているが、正直見て居られなかった。


 護衛の惣社さんにも知られないためにわざわざ工夫してここまで来たのに、ポリキュア好きの暴露からの勢いで全て俺に話してしまったのだ。今だって少し落ち着いたせいで自分が何を言ったのか自覚してしまったようで、俯きながら両手で顔を隠して此方に一切顔を見せないようにしていた。


 流石の千果も可哀そうに思ったのか、棗さんの肩をぽんぽんと慰めるように叩いていた。


「あー最悪……私ってなんでいつもこう、テンパると無駄なことまで……」

「まぁ分からなくもないですよ、うん。ちょっと不味そうな新商品とか気になりますよね」


 未だに顔を隠したままではあるが、棗さんがポツリポツリと話し始めたので一応の相槌をうつ。


「……うん。好きなんだよね、絶対不味いって分かっていながら買って、やっぱり不味い~って一人で楽しむの」


 俺は仮にそういう商品が出たところで買いはしないタイプなので正直理解は出来ないが、言っていること自体は分かる。


「まぁ、あんまり俺は気にしないんで、棗さんもあんまり気にしないでくださいね、そんなに変な趣味でもないと思いますよ、俺はですけど」

「……ホントに?」


 棗さんの顔を隠している手のひらを少しだけ開けて覗いた瞳が俺を射抜く。

 俺にとっては馬鹿らしいことではあるが、きっと棗さんには知られたくなかった事で、密かな楽しみだったのだろう。その瞳からは並々ならぬ圧を感じた。


「えぇ本当ですよ。千果もそう思うよな」

「まぁ、趣味は人それぞれだしね、ちとねえもそう言うとこあるし……千果もそれについては特に何か言うことは無いかな」

「え?千登世嬢もそんな人に言えない趣味あんの?あとでちょっと俺にだけ教えて」

「……うーん郁真には教えれないかなぁ」


 千果が漏らした千登世嬢の趣味は気になるが、俺に教えれないと言うことはどうせ何度聞いても千果は教えてくれないだろうし、今そんなことを言っている暇はないだろう。

 棗さんは俺と千果の言葉を聞いて少しは持ち直したのか棗さんは顔を隠していた両手を離し、どこか吹っ切れたように言った。


「うん。まぁ知られたことは仕方ないしね!じゃあ目的のアイス買ってくるね!」


 そう言って棗さんは先ほど俺たちがアイスを買った店に入って千果が選んだものと同じアイスを買ってこちらに戻ってきた。


「あ~ちょっと不味そうなアイスってあれの事だったんだ」


 アイスを片手にこちらに戻ってくる棗さんを見ながら千果がそう呟いた。棗さんが買ってきたアイスは千果が色が可愛いと言うだけで買ったあのアイスだったのだ。


「そういえば、千果。さっき渡したあのアイスどうした?」

「ん?残すのもあれだし食べたよ。普通にまずかったけど」


 千果の手元にさっき渡したアイスが無い事に気が付いて俺がそう聞くと千果は少し嫌そうな顔をしながらもなんとか食べきったと言った。


「それは結構。てか最初から食べきれよな」

「いや、千果が全部食べたら、郁真とあのアイスの不味さで盛り上がれないじゃん。千果が一人で食べきったら二人で不味いアイスを食べたって思い出も無いんだよ?全く……郁真は分かってないな~」


 確かに千果の言う通りで一理あるが、そのいい女ムーブは何処で仕入れているのかとまず聞きたい。

 俺が千果のどや顔に呆れながら、ため息をつくのと、棗さんがこちらに戻ってきてアイスに口を付けるのは同時だった。


「……ん~不味い!で、なんでため息ついてるの?」


 本当に少し不味いアイスを食べるのが好きなのか棗さんは少し嬉しそうに不味いと言いながらも俺にそう聞いてきた。


「いや、特にないですよ……」

「そう?」


 俺がそう返すと棗さんはアイスを口に運んでは何とも言えない表情を浮かべながらも楽しそうにしていた。


 ◇


 結局棗さんがアイスを食べきってから少し話し、俺たちは分かれ千果の手を繋ぎながら、俺は今日棗さんと出会ってからの事を思い出して呟いた。


「う~ん、そろそろだと思うんだけど……棗さんの護衛の時間増やそうかな」

「郁真、急にどうしたの?」


 俺が呟いた言葉は千果にも聞こえていたのか、千果が不思議そうに俺にそう聞いてくるが、わざわざ千果に言うことでもないだろう。


 棗さん。というよりは、棗さんと一緒にいる俺に対して良くない敵意のような視線を感じた。なんてことは


「いーや何でもない。早く帰ろうぜ、千登世嬢が千果に会いたくてうずうずしてるだろうし」

「お~それは早く帰らないとね、今日の晩御飯も気になるし~」


 千果も俺の呟いた言葉を一旦は気にしないことにしたのか、そう言ってきゅっと俺の手を握り返してきた。



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