護衛と言っても今のところただの雑談相手です。
「郁真、何か面白い話でもないの?」
放課後、いつものように校門に待ち構えているセダンに乗せられ千登世嬢の自宅まで送ってもらい、正式な護衛になってから支給された黒いスーツに着替えてから居間にいる千登世嬢が何やらパソコンを高速でタイピングしているのを眺めて居ると、千登世嬢はコーヒーを飲むついでに雑な話題の振り方をしてきた。
これまでであれば無視するようなことだが、ここ最近正式な護衛になり、給料も上がったおかげでそれなりにモチベーションの高い俺は一生懸命千登世嬢が楽しんでくれるような話題が無い物かとここ最近の出来事を思い返す。
「あ、そういえば、ちょっと前に学校で女子にいとこの護衛をしてくれって言われました。まあ千登世嬢とのこともあるのでその時は断りましたけど」
「へぇ。別に断らなくてもよかったんじゃないかしら?葛西セキュリティサービスを通してなら、貴方の実績になったじゃない」
少し前に千曲さんと話したことを思い出しながら千登世嬢に話すと、俺はてっきり、良い心がけじゃないとか言われると思っていたが思っていたより普通の返答が帰ってきて拍子抜けしてしまう。
俺は千登世嬢が風邪でも引いてるんじゃないかとジーっと千登世嬢の事を見つめても、別に顔が赤らんでいるとかもなくいたって普通の様子だった。
「何よ?そんなにジーっとこちらを見て」
千登世嬢は俺に見つめられていることが不思議だったのか、首を傾げてコーヒーをすすっていた。
「……いや、千登世嬢が普通の事を言う物だから風邪でも引いてるのかと思って」
「郁真が普段の私をどんな風に思っているかきちんと話したいところだけれど、今は良いわ……。正式に葛西の所を通して郁真を雇っているのだから、私が郁真の葛西での立場を気にするのは当たり前よ」
「……ホントに大丈夫ですか?何か新種の病とか!」
「しつこいわね!……まったくもう」
千登世嬢は途轍もなく嫌そうな顔をしてパソコンを使った作業に戻ってしまったので、また俺は待機することになる。
一旦一姫さんとの訓練が落ち着いてから知ったのだが、何やら千登世嬢は中学生にしてパソコンを使ってそれなりに稼いでいるらしい。
パソコンを触りだした千登世嬢に話しかけると怒られることを前に知ったので、特に話しかけることもなく静かな時間が流れていくが、案外俺はこの時間が嫌いではなかった。
千登世嬢は黙ってさえいればかなりの美少女ということもあるが、何よりも真剣に作業をしている時の千登世嬢はいつもは全身からほとばしる怖さのようなモノが一切なく、本当にただの美少女なのだ。
一つ結びにした艶やかな髪の毛は千登世嬢が身じろぐたびにフリフリと不規則に揺れ、じっとパソコンの画面を見つめる真剣な瞳は思わずドキッとさせられてしまう事もある。
――まぁ何が言いたいかというと、本当に千登世嬢は可愛い。……作業をしているときは
「……ふぅ。こんなものかしらね」
ぼーっと千登世嬢の事を眺めて居ると作業がひと段落着いたのか千登世嬢はノートパソコンをパタリと閉じて猫の様に大きな伸びをして体をほぐしていた。
体をほぐし終わると同時にじわじわと復活する怖さは千登世嬢と関わってから半年ほど経つがいまだに慣れない。
「終わりました?コーヒー新しいの淹れますか?」
「そうね、お願いしようかしら」
俺は千登世嬢が差し出したコーヒーカップを受け取り、最近使い方を一姫さんに教わったキッチンにあるコーヒーメーカーを使ってコーヒーを淹れて千登世嬢の座っている前のテーブルに置いて俺もソファーに腰かけた。
「郁真もこの家での生活に慣れてきたわね?」
「まぁ半年近くほぼ毎日この家に来てるしな」
「ま、それもそうね」
千登世嬢はコーヒーカップをフーフーと少しでも早く冷めるようにと苦戦しながらお茶菓子なのかいつもの金平糖様を口に運んでいる。
正直コーヒーと金平糖は合わない気がするが、わざわざ言う事でもないだろう。
コーヒータイムが始まったので、俺はきょろきょろと辺りを見渡して見覚えのある人が居ない事に気が付いた。
「そういえば、一姫さん居ませんね?いつもなら一緒にコーヒー飲んでるのに」
俺の師匠でもあり、千登世嬢の直属の部下の一姫さんの姿が見えなかったのだ。
「一姫は知り合いに頼まれて今戦場にいるわ。なんでも面子が足りないからとかなんとか」
一体何の面子なんだろうか……詳しく聞いてしまうと何か知ってはいけないことまで知ってしまって消されそうなので特に詳しく聞こうとはしないが、一姫さんは一度も外しているところを見たことの無いお面や高すぎる戦闘技術等、気になることが多すぎる。
「へぇ~。大変ですねぇ」
「まぁ、一姫が帰ってくるまでは郁真だよりになることが多いから仕事が多くなるけどいいかしら?」
「別にそれは良いですけど」
俺の返事を聞いて満足そうに千登世嬢は冷めたコーヒーに口を付けて頷いていた。
「戦場ってどんぐらいで帰ってくるんだ?」
「いつもみたいに一、二週間で帰ってくると思うわ。」
「一姫さんの事だから無事だとは思うけど、千登世嬢は寂しくなるないつも一緒にいる人が居なくてさ」
この半年俺は千登世嬢が一姫さん以外と一緒にいるところを見たことが無かったので、何気ない一言だったが、思いのほか千登世嬢には効いたようでコーヒーカップに口を付けたまま固まってしまった。
「……べ、別に、一姫が居なくったって寂しくないわ!私にだってと、と、友達ぐらい居るんだから!」
「千登世嬢、居ないんだな、友達……」
友達が居るようには決して見えない千登世嬢の動揺ぶりを見てなんだか切ない気持ちになってしまう。
「居るわよ!…………とか」
「え?なんて?」
千登世嬢はもごもごと言葉を転がして聞き取れないような音量でぼそっと呟いたので、ほんの少しの悪気もあり聞き返してしまう。
「郁、真とか」
――あー……
「あー……」
余りにも切なすぎて心の声がそのまま漏れてしまった。俺の生暖かい目を見てしまったのか、千登世嬢はほんのり目を潤わせながら顔をそむけてしまった。
「まぁ、友達。と言ってもいいかもな、LINEも交換してるし、良く連絡取ってるし、ほとんど毎日会ってるし」
それらすべてがアルバイト関係ということは置いておいて、とにかく千登世嬢が泣きださないように俺は必死に言葉を並べる。
最近気が付いたんだが、千登世嬢は肉体的には最強なのだが、どうも精神的なことには弱いようで一人でセンチメンタルになってしまうことが多々ある。
関係の薄い人や心を開いていない人の前ではセンチメンタルな気分になっても気丈に振舞うのだが、知り合ってからの期間が長い一姫さんや、千登世家では千登世嬢以外に一姫さんしかいないこともあり、自動的に一姫さんに次いで長い関係の俺の前ではそのセンチメンタルな部分を隠そうとはしないで立ち直るまで俺と一姫さんに多大な心労を負わせてくるのだ。
まぁ俺にこの部分を見せるようになったのは組手で俺が勝利してからだが。しかもその次の組手ではぼこぼこにされた。
この時ばかりは千登世嬢も普通の中学生の様に感情的になるので、どうも年下をいじめているような気持ちになってしまう。いつもであれば組手の一つでもすれば直ぐに回復するのだが、審判兼千登世嬢がやりすぎないようにお目付け役の一姫さんが居ないのでその手も使えないだろう。
「そうよね?友達よね?私たち」
縋るようにこちらをうるうると潤んだその夜空のような瞳で見つめてくるもんだから、余計に罪悪感を感じてしまう。
「……そうだな。友達だ。うん」
「私、お友達が二人も出来て嬉しいわ……これも郁真が護衛になってくれたおかげね」
俺、一姫さん。そんな構図が脳内で直ぐに出来上がってしまって、嬉しそうな千登世嬢の様子が余計に痛ましい。
「あの、千登世嬢?失礼かもしれないですけど、俺たち以外に学校とかで友達って作らないんですか?」
「あいつらは駄目よ。私に勝てるところがそれしかないからって、友達マウント取ってくるもの」
友達マウントって初めて聞いたぞ……
どうせ、千登世嬢がいつものように負けず嫌いを発揮して友達を作ろうとしたときに何か言われてから学校で友達を作る気をなくしたのだろう。
多分その時は一姫さんしか友達対象が居なかっただろうし、数より質とか言って自分の負けず嫌いの部分を何とか納得させたのだろう。
「それに、友達の数が多いからといって偉いなんてことが有るわけないじゃない。こういうのは数より質なのよ」
――ほらな?
千登世嬢は学校で言われたことを思い出したのかぷりぷりと腹立たし気な様子でコーヒーを全部飲み切ったカップをソーサーにガチャリと音を立てていた。いつもであれば上品に音一つ立てずに飲んでいるので、いかに千登世嬢がマウントを取られるのに腹を立てているのかが分かる。
「そもそも、何よ?鷺森さんには、もっといいお友達が出来るよ~。よ!友達に良いも悪いもないわよ!居るだけでありがたいんだから!」
ぶつぶつと憎しみを垂れ流している千登世嬢の矛先が自分に向かないように千登世嬢のコーヒーのおかわりを取りにキッチンに逃げ込んだ。
千登世嬢。最後本音漏れてますよ……
そう言えば俺は携帯を持ったばかりの時に千登世嬢のLINEの連絡先の多さに打ちのめされたことが有ったが、今こうして携帯に慣れてからあの時の千登世嬢の友達欄を思い出すとほとんどが会話した形跡もなくただ連絡先を追加しただけで、なおかつほとんどが組の関係者だった事に気が付いてしまい、千登世嬢がLINEの友達数でマウントを食らい、地道におっさんや、ほぼ輩の若い衆ばかりの組の奴らとLINEを交換していたかと思うと……
「なんか泣けてきた……」
未だに居間でぶつぶつと学校の女子たちに言われた友達マウントの数々を連ねては一人で怒髪天している千登世嬢を見ながら俺は頬に流れる雫を手のひらで拭ってコーヒーメーカーからカップにコーヒーが注がれていく音を聞いていた。




