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 自動改札を抜けて、私は黒いワンボックスに近付いた。

 だが、スモークガラスで中は見えない。

 背伸びをして覗き込もうとした途端、助手席のドアが内側から勢い良く開いた。


「久し振りだな、萌絵。ここ、駐車できねーから取り敢えず乗れよ」


 運転席からサングラスをした若い男がそう言った。

 だ、誰!?

 あたしは一瞬、目を疑った。

 これが隣に住んでた幼馴染の拓馬?

 2年年上の拓馬は、高校卒業と同時に他県の大学に進学してしまったので、それ以来、顔を見たことがなかった。

 5年ぶりの再会になる訳だけど、それにしても高校生の頃の面影は跡形も無い。

 シンプルな白いTシャツにグレーのパーカーを羽織っただけのラフなスタイル。

 それが筋肉質な身体にフィットして、とても似合っていた。

 短い硬質の髪は相変わらずツンツンと逆立っていて、サングラスをしていると外国映画に出てくる軍人みたいに精悍だ。

 子供の頃から大柄だったけど、大人になってから更に肉付きが良くなって、高校時代より更に一回り大きく見える。

 太い首や広い肩幅を見るだけで、彼の身体が日々鍛えられたものである事が分かった。

 確かに5年前の高校生だった時とは違う。

 運転席からあたしを見ているサングラスの男は、『幼馴染の拓馬』というより一人の男性だった。


「おい、萌絵?ボーッとしてないでさっさと乗れよ!」

「あっ、はい、ごめん!」


 見惚れていたのだろうか?

 放心していたあたしは、彼の声ではっと我に返り、慌てて助手席に乗り込んだ。


 助手席のドアを締めたと同時に、拓馬はゆっくりハンドルを切って車を前進させた。

 高校生だったあの拓馬が、こうやって普通に車の運転をしているのは不思議な感じがする。

 あたしは免許は取ったものの、車に乗る必要のない生活をしていたのでペーパードライバーだった。


「拓馬、車に乗れるんだね」

「当たり前だ。こんな田舎で車がなかったらどうやって生活すんだよ?」


 顔は前を向いたまま、拓馬は可笑しそうに笑った。

 釣られて私も思わず表情が緩む。

 電話で声を聞いた時程の嫌悪感は急速に萎んでいくのが分かった。

 月日の流れは、いつの間にか私達を大人に変えていたようだ。


「拓馬、さっきはごめん。知らない番号だったから警戒しちゃった。まさかお母さんが拓馬にお願いしてたなんて知らなかったから・・・迎えに来てくれてありがとう」

「ああ、気にすんなよ。俺もお前と会うの久し振りだったから、ちょっとテンパってたわ。でも、何年振りだよ?」

「6年振りくらいじゃないかな。拓馬が大学行ってから会ってないもん」

「そうだよなあ・・・最後にお前に会ったのってまだ高校生の時だもんなあ」


 急に年を取ったようにしみじみと溜息をつく拓馬を見て、私は笑った。

 

「6年経ったって、拓馬はまだ25歳でしょ?私なんかまだ23歳だもんね。人生これからよ」

「だよな。てか、お前、今、何やってんの?専業主婦か?」


 サングラスの隙間から彼の視線がチラリと動いた。

 私が離婚したことを知らないんだから、彼の質問は自然な流れだ。

 隠しておく必要もないので、私はサラリと答えた。


「私ね、離婚して帰って来たの。お母さん何も言ってなかった?」

「離婚!?」


 想像以上に驚いた拓馬は、ひっくり返った声で叫んだ。

 ついでにブレーキを踏んだものだから、私達は揃って前のめりに倒れた。


「ちょ、ちょっとお!危ないでしょ!」

「あ、ああ、ごめん。でも、離婚って、お前、早くね?」


 勢いでずり下がったサングラスを払いのけて、拓馬は切れ長の目をいっぱいに見開いた。

 離婚なんて、今の時代さほど珍しい事でもないだろうに、彼の過剰な反応に少し可笑しくなる。


「失礼ね。別に早くはないよ。一年も頑張ったんだから」

「一年で普通別れるかよ? なんでそうなったんだ? お前の浮気か?」

「相手のよ。失礼ね、相変わらず」


  全くデリカシーのない男だ。

 彼の反応は想定内だったし、事実だけに腹も立たないが、私はわざと頬を膨らませて横を向いた。

 この無神経な男には軽く罪悪感を感じてもらわなくては。

 

「ごめんな、悪い事聞いて・・・今まで辛かったんだろうけど、早く忘れろよ」


 予想に反して、項垂れた拓馬の口から出たのは、今まで聞いたこともない優しいセリフだった。




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