泣いて泣いて化粧をする(続・バットで殴りながら『死ぬこと以外かすり傷』と抜かす奴について)
『ジョーカー』という映画が好評らしいがTwitter上で気になる評論がある。
『努力していない。結局逆恨み』
その評論に対してある方曰く「泣きながら化粧したことがない満たされた人の意見だね」と反論している。映画本編について今は語らない。ここでは能の『野宮』に登場する六条御息所(※ろくじょうのみやすんどころ)さんのお話を……。
「鴉野さん鴉野さん」
なんだ仮想人格くん。今いいとこなのに。
「鴉野さんに能とか高尚な趣味は似合いません」
しばくぞ。
まあ白状すると自分も放送大学の講義で一分足らずの紹介しか見ていない。
「おい」
「ようつべ調べたけれど新作能だけしか見つからなかった。まあそれはさておきだ」
原作では確か六条様(仮想人格の言うように鴉野のようなバカには彼女の通称を覚えきれない)は夢魔的に葵上(源氏物語の主人公光源氏の正妻)を苦し……。
「ふがふが」
「寝るなぁ! 仮想人格! 寝たら死ぬぞってか、ぶっころ(以下略)」
……祈祷を受けて退散した際に香の匂いを残して正体が露見するように記憶している。六条様にとっても寝耳に水。
「『朝起きたら転生していたならぬ生き霊になっていた(無自覚)』。六条様ってドジっ子ですか」
「おまえの解釈天才だな!」
正確には朝起きたら『生き霊になって光源氏の正妻葵上を襲っていたと周りが責めている状況』かなあ。
「つまり婚約破棄ざまぁ系ですね。理不尽な誹謗中傷や言いがかりに六条様がぐうの出もないド正論で論破して絶縁後は領地にて貴族の身分と財力で無双を」
「なんでおまえは小説家になろう思考なんだよ!? 源氏物語なら教科書にも出てくるだろう?! まあ自分も与謝野晶子版を読んだ程度だが」
「え?
鴉野さん、源氏物語の話をしているのですか」
「えっ?!」
「え」
「え」
「GENJIって鴉野さんの世代なら一〇〇%に勇気なローラースケートで歌って踊る楽園な銀河の」
「ちゃうわ! 流石に古すぎるわい!?」
「というか前回がクッソつまらないのに、今回は珍しくキレキレですから毎日『無笑』は更新しましょう!」
「毎回更新するたび、俺が死にそうになっていた事実はどうなるのじゃあ!」
理不尽クレームと命の危険があるという警備員を始めたら絶賛人生で一番平穏期間到来。ネタないです。
「今までの鴉野さんの仕事」
「特異点は鴉野になく、あの職場にあったのかも」
なんせ、理不尽なクレームにも命の危険にもほぼ遭遇していない。いや鴉野が気付いていないだけかも。
「どんな」
「急に寝落ちして車道にダイブしかけたとか」
充分であるが鴉野的にはネタと呼ぶに足りない。
「他には。死なないハナシでいいです」
「毎日仕事の合間に回れ右とかの基本動作の練習をするけど、脚を滑らせた拍子に前に進む逆ムーンウォークまで習得して、警備先で別れ際に披露してバカ受けした話なんて面白くもなんとも」
それより源氏物語のハナシな。
六条御息所さんは源氏物語に出てくる女性で、少し年上お姉さんなのだが年月と共に立場が源氏と逆転して、他の女性に対する嫉妬で人生を狂わせていく。
「ちょ、ムーンウォーク詳しく」
「うっさい。文字数稼ぎは活動報告だけにさせろ!」
原作では香の匂いで正体が露見するところが空恐ろしくもロマンティックなのだが、『野宮』では経緯や恨みつらみに至るまでを描くらしい。これが短い動画なのに胸に沁みる。
「今見せて頂いた動画は現代語ですけど教授、前に薪能で観劇したときはナニ言っているのか理解できませんでしたよ」
「鴉野君。それはね。動画はちゃんとした古来のセリフ回しだからキミの見た能は演者がヘッタクソなんだよ。現代語とほぼ変わらない文法だから良い演目をみることをお勧めするね」
教授ブッチャケありがとうございます。
「今の動画はすごく短いのですが、原作では香で露見する正体が鬼女となって迫る姿に改変されていて、見ていて『お願い、六条さまをいじめないで』ってなって無茶苦茶沁みました」
「世阿弥は天才だからね」
努力と関係ない老い。
顧みられない悲しさ。
愛さずにはいられない業。
胸を焼く嫉妬とそれを表に出せない自尊心。
その表現が舞いに、ことばに集約されて胸をえぐる。
「取敢えず源氏はクズでいいでしょう」
「単純に現代の価値で決めつけるな!」
アレ一応女性作者だし、時代背景的には『努力しない平凡な女性に貴種の完璧超人な金持ちヒーローが強引に迫る』物語だぞ。むしろスエムツバナさんを最後まで面倒みているしカネで殴れる、もとい女の子たちの面倒を最後まで見れるだけでも立派だと思う。
「詳しい事はレビュー一覧でも触れている、『清少納言の「復讐」、紫式部の「呪い」――『枕草子』『源氏物語』に隠された意図とは――(N4874FT。作者こますけさん)を読んでもらうか、Soltさんが小説に書いてくれるのを待ってくれ」
六条さん萌えなのは鴉野だけではあるまい。
「個人的にはスエムツバナさんが好きだが」
「だれっすかそのひと」
あれ? 知らない? 一番ブサイクな扱いだぞ。
まあ原作読む限りでは性格は異性として付き合うにはつまらないくらいに超良いし、目鼻立ちくっきりしていて背も高いから現代人の鴉野が見たら『トップボディビルダーの人妻四二歳衝撃のえっちなビデオデビュー』とかで一〇〇回は転生できる鴉野の好みドストライクの可能性が高い。
「すげえ業の深い性癖だな!」
「え。オマエダメなの?!」
「すいませんけど、ダメです」
「あれか、紫の上とか駄目? 子供を拉致って物語で和気藹々するくらい懐いた後に手籠めにして妻に」
めっちゃ叱られた。
仮想人格はロリコンだが夢を見る漢なので年下は愛でても襲わないらしい。
「さらに明石の君というもっとロリにも手を」
仮想人格君の怒りが怒髪天。
ピザ食うピザ? え、怒りを静めるのはカルシウムだって? 仕方ないなぁ。
「普通にフザケンナってなります!」
「……なろうの主人公よりは経済力あるぞ」
いやまじで。ブサイクキャラでも養うし。
あれはハーレム小説というより、当時の時代背景を考えたら読者に身近な女性像を幾人も出してそこに最高の美青年が訪れてくるハーレクイン的な物語と解釈していいと思うの。だってあの時代かっこいいことが出世の近道だし、それ以上に通い婚の時代だぞ。
「あ、そだ、元々は義理の母と関係を持つことから」
「鴉野さん! マザコンでロリコンのアホがあちこちで問題起こしているだけでしょうそれ!」
「……『無笑』をみた読者さんはゆっこさんに対してマザコンの作者が書いたと解釈しているのだろうか」
それ、1000%関係ない話だ鴉野よ。
そして仮想人格、お前ロリコンだろ。
「やるのとヤルのは天地の差があります。具体的にはモンキーと猿くらい」
「変わんねえ!?」
本能に流されるだけなら人間の価値とは。人間そのものには価値なんてないさヒュー。
個人的には『浮舟』を見るに匂宮のほうが許せんが、アイツ努力家タイプで嫌いと言い切れんなぁ。絶対許せぬマンではあるが。
「臭い男は許さないって鴉野さんはフェミ汚ですか」
その解釈は斜め上だろ……。
「臭いと匂いは音だけは同じだが漢字が違うと意味が変わってだな、元々は中国語を翻訳の際……まぁ薫さんという完璧超人がいたから対抗して匂いを焚いていたというキャラクターで……この原稿を書くにあたってWikipedia日本語をチェックしながら書けるから鴉野みたいなのでも賢そうに書けるが、まぁ薫氏も相当鬱屈した人物だな。後世の作品群に影響を与えている」
はいはーい! 手を挙げる仮想人格。
「具体的には?」
「エヴァン〇リオンのシンジくんくらいかな」
「あ。タイプEVAに乗って戦う明るいお兄さんなゲストキャラクターでしょ。ぼくでも知っていますよ」
「ん??! ナニソレそれ知らないぞ?!」
タイプEvaって新幹線がJRに存在したらしい。詳しい方は適当に感想欄にお願いします。鴉野は映画版を見に行く予定ないし。
そりゃそうと源氏物語の登場人物は皆何らかの欠陥がある。嫉妬深かったりブサイクだったり齢をとりすぎていたり色ボケに狂ったり。
いや、ドジっ子ってレベルじゃねえぞ?!
「女三宮に対する対応も源氏はあかん子」
海外留学の際に愛人は捨ててくる文化だった森鴎外よりはだいぶマシだと思う。アレも時代背景では仕方ないのかもしれないが、脚気対応も考えるとやっぱり絶対許せねえマンになっていい。それと比べりゃまだ札束と家柄でぶん殴って面倒見れるだけ源氏は……。
「でも、鴉野さん。うちの教授が『青空文庫にあるから単位欲しけりゃ読め』と押し付けてきた『渋江抽斎』とか見るに脚気はさておき歴史人物の掘り下げは森林太郎さん凄いですよ。教授曰く『歴史を人物から掘り下げる場合必ず見るべき』とか大絶賛です」
マジか。読むわ。
うわわ。超面白い。
軍医の合間に執筆して有名にってモリリンさんどこのなろう作家ですか。まるで文豪みたい。
「文豪ですよ鴉野さん」
「うっさい話しかけるな一瞬の油断が命取り」
「鴉野さんが読書モードに入っちゃったので続けましょう。えっと、ボクの考えを述べますと『子供が興味を持つから見守る』のと、『自分の欲望のために教育を与える』のでは内容は同じでも似て異なると思うのです。鴉野さんなら『おま、内容同じならそれでいいだろ』っておっしゃいますけど」
映画『万引き家族』のお父さんみたいに。
「あのお父さん、パートナー一筋ですからねぇ。お金がなくて論理感も色々壊れているけど子供は虐めないし、若い娘と一緒でも性的虐待を加えない。むしろ虐待されている子供をさらって助けてしまい揚げ句に捕まってしまいますから……って映画見ていない方にはネタバレですかね」
「渋江ちゅうさいさん超おもしれえ!」
「鴉野さん、締めに何かお願いしますよ。
ところでスエムツバナってなんですか」
「だから、ブサイクキャラのヒロインの一人。何故か変換できない。教養がないからかな」
「紅花では。スエツムハナで変換してみてください」
鴉野は驚愕と共に喜ぶ。
「間違えて覚えていた! ありがとう!」
やれやれ。鴉野さんらしいですねえ。
ああ、鴉野さん曰く、『ジョーカー』の最大の冗談は富裕層に対しての恨みつらみから犯罪都市となった街であの奇天烈なコスチュームを着て一人になってなお自らの信じる『自分から両親を奪った犯罪を撲滅する』という正義を為そうとするバットマン=ブルース・ウェインの存在自体だそうですが、この価値観を持つと社会生活が困難だろうなってことだそうです。
「悪こそが、悪だけが幸せを彼に与えたって話」
「普通に怖い。そして俺自身はまだバットマン側だ」
例え六条さまにものすごく心惹かれても、ジョーカーのアーサーと胸を焼くほど苦しみを共有できても、彼らにとっては悪となる存在としてイヤイヤ苦しみつつ笑いを振舞う人でありたい。
「それって同類だけどどうなの鴉野さん」
「まぁ、敵ゆえに自称ってか自傷味方より救えることはあるさ」
たぶんね。
死ねるほど泣ける話を面白おかしく話して撫柳を慰める。世界と自分を再定義する。
それって正しくエセー(試行錯誤)だろう。多分。
(バットで殴りながら『死ぬこと以外かすり傷』と抜かす奴は信じるな編。おしまい)




