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無笑 ~正月から自称ヤクザが怒鳴り込んでくる程度にはどこにでもある日常編~  作者: 鴉野 兄貴


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掃除は給料に含まない What 洗浄中!

 鴉野はその短くない人生においてたまーに若い娘さんをアルバイトに雇うことがあった。若い人の感性はなかなか示唆に富んでいて学ぶことが多い。


 例えば。


「鴉野さん。今日休みます」

 仕方ないな。なんとかする。

「鴉野さん。おなかがすいて死にます。雇え」

 りょうかい。なんか近所のパン屋がパンくれたから持って帰りな。

「鴉野さん。こんな仕事できません」

 十分の一で良いからやってくれ。おお。出来たじゃないか有難う。途中までできたのならどこまでできたかだけ教えてくれたら補填するよ。

「鴉野さん。自転車の修理できませんか」

 俺より筋がいいじゃないか。ガンガン教えるぜ。


「バイトの女に自転車の修理教えるな」


 鴉野もバイトで覚えたのだが。女性差別ではないだろうか。だいたい誰がやってもパンクしたチューブくらい大差はない。水に漬けて泡が出たらやり直すか廃棄すればいいしそもそもパンクしたチューブはレースでは使えないチューブだ。

 そんなことを言った人は退職しているので好き勝手書いて何とかなる。

 何とかならないときは事件になる。例えば。



「鴉野さん」

「あ。さっさと食って業務に励め」


 その女性はしかめ面をして鴉野に問う。

 若干引き気味に感じるがなにかあったか。


「このお湯、臭くないですか」


 ご近所がくれたパンを齧り、ポットのお湯で作ったインスタントコーンポタージュを啜る鴉野と他バイトたちに少女(※自称)は苦言を放っており。


「なんともないけど」

「うーん。言われてみれば」


 鴉野もほかのアルバイトも皆ご年配であり正直鼻の性能はよろしくない。若い女性は体調により不安定だが味覚嗅覚において基本男性のそれを上回る。


「絶対臭いです」

「うーん。ポットのお湯だし問題ないかと」


 ポットを嫌そうにつつく彼女。

 何しているのかわかっていない鴉野。


「あの、これいつ洗いましたか」

「洗っていない」

「どうやって洗うの」



「鴉野さんのばかーー!! 汚すぎ!」

「そーなのか」

「へー。ポットって洗浄できるんだ」

「洗浄剤あるからね」


 ポット洗浄材というものは予算申請しなければ支給されないが、そもそもこの会社にポット洗浄剤が必要だという発想そのものが鴉野含めてなかったことを告白する。


「汚い! えんがちょ! 鴉野さん近づかないで汚される!」

「なんかお前の発言は周囲に激しく誤解を受ける表現な気がするが取敢えず家で掃除してくる」


「洗っても私、絶対使わないから! 使えというなら死んでやる! 辞めてやる!」

「ま、まぁ使わなくていいぞ。俺は掃除するとき熱湯が欲しいから使うけど」

「掃除用に使うこと自体がおかしいでしょう!」


 このポットは鴉野が知る限り一〇年は洗っていなかったため、こんなものを持ち帰られたゆっ子さん(母。仮名)がブーブー言いながら三日かけて洗浄剤で綺麗にしてくれた。その後配属が変わってから気になったことがある。

 隅っこのほうで埃をかぶっているポットは誰かが使っているようなのだ。



 鴉野はまぁ掃除のためにポットを使わないわけではないが、この職場の責任者がトイレブラシをゆすぐのに使っている水場しかここには無い。トイレブラシを水場で洗う人はよその会社にて見たことがないがこの職場ではそうであった。もし誰かが病原性大腸菌に侵されたらこの職場は全滅したに違いない。それまで問題にならなかったほうが不思議である。


 お客さんに使う雑巾を従業員たちはあそこに積んで洗っていたし。

 まじきたない。

 その水でポットを使う。


 あのポットはいつ洗われたのか。

 たぶん誰も知らないまま今でも使われているものと推察する。


 新入社員はいいものである。当然と思っている不自然を指摘してくれるのだから。

 いや、その前に皆気づけよ。鴉野のことである。

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