段差
小さなころ、陸橋が好きだった。
母の自転車に乗って堤防を越えていくと歯医者さんのある街だ。
帰りしなにたい焼きを買って姉と母とともに橋のたもとで食べるのだ。
そのころ家計は火の車だったらしい。
当時は安かったイワシを箱で買ってきて、煮る、炊く、焼く。
それら工夫をこらしたイワシは蛋白源となって冷凍庫で保管される。
子供のころはイワシが嫌いだったが今は普通に美味しいと思える。
小さなころ、陸橋が好きだった。
小さな靴で段差を踏み越える。
その段差がずんずん進んでいくとあっという間に膝を超え肩を超え背丈を超えた。
昔の自分は洗面器に入って遊べるほど小柄だった。
その小さな自分が見上げた先には大人の靴があった。
小さな自分が上に立てば大人より背が高くなった。
自分より小さな子の靴を見上げることができた。
当時の自分には『高さ』という概念そのものが不思議だった。
同じ大きさなのに小さくなったり大きくなったり。
ずっと大きいのに下に見えたり。ずっと小さいはずなのに見下ろしたり。
『高い』とか『低い』とかに違和感を感じなくなったり、自分の背丈が低いことを気にしなくなったのは何時頃だったろう。確か大人になってからだ。
言われてみれば自分は小柄だったっけ。
素でそう思うようになって幾分過ぎた。
それでも瞳の前に蘇る。段差の先に見える大人の靴。幼子の靴を。




