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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
四章
66/196

北都にて

 北都エルノース。


 王都を除けば一番大きな都市であり、建築、武器、魔具の生産が盛んな都市。

 手先が器用なドワーフが多く住み『ものづくり』に関わっているからだろうか、建物には細やかなレリーフが施され、小さな街灯さえ美しく通りを彩っている。


 駅を出て、そんな通りに目を向ければ数々の店がある。しかし、王都とは異なり活気に溢れているとは言い難い。職人気質な人が多い北都では客引きも作った物で語るのである。

 物語の騎士が手に持つような荘厳な大剣。実用重視、装飾など一切ない鋭い刃の刀。綺麗な細工が施された魔石やその周囲を踊る光球。


 そんなものが次々と視界に入ってくるのだ。思わず足を止めてしまうのも仕方がないこと。テルスとソルは四方八方に視線を飛ばし、ルナも楽しそうに目を細めている。


 店先に並ぶ武器や魔具の数々。それらに目を奪われたテルスたちの歩みはまさに亀の如き鈍さだった。


〈テルスくーん、夜の便でグレイスに向かうんだよー。このままじゃ、間に合わないですよー〉


 テルスが武器に注ぐ視線を遮るように、小さな文字が浮かぶ。駅前の通りに王都ほどの活気はなくとも道行く人は数知れず。でかでかと宙に文字を浮かべていたら、すぐに浄化師『閃手』のルナ・スノーウィルだとバレてしまう。


 目立たないように文字は小さく、隠すように。服装もいつもの白装束から灰色の目立たない服に変え、フードを目深に被っている。

 変装らしい変装はしていないが、有名なはずのルナもこれだけで気づかれなくなる。やはり、浄化師はあの白装束を着ているイメージがあるに違いない。


「うん、分かっている……分かっているんだけど……ちょっと、見ちゃだめ?」


 恐る恐るお願いをするテルスもルナと同じくフードを被っている。テルスもルナほどではないが、騎士選抜セレクションでそこそこ有名になってしまった。気づかれないとは思うものの、念のため顔を隠している。


 順位こそ振るわなかったが、浄天へクスであるミユを相手に善戦したことは大きかったのだろう。王都では歩いているとたまに呼び止められるくらい、テルスも顔と名が知られるようになっていた。


 もっとも、有名になった最大の理由が最後の最後でやったあれだということに、テルスは気づいていない。有名な物語をなぞった誓いは、相手がルナだったということもあって民衆の受けが非常に良かった。図らずもパフォーマンスとしては最上の効果を発揮していたのである。


 そして、そんな誓いの姿も掻き消えるような一人の騎士の姿がここにあった。


〈駄目。この前、刀も買ったし、ヴィヌスさんからとっておきを貰ったでしょ〉


 ジト目でテルスを見るルナはもはや、相棒というより母親であった。彼女が持つ限り財布の紐は中々緩まない。テルスにとってはかつてない難敵であった。


「ほ、ほら、投げる用のナイフとかを補充しないととか……いや、それに、ここでグレイスで役に立つ武器とか、魔物の情報を集めた方がいいんじゃないか?」


〈それ、たった今、思いついてないかな?〉


「……ま、まさかあ」


 武器屋で情報を集めるのは確かにいい案だ。目的地であるグレイスよりもエルノースの方が武器屋が充実していることも確かだろう。しかし、目を逸らすテルスがその説得力を半減させている。

 良いことか、悪いことか。咄嗟に嘘をつくのはテルスは昔から苦手だった。


〈まあ、情報は集めないとだし仕方ないかな。でも、あんまり無駄遣いは駄目だからね〉


「よしっ!」


「ちょっと待ってくれルナ嬢。ここで武器を買ったらお菓子はどうなるんだい? 駄目なら、全力で僕はテルスを止めるのだが……」


〈……ちゃんと、お菓子屋さんにも行くから……〉


「よしっ!」


 後顧の憂いが断たれ、喜ぶソル。その喜び方はテルスそっくりで、ルナにも少しだけ微笑みが浮かぶ。

 勿論、その微笑からは不安さと気苦労がうかがえた。

 こうして、テルスたちは北都での限りある行動を開始した。











 数時間後、テルスたちは喫茶店のテラス席に座り、一息ついていた。

 日も傾き始め、もう一時間もすればこの青空も次第に赤い夕空へと染まっていく。そんな昼と夕の狭間にある穏やかな午後の時間をテルスたちは楽しんでいた。


「はい、こちら北都名物『雪菓子尽くし』になります」


「「おお~」」


 運ばれてきた雪のように白い菓子にテルスとソルは声を合わせ喜ぶ。メイド服に似た衣装に身を包む店員は、何故か二人分の声が聞こえたことに不思議そうな表情を浮かべている。しかし、その声の主がテルスの肩に乗るネズミだとは気づかず、首を傾げながら席を後にした。


「テルス、テルス、はやくよそっておくれ!」


 ソルが待ちきれないとばかりに空いた椅子に飛び降りテルスに催促する。

 『雪菓子尽くし』なるものはパフェに近い。アイスクリームが詰まったガラスの容器にかき氷がこれでもかと盛られ、その上に雪だるまを模した白玉がちょこんと飾られている。見た目も綺麗なため、これを崩すのは少し勿体ないと思ってしまうくらいだ。


「はいはい、ちょっと待ってな」


 テルスは椅子の上に座るソルに雪菓子を分けていく。勿論、椅子の上に置いているのではない。きちんと広げられたソル用食器によそっている。


 この食器は王都で見つけた人形用の皿だ。他にティーカップやらスプーン、フォークやらの食器一式もある。ソルへのお礼として買った物だが、この買い物が一番高かった。何しろ、高価なドールハウスの一部だったのだ。


 それでもテルスは感謝を込めて、笑顔でソルにプレゼントした。たとえ、ソルがやけに精巧で頑丈でゼロが一杯のドールハウスを選んだとしても。心の内で滂沱の涙を流していようとも。あくまで笑顔で。


 この買い物で騎士選定(セレクション)の賞金も寂しいものになってしまった。ミユとの戦闘でお釈迦になった刀を始めとした装備一式を買い替えるのと、ソルへの対価(プレゼント)で気がつけば凄い勢いで減っていた。この減りようではルナがお金を管理し始めるのも無理はない。


「おおー、冷たくておいしいね! 見た目は雪みたいなのに、どうしてこんなに甘いんだい? うーん、不思議だねえ」


 頻りに不思議だ、不思議だと唸りながらもソルのスプーンは止まらない。すぐにテルスにお代わりの指示が飛ぶ。


「はい、どーぞ。でも、冷たいものを急いで食べない方がいいと思う」


「なんでだい? こんなにおいしいのに。それにゆっくり食べていたら溶けてしまうじゃないか……って痛い! 急に頭が!」


 テルスの忠告も虚しく、ソルは頭を抱えて痛みを訴える。


「痛い痛い! なんだこれは! テルス、魔法で治しておくれ!」


「いや、俺はそんな魔法使えないし。それにその頭痛って治癒魔法効くのかなあ。少し食べるのをやめるか、温かいものでも……ルナ、少しココア貰っていい?」


 甘味に頬をほころばせているルナの手元には、ちゃっかり温かいココアがある。冷たいものを急に食べると起きる、あのキーンとする頭痛はあったかいものを食べたりすると治りやすいらしい。

 その対策に注文していたのか、たんに甘いものが好きなのか。なんとなく、ルナの笑顔を見ていると後者な気がする。


〈ふふ、どうぞ〉


 くすり、とルナは微笑みテルスにカップを渡す。


「ありがとう。ほいっと」


 ルナに礼を告げ、テルスは魔法を行使した。【道化の悪戯ジョーカーズ・トリック】によって、カップの中のココアがいくらか浮かび上がり、ソルが両手に持ったカップに入っていく。


 それで、魔法は役目を終えたはずだった。


「ふばっ、あっつ!!」


 突如、カップからココアが噴出した。熱々のココアの直撃。テルスは顔面をチョコレート色に染め、悲鳴を上げる。


「ちょ、僕の方ま――あっつ、熱い!!」


〈だ、大丈夫!?……あ、私のココア……〉


 二次被害によりソルの白い毛並みがココアに染まり、ルナは心配しつつもカップが空になったことに気づき、絶望の表情を浮かべる。


 優雅な午後のティータイムはこうして終わりを告げた。


「はあ……これは酷い……」


 顔一面をチョコレート色に染めたココアを拭い、テルスはぼやく。

 これが精霊の悪戯。ここ最近、テルスに降りかかる不運であった。


 【リベリオン】の対価にして、テルスが交わした約束の代償ともいえる現象。

 今はまだ顔に火傷を負いそうになったくらいだが、約束を果たせなかったらどうなるかなど考えたくもない。


「これ、最終的にトイレとか逆流し始めたら、やだなあ」


〈テルス食事中。ああ、私のココアが……〉


「うう、僕まで酷い目に……テルス、あんまり遊んでいると、そろそろまずい気がするよ」


「そうだよなあ……うん、美味い」


 パクリ、とかき氷を口に運びながら、テルスは頷いた。


「反省の色が見られない……!」


「だって、溶けるし。それにやることはやってるはず」


 テルスは肩をすくめる。北都でやるべきことは一つを残して終わっている。防寒対策から、予備の食料、不足していた武器の補充。

 後は雪花の湖の情報と、魔瘴方界(スクウェア)探索に必要そうな物を手に入れること。だが、それもどこで聞けばいいか調べ終わっている。


 もう少ししたら、グレイスから来た行商人が気球に乗る前に店を開くらしい。今はそれまでの時間を潰しているだけ。だから、悪いことはしていないのだ。テルスは様子を見に来た店員にルナの分のココアを注文し、膝の上に置いたソルをタオルで包むようにして拭き始める。


「あぷぷ、もう少し丁寧に、優しくー……おおー、上手くなってきたじゃないか、テルス! 君も僕の扱い方が分かってきたねえ」


「うん、それはもう」


 取りあえず、ポケットに突っ込めば黙らせることができる。それだけはしっかり頭に入れている。


「さてと、これ食べたら時間もいいし行きますか。場所は駅前でいいんだっけ?」


〈うん。グレイス行きの駒者ピーセスや旅行客を相手に商売をするから、駅前の広場にいるってギルドの人が言ってたよ〉


 ココアが入ったカップを持ったルナがニコニコと笑顔と文字を浮かべる。

 それを見てテルスは一人、思う。


 グレイス行きの人たちを対象とした商売。


(それって、きっと死なせないためだよなあ……)


 テルスはほんの僅かだが知っている。

 雪山での戦闘がいかにヤバいものなのかを。


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