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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
三章
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再会

「ぷは~、ようやく出れた。テルス、ご飯!」


「はいはい、好きなのとりな」


 人の気配が遠ざかった瞬間、ポケットから飛び出たソルが勢いよく料理の乗った皿に突進していく。

 無理もない。気球を降りてからここまで、ソルはほとんどテルスのポケットから出なかった。我慢を解き放つように、今は自分より大きな肉に噛り付いている。


「うまうま、今までで一番うまっ! テルス、毎日これにしよう!」


「……俺を無一文にしたいのかな?」


「お、ほんとに美味そうだな。頼むテルス、後で俺の皿からもやるからくれっ!」


「しょうがないなあ、はい」


「うまっ! 何だ、この肉! とろっとろっじゃねえか!」


 美味い、美味いと一つしかない皿から料理を貪る二人と一匹。結局、皿の上から料理が消えるのに二分とかからなかった。

 

「美味かったなあ」


「素晴らしい。これが人類の進歩なんだね……」


「なんだかお前、じじくせえな。結構年寄りなネズミなのか?」


「失敬なっ!」


 ぷんすかソルは怒っているが、年寄りであることに間違いはない。何しろ、百歳以上はテルスやメルクよりも年上なのだ。


「おっと、そういや一応、聞いておいた方がいいと思ったんだが……」


「なに?」


「お前は騎士選定(セレクション)で勝つ気はあるのか?」


 ソルを人差し指でつつきながら、メルクはテルスに問いかける。


「出るからには、勝つ気はあるけど」


「足りないな。本戦なんかマテリアル《Ⅳ》の奴らばっかだぜ。あいつらは俺を含めて強欲だ」


「強欲?」


「ああ。本戦に出るマテリアル《Ⅳ》。そいつらは多分、金が欲しくて出るんじゃない。あー、だから執念深いっていうか、がめついっていうか……とりあえず厄介なんだよ」


 要領を得なかったが、メルクの言いたいことはなんとなく伝わってきた。


 マテリアル《Ⅳ》。それはある意味では狂気の証だ。


 《Ⅳ》に分類される魔物は、小さな町なら滅ぼしかねない力を持っている。明らかに個人で対処するレベルを超えていると言っていい。例えば、テルスが魔瘴方界(スクウェア)で相対した巨大な蛾型魔物ティザーニア。マテリアル《Ⅳ》とは、あの脅威に立ち向かい、勝利した者が得る称号だ。


 その胸に強さを求める理由がなければ、決して辿り着けない領域。

 そんな域に足を踏み入れた者たちが、何かを勝ち取ろうと騎士選定(セレクション)に出場する。だから、メルクはテルスに問いかけているのだ。


――お前はそんな奴らを相手にする覚悟があるのか、と。


「今日ここに来た奴らは優勝する気だと思うぜ。外野は準優勝候補だのと、優勝は無理と思っているみたいだが、少なくとも俺は優勝を目指しているしな。だから、手加減はしない。お前のことは友人だと思っているが、絶対に全力で潰す。保護用の魔具があるとはいえ最悪、死ぬことがあるのは聞いてるだろ? 戦う理由がないなら、出ないほうがいいぜ。あ、でも俺とはあとで戦ってくれよ」


 メルクはテルスを心配している。実力を心配しているのではないことは分かっている。あくまで問うているのは覚悟。

 テルスはメルクの真剣な青い瞳から目を逸らさず、今一度自分に問いかけた。

 命を懸けてまで、騎士選定(セレクション)に臨む覚悟や理由があるのかを。


 答えはすぐに出た。


 あった。


 胸を焦がすほど、理由も覚悟も存在している。自分でも意外なほど、その心の内には騎士選定(セレクション)に出てみたいという思いが存在していた。

 まして、その理由がシリュウのためでも、ルナのためでもなく、自分自身・・・・のためだったとはテルスは思いもしなかった。


 分かっていた。

 ルナに会い礼を告げたいだけなら、シリュウに頭を下げればいいのだと。気のいいシリュウなら理由も深くは聞かず、きっと動いてくれるのだから。


 分かっていた。

 シリュウはテルスが特別だから推薦したのではない。無駄な争いを起こさないよう推薦枠を捨てたかっただけだ。その条件に当てはまったのが、たまたまテルスだっただけのこと。


 だから、二人は命を懸けてまで騎士選定(セレクション)に出る理由にはなり得なかった。テルスの理由はむしろ自分の強さを証明したいメルクに近いものだ。


 胸に燻っている一つの約束。


 あの優しい道化師と交わした最後の約束。今のテルスが目指す唯一の彼方。

 そこへ、どこまで近づくことができたのか知りたい。


 テルスは自分を天秤にかけたいのだ。魔物とばかり戦ってきた自分が、人の中ではどれくらい強くなったのか。



 なにより、マテリアル《Ⅳ》ルーン・ハーレキンにどれほど近づけたのか。



 それを知りたかった。


 マテリアル《Ⅳ》が集う騎士選定セレクションならば、この五年の価値を知ることができる。もう二度と来ないかもしれないその機会をむざむざ捨てるわけがない。

 テルスの口元が弧を描く。目の奥に火が灯る。


「……あるよ」


 このたった一度のチャンスを手放す気などない。そんな内心の熱に反する、あるいは、抑えるような静かな呟きの答え。


 しかし、メルクには伝わっていた。


 抑えきれない喜びが、徐々に溢れていくかのようにメルクも笑う。そして、今にも襲いかかる狼のような気配を纏ったまま、メルクは右手を差し出した。


「――ああ、いい。これだからやめられない。どっちが上に行くか勝負しようぜ。手加減なんかするなよ。俺のルールは『強くなること』。本気のお前じゃなきゃ俺は強くなれない。雑魚と戦っても意味がないからな」


「分かってる。メルクと戦うときは本気でいく」


 笑いながら、握手を交わす二人。そんな二人に理解できない、とソルは首を振っている。が、何かに気づいたのか、ぴくりと大きな耳を動かすと、ソルはテルスのポケットに飛び込んできた。


「ご主人様、あまり騒がないようにって言いましたよね」


 ソルの尻尾がポケットに全て入った瞬間、半眼になったティアが料理を乗せた皿を持って姿を現した。ただし、一人ではない。

 その後ろに、ブルードの当主を伴って、だ。


(あ、やばい騒ぎすぎた……)


 この広大な屋敷の当主である貴族の登場。追い出されるかもしれない、と握手をしたままテルスとメルクの顔が青くなっていく。


「楽しそうですね。何の話をしていたのですか?」


「あー、えー、決意表明っていうか、正々堂々戦おうぜというか、容赦なく潰し合おうぜみたいな感じの、あー男と男の約束をしていたとこ……ろです」


 貴族と話しなれていないのか、しどろもどろになりながら話すメルク。しかし、そんな様子すら好ましいのか、ヴィヌスは笑顔を絶やさなかった。


「ここでは、言葉に気を遣わなくていいですよ。どうか気楽に、友人と語らうように話してください。ああ、自己紹介が遅れました。ヴィヌス・B・ブルードと申します」


「んじゃ、お言葉に甘えて。名前はメルク・ウルブズ。マテリアル《Ⅳ》の駒者(ピーセス)だ。よろしく、貴族様」


 いくら相手が許したからといって砕けすぎだろう、と思うテルスだったが、ヴィヌスは笑みを深くする。なんとなくだが、ヴィヌスのその笑みは貴族の『仮面』ではないような気がした。


「ええ、よろしくお願いします。テルスさん、約束どおり救助に参りました。お話に混ぜてください」


「それは助かります。だけど、中の貴族さんたちを放っておいていいんですか? こちらに別の救助隊を送り込みそうで怖いんですけど」


 テルスもシリュウと話すくらいの口調に変えた。もっとも、これがボロが出ない限界だ。馬車の中で教わった口調で話し続けるには修業が足りない。ティアが何かを言いたそうに、テルスを見ているが気にしないし、見ていない。


「ああ、大丈夫です。中の人たちは私にはあまり興味がないですから……」


 招かれている家の当主に興味がない。

 その言葉の真意が分からず、テルスとメルクは怪訝そうな顔を浮かべる。


「お二人は貴族社会にはあまり詳しくないようですね。簡単に言うとブルードの家には昔ほどの魅力はもうないのです。没落一歩手前の貴族というべきでしょうか」


「この家が……?」


 にわかには信じられない話だ。一般市民のテルスからすればこの家は十分に栄華を極めている。庭の広大さも、屋敷の煌びやかさも、これ以上を思い浮かべるのが難しいほどだ。

 だが、ヴィヌスは悲し気な表情を浮かべ、テラスの向こうの景色に目を向ける。


「魔法陣の普及に力を尽くし『B』の文字を賜ったブルードの家といっても、時が過ぎゆけば見向きもされなくなる。こんな十五になったばかりの若輩者が舵を取っていることが、その証ですよ」


「……貴族ってのも大変だな。俺には想像もつかねえや」


「ふふ、そうでしょうね。でも、私も貴方たち駒者(ピーセス)の生活というものに想像がつきません。だから、教えてほしいのです」


「教える?」


 貴族というものは、基本的には国や町の運営を担う者たちだ。その一員であるはずのヴィヌスが、魔物退治を始めとした町や市民の依頼を受けることで生計を立てる駒者(ピーセス)についての知識を求めている。

 何故、とテルスは首を傾げた。


「ええ。ブルードは政治に関わる以外に魔法陣の開発をしている家でもあります。現在、教本に記載されている魔法陣をお二人は知っていますか?」


「多少なら。教本の魔法陣は基本的な魔法の術式と、アレンジ用に使う参考の術式しかなかったと思いましたけど」


「ああ、あれな。正直、実戦であれをそのまま使っている駒者(ピーセス)はいないよな」


 テルスもメルクの言葉に頷く。駒者(ピーセス)としても魔法は魔物と対等に戦う生命線であり、自分が磨いた知識でもある。強力な効果の術式ほど高値で取引され、教えて貰うには金以上に『信用』が必要だ。


「その通りです。駒者(ピーセス)の人たちは教本の魔法陣など使っていない。実戦で使えるように最適化された魔法陣の術式を買い、それを使っているはずです。しかし、本当の奥の手は隠しておくことが常道でしょう」


 それも事実だ。駒者(ピーセス)として稼いでいくには、他者に知られない方がいい魔法もある。特定の魔物専用の魔法を編み出し稼いでいる者も多い。それ以外にも、例えば魔動気球の中で戦ったラウが使っていた魔法。あれも詳しい情報を知られたくない魔法だろう。

 テルスの術式【道化の悪戯ジョーカーズ・トリック】も、オリジナルで売りにも出していない自分だけの術式だ。癖のある術式で特別強力でもないため、大した金になるとは思っていない。が、売る気にはなれない。自分の手札はさらしたくないのだ。


「なんだ? ようはそれを教えろってことか?」


 少し語気を強めるメルク。ヴィヌスが駒者(ピーセス)にとっての魔法陣の価値を知っていながら、それを教えろと迫るなら怒るのも当然だ。やっていることは強盗となんら代わりがない。

 ただ、テルスにはこの少年がそんなことをする人間には思えなかった。


「いいえ、違います。教えてほしいのは駒者(ピーセス)はどういったことを求めて魔法を使っているか、ということです。ようするに私は実戦で役に立つ魔法陣を開発し、それを公表したいのです。駒者(ピーセス)にとって魔法陣は生計に関わってくるものと理解していますが、近年では魔物の被害もますます増えており対策が必要です。どうか協力して頂けませんか?」


 そう言って、ヴィヌスは頭を下げる。まさか、貴族が頭を下げるとは思っていなったのか、一転してメルクがあわあわしていた。なんだか、メルクは人と接するのがあまり得意ではない気がする。


「いや、なんていうか、悪い、勘違いだった。それぐらいなら、別にいい。いくらでも答えてやるよ。なあ、テルス」


「うん。まあ、どれくらい役に立つかは分からないけど。それに、駒者(ピーセス)が必要としている魔法は地方によって違うはず。聞くなら、俺たちだけじゃなくて幅広く聞いた方がいい気がする」


「幅広く、ですね……ありがとうございます。対価はどうしますか?」


 ヴィヌスの問いかけにテルスとメルクは顔を見合わせ、答えた。


「別にいらない」


「ああ、いらんな」


 意外そうにヴィヌスは目を見張るが、別に駒者(ピーセス)が何を求めているか話すだけだ。まして、それが知識として広まって魔物被害の対策になるなら、そのことが対価と言っていい。

 もっとも、リーフからほとんど出ず、他の地方で活動していなかったテルスでは魔物の知識も、土地の知識も不十分だ。役にはほとんど立てないだろう。


「あ、ありがとうございます」


 本当に嬉しそうにヴィヌスは笑みを浮かべる。貴族としての仮面ではないテルスが初めて見るその顔は、年相応の子供が見せるはにかんだ笑顔だった。


「嬉しいな。こんな風に貴族とも協力できるといいんですけどね」


「できないの?」


「利権の奪い合いが凄いですから。今だって、有望な駒者(ピーセス)に浄化師と一緒に群がっているでしょう?」


「浄化師? え、いたの?」


 ヴィヌスの言葉に思わず大広間を覗くテルス。しかし、あの特徴が無さ過ぎて逆に特徴的な真っ白な服を着た者は誰もいない。どういうことだ、と思っていると、ヴィヌスがエレンリードに群がる集団を指差した。


「あそこの中には浄化師もいますよ。貴族と同じように、浄化師にとっても強い駒者(ピーセス)は魅力的ですからね。まだ騎士がおらず、活動を許されている浄化師ならば、ほとんどの人がここにくるでしょう」


「そっかあ」


 大広間にいたのは豪華絢爛な礼服やドレスを着た人たちだ。それが、ルナが着ていた真っ白けっけな服とどうにも結びつかず、テルスはてっきり浄化師はまだ来ていないのだと思っていた。


 なら、見逃しているだけでルナもこの中にいるのでは、とテルスは再び大広間を覗いてみるが探し人の姿は見つからない。


 そんな挙動不審なテルスの背に、黙って控えていたティアのもっともな疑問が降りかかる。


「ご主人様、何をしているのですか?」


「人探し……でも、会いたかった人はいないなあ」


「そういや、俺もいなかったな」


「お二人は誰か探している方がいるのですか。もしよろしければ、招待状を送っているか確認してきましょうか?」


「いや、俺はいいや。会えるとも思ってねえし」


「えーと、俺の方はっと、ブルードさん、まだ来ていない浄化師はいますか?」


 テルスの隣に立ち、ヴィヌスは同じように大広間を見回した。


「えーと……まだ一番有名な方が来ていませんね」


「一番有名って、メインゲストが来てねえのかよ」


「ええ、彼女は人気が凄いですから。民衆から『聖女』とまで褒め称えられていますし、騎士選定(セレクション)前のこの時期は特に多忙なのでしょう。無理な勧誘も多いと聞いています……おや、噂をすれば、ですね。彼女が最後の一人ですよ」


 二階のテラスからヴィヌスの視線を追うと、一人の少女が正門から屋敷へと歩いてきていた。


 どこかで見たような白いスカーフを巻く少女は白いドレスを身に纏い、これまた白い髪を一つに結んでいる。まるで白い花のように可憐な姿だというに、その顔には明らかに憂鬱そうな表情が浮かんでいた。

 そんな屋敷に入る前から帰りたいオーラで溢れている少女は、自分を見る無遠慮な視線に気づいたのか顔を上げる。


 立ち止まった少女とテルスの視線が交わった。


 変化は劇的だった。


 最初は驚愕の表情で少女は固まった。揺れる銀の視線がテラスに立つただ一人に注がれる。次第に、氷が解けていくように頬は紅潮し、徐々に唇は笑みをかたどっていく。しかし、雪解けの笑顔を見ることは叶わない。少女は最終的に笑みではなく、怒ったように眉を吊り上げていた。


「なんか、こっち見て百面相してんぞ、あの人」

「あれえ、あの人ってあんなんだったっけ?……コホン、よほど驚くことがあったのでしょうか?」


 具体的には、もう会えないかもしれないと思っていた少年が、直線距離にして十メートルもしないところにいたくらいだ。そんなことを知らないメルクとヴィヌスの二人は、怪訝そうに少女の百面相を眺めている。


 少女は怒っていたかと思うと、今度は何かに気づいたかのようにハッとした。

 おろおろきょろきょろとしばらくしていたが、胸に手を当て深呼吸を数回すると落ち着いたのか、勢いよく指を一本立てた手をこちらに突き出す。


「いったい……何がしたいのでしょうか?」


「「さあ」」


 ヴィヌスの心からの疑問に、テルスとメルクも答えられない。くるり、と振り返って少女は何も告げず屋敷から離れていく。やはり会いに来たのは迷惑だったのだろうか。テルスは咄嗟に追うことができないでいた。


(なんか怒ってたし、来ない方が良かったかなあ……でも)


 何かがテルスの頭に引っかかる。

 具体的にはあの指を一本立てたポーズが。


「なんだっけ、自分で言い出したはずなのに、なんか忘れているような気がする……指一本……人差し指……俺、なんてルナに言ったんだっけ?」


「えっ、知り合いなのですか、ご主人様?」


「ルナ・スノーウィルと知り合い……!?」


「つーことは、お前がこっちに来た・・・・・・のは、あの浄化師が理由だったってことか?」


 驚いた三人の疑問が背後から聞こえるが、テルスに答える余裕はなかった。

 ようやく、魔瘴方界(スクウェア)王域で自分からルナに言った言葉を思い出したからだ。


(思い……出した!)


――人差し指を立てると『こっちに来い』。


 止めようとするティアの声を振り切って、テルスはテラスから身を躍らせる。

 ポケットから飛び出したネズミを肩にのせ、少女の後を追う少年の口元は確かに緩んでいた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ヒロインの再登場から楽しく面白くなってきました。話が進むときの文章が上手く惹きつけられます。
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