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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
二章
32/196

辺境の駒者

〈逃げるときは刀に気をつけて! 多分、その刀に何か付いていると思う!〉


 テルスはそのメッセージを一瞥すると、魔物に向かい走りだした。

 伝わっただろうか。ルナは自分の推測がテルスに正しく伝わったか、少し不安だった。


 インセクタは蟻や蜂に近いという。

 それなら、蟻が仲間に餌までの道筋を示したり、蜂が仲間に危険が迫っていることを伝えるように、インセクタもフェロモンを出しているのではないか?


 これがルナの推測だった。


 仮にこれが正しいとすると、一番怪しいのはテルスの刀だ。『浄』の魔力で浄化はした。だが、不十分だったか、刀身以外の箇所に付着していたのかもしれない。


 蟻の道筋を示すフェロモンにしろ、昆虫の認識というものは嗅覚に頼る部分が大きい。それは元の生物と習性が似る魔物も同じだ。インセクタが何かに反応しているなら、一番可能性が高いものは匂いであるはず。

 シュウを抱えて走り出したルナは、もっと早く思いつかなきゃいけなかった、と唇を噛む。


「テ、テル兄は? だい、じょうぶなの?」


〈大丈夫。あなたのお兄さんは強いよ〉


 嘘はない。テルスの強さはかなりのものだとルナは思っている。

 ギルドで他の駒者(ピーセス)が言っていたことなど、まるで嘘だった。テルスの強さなら、あの場にいた駒者(ピーセス)を一瞬で黙らせることができるはずだ。

 マテリアルが低いからといって強くないとは限らない。特に魔物以外と戦う場合は。それをあのギルドの人間は理解していないのだろう。


 テルスの強さは分かっている。それでもルナが不安なのは、テルスの一番の武器である刀がインセクタたちの目印になっている可能性があるからだ。


 刀を持った状態では、煙玉を使おうとも居場所が察知される。今までと違い逃げる手段がない。テルスは実力で魔物たちを切り抜けなければならないのだ。


(早く加勢に行かないと)


 林に滑り込むようにして、ルナはシュウを抱えながらついに目的の場所へと到着した。


〈ここで、待ってて〉


 ようやくたどり着いた場所に感慨はない。心から喜ぶにはまだ一人足りない。

 しかし、残る一人を助けようと駆け出したルナの足は数歩も進まずに止まった。


(えっ?)


 目を疑った。


 視線の先には、上空から降り注ぐ針を躱しながら、魔物の群れと戦うテルスの姿があった。それも、着実に魔物の数を減らしている。


 テルスは襲いかかる魔物を躱しながら、一体ずつ冷静に仕留めていっている。

 強い魔物は爆弾で足止めをし、その隙に【魔弾】でインセクタなどのマテリアル下位の魔物を倒す。魔物に同士打ちをさせ、群れから外れ、隙ができた少数だけを斬っていく。見本のような多数との戦闘。


 下手に加勢すれば邪魔になるのではないかと思うほど、その戦いは一人で完結していた。

 そして、ルナが加勢に行けず、魔物がテルスに近づけない最大の理由。それは、テルスの魔法にあった。


――【道化の悪戯(ジョーカーズ・トリック)】。


 魔物は草が足に絡み、落とし穴に邪魔され思うように動けていない。

 一方、テルスは風を使って加速でもしているのか、目にも止まらぬ速さで疾走していた。自然を操作し、自分にとっては有利、相手にとっては不利な環境を作り上げている。

 単体では意味を為さず、魔物に傷をつけることもできない魔法が、この場にいる全ての魔物を翻弄している。


 世界という盤上を操り、テルスは夥しい魔物の群れと対等以上に戦っていた。


「……すごい。テル兄ってこんなに……」


――強かったのか。


 おそらく、シュウはそう続けようとした。しかし、この光景に言葉を失ったのか、開いた口からはただ驚愕のみが伝わってくる。

 そして、テルスの本当の実力を目にしたルナの驚きはそれ以上だ。


 地方の駒者(ピーセス)が、なんでこんなに戦い慣れていて強いのか。

 こんなに強いのに何故、あのリスト(・・・)に載っていないのか。


 地方の駒者(ピーセス)としてはかなり強いとルナは思っていた。

 でも、これは違う。この戦いを見ればそんな評価がいかに的外れかがよく分かる。


 この強さは異質だ。


 駒者(ピーセス)はマテリアル《Ⅱ》の魔物を一人で倒せるようになって一人前と言われる。《Ⅲ》を一人で倒せるなら中位以上と言っていいだろう。そこまでの強さを得ればお金に困ることなどない。


 そう、そこで強くなる理由がなくなるのだ。地方の駒者(ピーセス)ならそれで終わり。それ以上に強さを得たい理由を持つ者は王都で危険度の高い依頼を受けるなり、騎士団に所属し腕を磨いている。


 なら、複数のマテリアル《Ⅲ》に襲われ、上空には《Ⅳ》もいるような状況で生き残れるような強さを持った地方の名も無き駒者(ピーセス)は?


 その存在は異質と言わざるを得ないものだ。


 それに、ルナは気になっていることがある。

 これまでの道のりは記録に比べると、明らかに虫型魔物との遭遇が少なかった(・・・・・・・・)。本来ならば、先ほど追われていたような大群に最初から襲われていたはずだったのだ。その理由は煙玉か、外套の効果か、

 

 それとも、前を歩くテルスのペースに合わせていたからか。


 テルスは歩いていると、時折立ち止まることがあった。もしかすると、あれは近くにいた魔物をやり過ごすためだったからではないか? そもそも、よく考えれば歩き方からして変だ。どこにいるかも分からない擬態した魔物がいると分かって、何故、確認もせずに自然に歩いていけるのだろう? 普通は石や棒で何かが潜んでいないか、確かめながら歩いていくのではないか?


 次々とルナの胸の内に疑問が浮かび上がる。一つ浮かべば、それが波紋を呼び新たな疑問を映し出していく。そのどれもが、水に映る月のように朧ろげなもの。


 ルナはテルスの戦い方を見ても、彼が何故強いのか分からない。

 これまでのテルスを思い返しても、彼が何故、魔瘴方界(スクウェア)に慣れているかのように自然体でいられるのかも分からない……まったく分からなかった。


 ルナは自分でも気づかず、寂しげにテルスを見つめていた。

 それはテルスについて何も知らないからか。それとも……


「あっ!」


 シュウの声にルナは思考の海から浮かび上がるように、はっと顔を上げた。

 シュウが驚いた理由はすぐに分かった。数を減らした魔物の向こう。森の奥から木々を薙ぎ倒して、一体の魔物が現れたからだ。


 あの魔物だ(・・・・・)


 現れた魔物が垂れ流す不気味な瘴気は間違えようがない。姿は見ていなくとも、森の中で追いかけてきていた魔物だという確信があった。


 姿は芋虫型。大きさは近くに生える樹木程度。

 しかし、ルナの知識の中に、毛の代わりに白骨が乱立している芋虫などいない。白骨は生えているのではなく突き刺さっているのか、体の表面には虫の体液が絶えず滴っている。零れた体液を浴びた草が枯れていくのを見る限り、触れていいものとはとても思えない。言葉では言い表せないほどの不気味な気配が漂う魔物。


 おそらくは混魔(キメラ)。マテリアルは確実に《Ⅳ》以上はある。文献外の上位の魔物などありえないといっていいはずなのに、それは確かな悪意を持って存在していた。


 今はまだ上空から針を放つだけのティザーニアとあの魔物が一斉にテルスに襲いかかったら……

 焦燥に駆られ、ルナは走る。体を隠せる林のギリギリのところで立ち止まって、テルスとの距離を測る。


(ダメだ。届かない)


 テルスとの間には五十メートル以上の距離があった。

 走れば十秒もせずに着く距離。しかし、今のルナにはテルスとの間に越えられぬ峡谷があるように思えた。


 テルスもマテリアル《Ⅳ》を二体も相手にできないのか、林に向けて走り始めている。立ち塞がるインセクタを斬りながら逃げる、その脱兎の如き速さを見たルナの表情に安堵が広がる。


 あの速さなら間に合う。森から出てきた不気味な魔物とはまだまだ距離がある。ティザーニアも遥か上空だ。


 しかし、その期待は裏切られる。

 走っていたテルスの足が突如、空をかいた。


 離れた位置から見ていたルナには何が起きたか目にすることができた。

 ティザーニアが最初に放った暴風。あの風が小規模になったものがテルスを空高く吹き飛ばしたのだ。


(テルス!)


 声なき声でルナは叫んだ。無理だ。ノーモーションで吹き飛ばす魔法など躱しようがない。それに、これではテルスが何度林に近づこうとも吹き飛ばされてしまう。

 同じ理由でルナもここから出ることができなくなった。一歩でもここから離れてしまえば、吹き飛ばされ二度とここに戻れなくなる。


 上空に吹き飛ばされたテルスにティザーニアが襲いかかり、混魔(キメラ)の芋虫も動きを見せる。

 芋虫に突き立っていた骨が浮き上がったかと思うと、空へと飛んでいく。毒々しい紫の体液が糸を引きながら飛んでいく骨針は、意思を持っているかのように正確にテルスへと殺到した。


(お願い! 躱して!)


 ルナは心の中で必死に祈りながら、魔法を準備する。

 たった一度でいい。一度でも機会があれば、絶対に手を離さない。

 だから、テルスを私の手が届くところまで――!


 ルナは信じた。だからこそ、どんなに絶望的でもテルスから目を離さなかった。

 飛来する骨針により防壁が砕け、灰の光が飛び散り――


「ルナ! 頼んだっ!」


 声が上空から落ちてきた。

 骨針を防いだ衝撃で、テルスは林へと近づきながら物凄い速度で落下していた。だが、その背後にはティザーニアが迫っている。


 衝突する。


 そうルナが思い、シュウが小さく悲鳴を上げる中、テルスの体が不自然に跳ね、ティザーニアを躱した。


――ハバキリッ!


 小さくだが、確かにそう聞こえた。

 銀灰の弧が空に描かれる。ティザーニアの翅を血走った眼球ごと切り裂き、描かれたそれは、真昼に浮かぶ月のように儚げで、鋭利な美しさに満ちていた。


「グギュウウッ!」


 翅を引き裂かれ、ティザーニアは叫びながら落ちていく。しかし、落ちていきながらも、行かせはしないとばかりに烈風が吹きすさぶ。


(渡さない!)


 烈風よりも疾く、稲妻の如き白光がその名を示すようにテルスへと走った。

 確かな感触がルナの手に広がる。【閃手】がテルスを握り締め、風が届かぬ範囲へと振り回す。

 そして、ありったけの力で、ルナはテルスを引っ張った。声が出るのなら、喉が枯れるほど叫んでいたかもしれないほど懸命に。


――どすんっ!


「……痛い」


 体にのしかかる重さと温かさ。今では、誰よりも信頼している相棒を助けだせたことにルナは深く安堵し、良かったと形だけ唇を動かした。


「良かったけど……」


 それは聞こえぬはずの声への返事だった。

 とくん、と心臓が高鳴った気がした。驚愕と少しの期待を込めルナはテルスを見つめる。


「……やばい、吐きそう。気持ち悪い」


 テルスの顔は見て分かるほどに青くなっていた。急いでテルスの下から這い出て、逃げ出しながら、笑みを浮かべたルナはこう思うのだ。


――ああ、私にとっての騎士は格好良いのに、格好がつかないなあ。











「うえっ……何はともあれ、ここまで来たかあ」


 吐き気をこらえ、しみじみと呟くテルスの顔は蒼白になっていた。


 王域の最奥。


 王域に漂っていた黒い胞子はなくなり、夜のように影が濃い空間が広がっている。林の外では魔物が忌々しそうに鳴いているが、ここまで侵入する気配はない。まるで、最初に王域に入ったときのよう。


 それほどまでに、たった一体の魔物の領域に足を踏み入れることを恐れているのか。それとも、別の理由があるのか。テルスにその理由は分からないが、今はここまで来られたという感慨に浸っていた。


〈多分、ここまで来れた人は一人もいないと思うよ〉


 ルナは文字よりも雄弁に、表情で信じられないと言っている。表情豊かな相棒に笑いをこらえながら、テルスは確かめるように拳を握った。


 無理、不可能、無謀。


 そういった言葉は考えないようにしてきた。それでも、常にその思いは煩わしい羽虫の如くついてきていた。でも、あの約束があった。ルナという仲間がいたから気持ちが楽になれた。シュウという守るべき存在がいたから『諦めない』ではなく、『諦められない』という思いで戦えた。


 そして、ここまでたどり着いた。あとは王を倒すだけだ。

 本当にあと一歩。


「ねえ、テル兄、ここは何処? たしか僕は広場で魔物に捕まって……ええと……あれっ? 広場で見た偉い人もいる……どうなってるの?」


 うーん、とシュウは混乱している。


〈ええとね……〉


 隣に座っているルナが状況をまとめて説明しているが、孤児院の勉強は学校と違いマイペースだ。シュウも文字の解読に苦戦している……これがナッツなら、すぐに読むことを放棄していただろう。


「テル兄……助けて」


 シュウでも全部は読めなかったようだ。困り顔で助けを求めるシュウの後ろで、ルナが拗ねたように唇を尖らせていた。


「ええとな……」


 シュウに状況の説明をするテルス。その姿をルナがじっと恨みがましく見ている。自分に突き刺さる相棒の視線に気づくと、テルスは苦笑いを浮かべた。


 笑い合い、隣にいる人に絆を感じる優しい一時。

 こういう時間を過ごすと、テルスはどうしても思ってしまうのだ。この人を失うのはいやだな、と。


(だから、頑張らないとな……)


 テルスは今一度、交わした約束を思いだす。

 この約束は必ず果たす。そうでなければ、強くなった意味がないのだから。



 そして、テルスとルナは『王』の前に立った。

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