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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
六章
195/196

氷炎の決着

「……不器用だなあ」


 盤場(ボード)で戦う二人に、邪魔が入らない用の結界役――ルーンは何とも言えない顔でそう呟いた。

 これは何のための戦いなのか。

 多分、意地とかプライドとかそういう男の子っぽい理由だろう。ゆえに、女の子(ひゃくさい)のルーンにはよく分かんない。

 まあ、強さを示さなければ一緒にいる資格はないと拗らせたワンちゃんと大事な人たちを死なせたくないから一人で戦おうかなとか思ってそうな臆病ネズミのめんどくさい喧嘩なんじゃなかろうか。人生経験豊富な(半世紀引きこもり)お姉さん(ひゃくさい)の勘的にはそんな感じな気がする。


――ああでも、そうだとしたら私も他人事じゃないか。


 テルスはメルクを友達だと思っているはずだ。ルーンたち《トリック大道芸団》だって大事な人という枠に入れているだろう。


 だけど、ただの友達や大事な人だけなら一緒に戦う理由にはならない。


 それが同じクランだろうと、黒騎の団員だろうと、今まで一緒に戦ってきた仲間であろうと、死にそうなら連れて行かない。

 テルスは絶対にそういう線引きをする。

 その証拠に、テルスはハンスやタマを刻限の砂の奥には連れて行かなかった。《黒騎(ノックス)》との合同訓練だってカンプスからそう離れていない、何かあってもテルスが助けられる場所で終わった。

 だから、人の死に臆病なテルスと一緒に戦いたいなら、テルスが安心できるくらい強くなくてはならない。


 ――ま、テルスって分かりやすいから。最初は私が刻限の砂について行くのすら嫌そうだったもん。メルクもこのままだとこいつ俺のこと置いていくんじゃねって思ったのかなあ。


 それはそれは餓狼のプライドを傷つけただろう。

 そして、それはルーンだって同じだ。


――私のことは頼ってくれるのかな? 私の方が強いのに置いていったりなんかしないよね、テルス~。


 にんまりと笑ってルーンは盤場(ボード)で戦うテルスを見る。

 まき散らされる吹雪の寒さか、それとも不穏な気配を感じてか、テルスの背が小さく震えた。

 ちょっと怪しいけど私はテルスよりも強いはずだ。だから文句は言わせない。私たちを助けてくれたあの子が命を賭けるというのに、何もしないなんてありえない。

 ルーンは、いやルーンたち・・はそう覚悟を決めている。

 しかし、その覚悟をテルスが否定するなら――今のメルクのように不器用でも我を通そうとするしかないのだろう。

 結局、これはお互いを大事に想っているからこその問題なのだ。そう思うとちょっと嬉しくてムカつき……同時に一つの疑問があった。


――じゃあ、無条件にテルスが彼女を隣に許す理由はなんだろうか?


 ルーンはこっそりと隣に座る少女――ルナ・スノーウィルを盗み見る。

 浄があるからか。強いと認めているからか。それとも他に理由があるのか。

 メルクに頼まれキャスリングに魔力を込め、今は戦いの行方を見守る彼女が何を考えているか、ルーンには分からない。

 でも、その表情はルーンには……どこか羨ましそうなものに見えた。











 吹き荒れる吹雪が盤場(ボード)を白く染めていく。

 止む気配はない。止ませる気などこれっぽっちもない。胸の熱を吐き出すかのように吠えるメルクはひたすらに――後退し続けていた。

 この吹雪は魔力を垂れ流しているに等しい無駄な行動だ。

 実戦なら寒いとか雪が少し痛いくらいでダメージになるかも分からない。しかし保護用魔具キャスリングという条件があるこの戦いならば意味を持つ。

 そう、メルクの狙いはキャスリング切れだ。

 それがたとえ形だけだろうとなりふり構わず餓狼は勝利を手に入れようとしていた。

 カウントダウンが始まったことを理解できないテルスではない。視界を白く染める吹雪の中、テルスはメルクを追撃する。


……くそ、速えんだよっ!


 吹雪も凍った盤場(ボード)も関係ないとばかりの加速。滑るようにして間合いを詰めてくる影にメルクは心の中で悪態をつく。

 一撃もらっているが、この状況下なら先にテルスのキャスリングが切れる。時間も環境も有利なのはメルクの方だ。それなのに、


「止まん、ねえ……!」


 どんな形に『水』と『氷』を変えてもテルスを捉えるには至らない。

 小手先の魔法では駄目だ。止めたいならテルスが干渉できないくらい魔力を込めるしかない。


「もう通行止めだ! 立ち止まってろ!」


 大氷柱がテルスの行く手を塞ぐ。

 これで倒せるなんて甘い考えは持っていない。二本、三本と重ねた氷の檻で時間を少しでも稼げればいい。


「【魔刃】」


 そんな思惑は氷筍の群れとともに斬り開かれた。

 一秒たりとも止まることなく、テルスは真っ直ぐに獲物を追う。


「あーくそ。前から思ってたけどお前、戦闘中に性格変わりすぎだろ……」


 容赦なんて一欠片もないその姿にお前はそうだよな、という奇妙な納得があった。だが、それ以上に胸を占めるのは焦燥だ。

 時間が欲しい。五秒にも満たないほんの少しの時間でいい。

 氷上を滑走し、浮かべた水玉に飛び込み、子供が癇癪を起しているかのように滅茶苦茶な攻撃を重ねながら、メルクはひたすらに渇望する。

 常に全力を出している。体が軋む、息苦しい。それでも、メルクは盤場(ボード)という狭い狩場の中を逃げ続ける。


――勝ちてえ……


 自分にできないことを勝ち取ってきたこいつに勝ちたい。勝って強さを証明したい。こいつに並びたい。どんなに心臓がうるさくなってもこの飢えはかき消せない。


 だが、そんな燃えるメルクに対し、テルスはどこまでも冷静だった。


 僅かにテルスの追撃が緩む。それは諦めたわけでも、甘さを見せたのでもない。

 魔力を絞り出して攻撃をしているメルクの様子を見て魔力切れになると判断し、自身のキャスリングを削られないように手を変えたのだ。

 吹雪に干渉し、メルクの暴走のような攻撃は余裕を持って躱す。狙いなんてろくにつけていない、盤場(ボード)全体に振りまいているかのような攻撃だ。回避に集中したテルスを捉えられるわけがない。

 友の熱に付き合わない冷徹なまでの最善手。

 その緩みこそをメルクは待っていた。


「勝負だ。ほら、こう言うんだろーー」


 テルスは魔力や気配に敏感だ。不意打ちなんて絶対に無理だと思うほどに。

 だが、テルスでも見抜けない攻撃はあった。

 木を隠すなら森の中。騎士選定(セレクション)でテルスはミーネの地雷を見抜けなかった。あのエクエスもタマの舞台に隠されたテルスの悪戯を見抜けなかった。

 それと同じ。これまでの暴走は盤場(ボード)を自分の『水』と『氷』に染め、これに気づかせないためのもの。


「――悪戯の時間ってやつだ!」


 大爆発。

 水流に乗せていた爆弾――タマからくすねた――が一斉に起爆する。

 細氷と水滴が霧となって盤場(ボード)を隠す。当然テルスの姿だって見えない。

 分かっている。これでテルスが終わるわけがない。

 だが、欲っしていた宝石よりも貴重な時間は稼げた。


「いくぞ、テルス。これが俺の全部だ」


 トランプ・ワン。

 メルクの精霊魔具『叢雨』の先で揺らめく必殺は未だ晴れぬ霧と煙の中心に向けて、放たれた。


「飛雪蒼牙」


 これが最後にして最強の切り札。

 絶好のタイミングで放ったそれにメルクは勝利を確信し――

 晴れた白の中で、刀を鞘に納めているテルスに目を見開いた。


「いくよ、メルク」


 侮っているわけがなかった。ずっと一緒に戦ってきたこの男が時間稼ぎでの勝利を求めるわけがないとテルスには分かっていた。

 だからこそ、メルクの必殺に合わせられるようにテルスはわざと間合いを開けたのだ。どんなに有利になっても徹底的に負け筋を潰すように。


――ああ、そういうとこだよ。


 まるでチェックメイトが見えているかのような詰めの一手。

 なんとなく、メルクは自分に足りなかったテルスの強さを理解できた気がした。


――絶対に負けないってか。


 だが、俺にだってその思いはある。まだ勝負は決まっていない。

 勝利に飢える餓狼は高らかに必殺を吠え――


「ハバキリ・迦楼羅」


 その一閃に蒼狼は風花と散った。











「俺の負け、か……」


 転がりながら、メルクは悔しそうに呟いた。


「いや、こっちの負けだよ。さっきの余波でキャスリング切れてるし」


「慰めか? 魔力も体力もすっからかんでろくに動けない奴と普通に動けてる奴。どっちが勝者なんて分かり切ってるだろ」


「そっか。じゃあ試合に勝って、勝負に負けたってことで」


 テルスがメルクの隣に座る。

 会話はない。先ほどまでの戦いが嘘みたいな、ただ静かな時間だけが盤場(ボード)を満たす。

 やがて、空を見上げる二人は


「「はっくしょん!」」


 二人そろって盛大なくしゃみをした。


「寒すぎんだろ」


「自業自得……」


「うっせ。あー帰ろうぜ。このままだと風邪引いちまう」


「そうだね、早く帰ろう。まあ、帰ったらメルクにはお説教が待ってるだろうけど」


「はあ? 説教?」


「酒瓶割ったんでしょ」


「……いや、言うなよ。絶対に言うなよ。友達ならそこは黙っておくべきとこだろ」


 戦って互いに何かしらの答えが出たのだろう。

 肩を叩き合いながら、盤場(ボード)を去っていく二人は悩みなんか吹き飛んだかのように明るい。

 でも、


「……なあ、テルス。次は勝つぞ」


「そう。俺も負けないよ」


 やっぱり、負けず嫌いは敗北の苦渋なんかでは克服できないのだ。











〈私も一回くらい殴り合うべきかなあ……〉


「ええっ!」

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