妖精が贈るモラトリアム
大変遅くなり申し訳ございません。
書く時間をちょっとずつ作れるようになってきたので、なるべく週一くらいで投稿できるよう頑張ります!
「はあ!? 冗談だろ!?」
人で溢れかえる西の駅に怒声が響き渡った。
道行く人々が大型の話石の前で声を荒げる男――サハラを見ては離れていく。
当然だ。誰だって公共の場で魔力が漏れるほど苛々している輩になんか近づきたくない。
だが、今のサハラに周囲の見知らぬ人々に配慮する余裕なんてなかった。
「いやいやいや、ここまで順調だったじゃないか! 今までこれっぽっちも進んでいなかった刻限の砂の解明! 核となる魔物の討伐! 解放までの道筋がようやく分かって、移動用の気球も完成間近! これで何で……何で攻略が中止になるんだ!」
ふざけるな、とサハラは心底思う。
ようやく、本当にようやく希望が見えてきたというのにそれが断たれようとしている。それも魔瘴方界の環境や強大な魔物によってではない。
人の手によって、だ。
「あーもう、本当に何で……」
数ヶ月前までここは砂時計の底のような場所だった。
過ぎていくのは、ただただ砂に飲まれていくだけの時間。カンプスは閑散とし、すれ違う住民の表情は暗く、前線でもないのに空気は殺伐としていた。
でも、今は違う。
カンプスは人で賑わい、うるさいほど活気のある声に満ちている。
知らない顔に知らない声が戻ってきたのだ。
このカンプスこそが今は砂に消えた”西都ウェスティア”の名を継げるのだと、ようやく信じることができたのだ。
それなのに……これだ。
「何でそうなる! そこはそんなやばい魔物がいるんだから、何とかしないとってなるとこだろ! いや、君に言ったって仕方ないのは分かってるけど! はあ……ほんっっっと使えな……あ、うん。ごめん。ごめんね。君のことじゃないんだよ。もういいからアホがうつる前に君たちは早く帰ってきて、ほんと」
そうだ。結局、ずっと見ているだけだった奴らなんて使えない。
それだけの話だ。
サハラが賭けたのは、この話石の先の騎士とその浄化師。
あの二人がいればいい。それだけでいい。それだけは……
「サっちゃん、サっちゃん……ねえサハラ、どうかしたの?」
「……ああ、スピカとラビアか」
いつの間にここに来たのだろうか。
振り返ると、手をつないだラビアとスピカが心配そうにサハラを見ていた。
ずっと前に切れていた受話器からようやく手を放す。そして、サハラは何でもないと口角を上げ、肩をすくめた。
「なんでもないさ……やっぱり、役立たずは役立たずってだけの話だよ」
「帰ってこないと思ったら、そんな面倒なことになってるなんて……」
王都で合流し、話を聞いたコングは思わずといった様子でそう零した。
まったくだ。ここまでの経緯を説明したテルスもコングと同じ気持ちだ。
本当なら予定が詰まりすぎていて面倒だったはずなのに、今はドラグオンの屋敷でただただ暇を持て余すばかり。時間がこんなにあるのに面倒だなんて変な話である。
「夜会だの何だのがなくなったのはよかったんだけど……」
王都での予定はすべてキャンセル。訓練や刻限の砂についての指導もそう。
その代わりは、いつまでたっても平行線の会議とそれが終わるのを待つだけの時間だ。
「あー暇。もう帰ってもいいんじゃないかなあ。サハラも待ってるし」
「うん、ひまあ……ひまだよお、テルスう……」
「でも、王様たちの結論次第で今後の動きが変わってくるでしょうし……あら、これって攻略の準備で買ったあれこれが全部無駄になったりするのかしら……やだ。私、破産するんじゃあ……」
何かを計算し始めるコングの横で、テルスは力なくテーブルに突っ伏す。
コップを混ぜるたびになる氷の音が唯一の癒し。耳元で聞こえる「ひまあ、ひまあ」なんてネズミの声は気のせいなのだ。
「ほんと最後の最後まで面倒なことしてくれたよ、あの妖精は」
本当ならもう西に戻って、ヴィヌスの新型気球を砂漠で試したりしていたかもしれない。
そして、それがうまくいって準備が整ったら旧王都へ向かい、刻限の砂の攻略を始める。
ありえたはずのそんな予定は妖精の襲撃によって白紙となってしまった。
「五体の災魔……ナーウィスとか、本当なのかしら?」
「すらすら名前を喋っていたし、嘘を言ってそうではなかったよ。それに残っているのがレギナとペデスとかいうあの骸骨だけだとしてもきついよ」
魔瘴方界は解放できる。災魔という強大な魔物は倒すことができる。
テルスたちが為してきたことは確かにそれを示す希望であった。
しかし、ピクシエルの襲撃によって、そんな希望は儚い幻想となってしまった。
あの妖精と交戦したのは魔瘴方界という魔物にとって有利な領域ではない。
人が住まう領域、その中心といえる王都でだ。
そして、ピクシエルは人にとって有利な盤面で浄化師三人と《白騎》を翻弄し、終始有利に立ち回った。
幸い今回の襲撃で死者は出なかった。
ただ、それはピクシエルの目的が気球の破壊だったから。あの妖精の気分によっては数え切れない人が命を落としていたはずだ。
そんな妖精よりも強い、騎士に並ぶかもしれない五体の災魔が待つ旧王都――魔瘴方界刻限の砂。
そんなもの普通に考えて攻略できるはずがない。
サハラには悪いが、攻略を中止して守りを固めるべきという王や貴族たちの判断は決して間違いとは言えないとテルスは思っていた。
だが、それはテルスが刻限の砂の攻略を諦めたというわけではない。
「中央が刻限の砂から手を引いたらどうするつもりなの?」
「うーん……ヴィヌスさんに頼んで気球を個人で購入。雪花の湖のように少数で攻略に行くのを目指すだろうけど……」
少数で攻略ということは最悪、一人一体災魔を倒さなくてはいけないなんてことになりかねない。
一人エクエス一体がノルマです、とか悪夢にも程がある。
「なんとか調査をして攻略に必要な情報を集めていければって思うけど、どう考えても難しそうなんだよなあ」
「そうねえ。気球で砂漠を自由に移動できたとしても、むこうが何もしないわけないでしょうし。それこそ今回のピクシエルがいい例よね」
飛んでいる気球の防衛ならもっと難しそう、とコングは続け顔をしかめる。
「何をしようにも、何もしなくても、壁がある。なんか嫌な流れね。災魔たちはこういう展開になると考えて、ピクシエルに襲撃させたのかしら」
「どうだろ。でも、どっちにしろこの流れの先はもう……」
攻略不可能。
正直なところ、その言葉はテルスの脳裏にも浮かんでいた。
砂漠を超える。旧王都にたどり着く。五体の災魔と戦う。
その高すぎる壁を越えてようやく、ルーンが言う百年前の災魔の骸や、刻限の砂の攻略というスタート地点に立てる。
長く厳しすぎる道のりだ。
勝ち負けではなく、盤に駒を並べ勝負を始めることをためらうほどに。
――こんな絶望的な状況でなお挑む意味があるのか。
今、テルスは改めてその理由を問われている気がした。
「はあ……」
自分は”挑む”と答えが出ているからこそ、テルスは迷う。
ルナも”挑む”と文字を浮かべるだろう。今はアリスとミユと一緒に王都の結界を見直しているが、それが終わればルナは喜んで西の死地に戻るはずだ。
だけど……他の人は?
何の光明もなかろうとテルスとルナが刻限の砂に挑めば、多くの人たちが「きっと」と期待してしまうだろう。
その先に何が待つのか。容易く想像できるその末路がテルスは嫌だった。
ルーンたちを始め、命を諦めないことで進んできたテルスの致命的な欠陥。
ただ一人の騎士としては優秀でも、それを率いる将にはなれないこの”甘さ”をテルスは自覚していた。
覚悟だけでは足りない。本当の意味でそれを消し去るためには経験だけしかないのかもしれない。だけど、そんなものをテルスは知りたくない。
ならば、いっそ……
……一人で、とか……
その選択肢をテルスが考え始めた瞬間、バンっと豪快に扉が開かれた。
扉が吹き飛んだかのような轟音に体を震わすテルスとコング。恐る恐る二人が視線を向けた先には、抜身の剣としか例えようがない気配の男が立っていた。
「テルス。ちょっと顔かしてくれ――」




