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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
六章
187/196

羽虫と白豚と可哀想な白兎

 アリスとピクシエルの視線が交わる。

 互いを見るその瞳にいったいどんな感情が映っていたのか。

 一瞬の静寂の後、爆発した白と黒がそれを雄弁に物語っていた。

 発現するは視界を埋め尽くす巨大な火球。

 先ほどまでのそれが妖精の遊戯だと一目で分かる圧倒的な破壊の具現。


――気球を守る。


 そんな意思も覚悟もこの熱量の前では無価値な灰と変わらない。

 ティアによって簀巻きにされたヴィヌスの表情が諦観に歪む。

 しかし、破壊の赤を眩い白が塗り潰した。


「【魔壁】」


 閃光の中、怯えの色など微塵もないその声が凛と鳴る。

 そして、それを最後に光と音が全てを飲みこんだ。

 轟音の残響がゆっくりと解けていく。真っ白に染まった視界が像を結んでいき、一変した工場の様子を皆の瞳に映した。


 半壊、という言葉がこれほど相応しい光景はないだろう。


 正面の壁は跡形もなく吹き飛び、清々しい青空が広がっている。

 一方、振り向けば傷一つない気球と変わらぬ工場がある。


 妖精と三浄天(トリ・へクス)の一手目。その勝敗は明らかだった。


 あれをこうまで完璧に防がれるとは思わなかったのだろう。

 罅一つない白壁を見るピクシエルの表情には隠しきれない驚きがあった。

 お返しとばかりに放たれた白光の砲弾をひらりと躱しながらも、妖精の驚愕は消えていない。

 自分の力を正面から受け止められた。

 もしかしたら、それに対し称賛にも似た感情があったのかもしれない。

 だが、向かい合う少女の笑みと言葉はそんな妖精の思いを吹き飛ばした。


「抜いてみなさいよ、羽虫」


「は? そっちこそ当ててみなさいよ、白豚」


 纏った白装束が霞む嘲りの笑みと棘しかない悪口。

 聖女なんてとんでもない。

 三浄天(トリ・へクス)アリス・ラムダはどう考えても悪役だ。悪女だ。悪役令嬢だ。

 さっきの台詞なんて勝ち誇っているからか、下に見ているからか、声は嘲笑をこらえるように震え、羽虫の部分なんてそれ以上に猛毒たっぷりの声音だった。

 というか、もう声とか言葉以上に、ピクシエルを見る目が酷い。極寒である。

 もっとも、それはピクシエルも変わらないが。鏡を前に持ってくれば、お互いに相手と変わらない目をしていることがよく分かるだろう。


 最初に視線が交わった瞬間に抱いたのは嫌悪。

 何こいつ私を下に見てんの、という同族嫌悪。


 もはや、両者の視線には冷たい殺意しかない。

 ミユが「ひえ……」と距離を取るのも無理はなかった。


「悪いけど私、虫って苦手なの。気持ち悪いし。だから、潰すのはそこのがやってくれるわ。良かったわね、害虫」


「え……え?」


「ふーん、じゃあ流れ弾に気をつけて壁の中に引きこもってなさいよ。害虫に片手間で殺されたんじゃプライドがへし折れちゃうだろうし。夢見る女の子でいたいでしょ?」


 作ったような笑顔を浮かべ合い、数秒。

 バンッと暴風と白光の砲弾が衝突する。


「行け、ミユ」


「来い、前座」


 もはや、飛び立つミユは泣く寸前だった。

 同情してくれるであろうティアとヴィヌスはとっくに逃げ出している。

 赤い目を潤ませながら妖精にミユは大剣を振り下ろす。その姿をアリスは冷たい冷たい……どこまでも冷静な目で見ていた。


「駄目、か。まあ、あの二番が捕まえられなかったんだから、ミユがすんなり害虫駆除ってのは甘い考えね」


 四浄天(テトラ・へクス)ミユ・リースの力は対大型だ。

 あんな妖精に負けるとは欠片も思ってないが、同時に戦うには向いていないことはアリスも理解している。

 アリスは気球を守るためにもここを離れられない。それに、アリスの力も大型の魔物を相手にする方が向いている。

 つまり、どちらも力が大雑把。ピクシエルと戦うのには不向きだ。

 だから、さっさと向いている奴に任せるためにも人を集め、数で逃げ場を塞いで押し潰したいのだが……


「……遅い」


 打ち上げた【魔弾】と気球を守る【魔壁】で緊急事態なのは分かるはず。

 ティアに騎士団、衛兵に連絡するようにも伝えた。あのメイドの糸なら話石フォンよりも早く状況を《黒騎ノックス》に伝え、この場に導いてくれるだろう。

 それなのに、この場にはまだ誰も来ない。来る気配すらない。

 一緒に走り出したメルクとソルすら、まだ。


「足止めされてる?……なんか、植物型の魔物がいたけど、あれに時間をくってるとは思えないし、ミユにつかまって飛んできたとはいえ遅すぎる……まさか、そこまで役立た――っ!」


 冷静に上空を飛ぶピクシエルを観察していたアリスは突如、現れた気配に向けて【魔弾】を撃つ。

 いつの間にか近づいていた植物型の魔物はその一撃で倒される。

 マテリアルは《Ⅱ》程度、下手したら《Ⅰ》でもいいくらいだ。だが、問題なのはマテリアルではない。


「今のどこから……? 精霊のネズミが言ってたとおりなら、あの妖精がやっぱり魔物を……召喚? どこからか呼び寄せてる? もしかして空間転移?……ないわ。空間転移、時間停止は空想上の魔法。それに、そんなの使えてるなら、あいつはもうとっくに気球を壊せて……」


 腕を組み、とんとんと指でリズムを取りながらアリスは状況をまとめていく。

 だが、その作業は視界に入ってきたそれによって停止する。

 何故ならそれはたった今、否定した可能性そのものだったからだ。


「またトレント……?」 


 遠くに植物型の魔物が一体いるのが見えた。編まれた蔓が樹木をかたどった奇妙な魔物だ。

 そのことに驚きはない。やっぱりあの妖精が”出して”いるのかと思うくらいだ。

 だが、それが瞬きのうちに近づいたのを見て、アリスは目を見開く。


「はあ、嘘でしょ? 本当にそれ・・なの?」


 トレントは一般的に移動速度が遅い魔物。

 それが瞬きするほどの間に十メートル以上、近づいてきたのだ。それも同じような植物型魔物が次々と現れ、アリスと気球に迫ってくる。

 どれも移動する過程を飛ばしたかのような、まるで想像上の魔法である空間転移を思わせる不自然な移動で。


「……ちっ」


 近づき、時折何故か離れながらも確実に緑は増えていく。

 そうして、アリスの四方は”森”に囲まれた。

 この魔物が【魔壁】を抜くことはないだろう。だが、攻撃を受け続ける状況も、未知の魔物の攻撃を受ける状況も悪手だ。

 何より、囲まれていてはミユとピクシエルの戦闘が見えない。

 だから、アリスは【魔壁】の内から出て、この”森”を駆除することに決めた。

 魔物の緑の隙間。

 ミユと戦いながら、じっとこちらを見る妖精の目に気づかず一歩、二歩。

 そして――


「ふふ――【エニグマ・チェンジリング】」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 空間転移じゃ無くて空間シャッフルか?
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