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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
六章
173/196

キャラバン

 雲一つない青空。

 昨夜の砂嵐が嘘のように色鮮やかな青を見上げ、テルスは眩しそうに目を細める。


「……空がきれいだなあ」


〈はい、手が止まってるよー。砂かき、砂かき〉


 雲の代わりに青空を彩ったその文字にテルスは現実に引き戻される。

 空に昨夜の砂嵐の気配はなくとも、足元はそうはいかない。家を半分埋めるような砂の量にテルスはスコップを片手に何度目かのため息を零す。


「どう考えても砂が多すぎると思うんだよ。これはもうスコップじゃ無理だって。ということで家の位置もはっきりしたし、ルーン姉、出番だよ」


「はいはい。私ってここに来てから砂をどかすことしかしてない気がするなー」


 テルスが助けを求めると、砂に埋もれた家の屋根に腰かけたルーンがひょいっと手を上げ――周囲一帯の砂がふわりと浮かび上がる。

 日差しを遮るほどの大量の砂。

 ルーンは欠伸をしながら簡単そうにやっているが、『土』や『風』の属性持ちが数人いたとしても同じ光景を作り出すことは難しいだろう。

 まして、手加減しないと家ごと持ち上げかねないなんて意味が分からない。メルクもコングも頬を引きつらせている。

 そのまま砂は風に乗って結界を越え、その先の境界も越え、遥か彼方の砂漠に飛んでいく。

 ぽいっと、ゴミを捨てるかのように軽いルーンの手の動きなんてテルスは見ていない。深く考えると、それだけ深い悲しみに繋がってしまうのだ。


「……やっぱり、ルーン姉は頼りになるなあ」


「ふん! 僕たちだってあれくらいできるじゃないか」


 不満そうにルナの肩にいるソルが鼻を鳴らす。


「そうだね……【リベリオン】使って、変な約束を増やせばね……」


 こっちは似たようなことをするのに約束という名の代償が必要なのに、ルーンはちょっとの魔力でそれができる……理不尽である。


「最近さ、急にすっごく暑くなるんだよ」


「うん、知ってる。ここのところテルスの近くは寝心地が悪いから、ルナ嬢のとこに僕はいってるし」


「おかしくない? 何で俺だけなの?」


 このネズミは「僕たちの~」とか言うくせに、きつい代償をまったく支払っていない。

 せめて一緒に地獄に落ちようと、テルスはルナの肩に居座るソルに手を伸ばす。当然、ただでさえ暑い砂漠でそんなことは遠慮したいソルは逃げる。

 こうして今日もルナを挟んだ追いかけっこが始まった。


「あー、ほら、そこ。いちゃいちゃするのは後にしてくれないかい? 結界の方がまだでしょ」


 醜い争いも事情を知らないとテルスがルナにくっついているようにしか見えない。サハラは呆れた様子で町の外、正確には町を覆うシャボン玉のような結界を指差す。

 大量の砂に町が飲まれているのにこのカンプスが瘴気に染まっていないのはあの結界があるからだ。

 もっとも、あの結界は本来『風』と『浄』の層で砂と瘴気を防ぐもの。

 瘴気はともかく、砂の方は全く防げていない。テルスたちが来る前からこのカンプスはあったそうだが、どうやって維持していたのだろうか。サハラは「頑張ったんだよ」と言うが、砂は頑張ってどうにかできても、『浄』がなかったなら瘴気はそうはいかない気がするのだが。

 結界魔具に『浄』を込めにいくルナを見送りながら、テルスは考える。

 しかし、その思考はすぐ慌ただしい朝の時間に押し流された。


「お、キャラバンが来たぞ!」











 キャラバン。

 それはここ、カンプスでは後方の町から来る補給を意味する言葉となっている。

 この西の地は見捨てられた地。

 最大の魔瘴方界スクウェア、刻限の砂の解放を諦められ、騎士団も浄化師も駒者(ピーセス)ですらも、テルスたちが来るまでこの地に来ることはなかった。

 それでも、少数ながらサハラのように諦めなかった者たちはいた。


 キャラバンとは、そんな未だ諦めない不屈の者たちへの支援だ。


 キャラバンが来る毎朝のこの時間はサハラたちのクラン《レヴェル》にとっては交代の時間でもある。

 満足に食事もできず娯楽も何もないこの場所で砂と魔物の処理に追われる彼らにとって、あのラクダの群れと独特な形をした荷車はまさに救いなのだろう。カンプスにいる十人に満たない団員たちは本当に嬉しそうに手を振っている。

 そして、同じように手を振り返すキャラバンの中には、


「おーい、みんな生きてるー?」


 黒猫の道化少女ミケがいた。

 というか、あのキャラバンには《トリック大道芸団》が揃っている。

 ハンスはラクダを引いているし、ミケの隣にタマは座っているし、ファル団長も後ろで転がっている。

 テルスが西に行くと知って《トリック大道芸団》は全員でついてきたのだ。

 元々、拠点もない世界を旅するクランだ。今は後方のカンプスで芸をしながら、副業をしている。


 そして、道化師として芸をするより、副業をしている方が喜ばれている。


 ルーンは言わずもがな、ファル団長とハンスも砂漠から流れてくる魔物から町を守っているし、タマはギルドの出張受付嬢として情報をまとめて仕事を効率化している。

 道化師たちはいつの間にか騎士になっていた仲間をちょっと助けるつもりくらいだったのだろうが、今では西の地にいなくてはならない存在になりつつある。

 まあ、誰も芸を求めていないのが、悲しいところなのだが。


「あ、テルス! 大丈夫だった? 昨日は砂嵐がすごかったんでしょ」


 ラクダの上から軽やかに跳ねたミケがテルスに抱き着く。

 危ないからあんまり来ない方が、とは思うが外を旅していた経験ならミケの方が上だ。砂漠にもすぐに適応するこの道化師たちを見ていると、本当に道化師とは何なのか分からなくなる。


「大丈夫。ミケたちの方は変わりはない?」


「うん! あ、でも王都から連絡があったよ」「騎士団から」「シリュウさんだね」「あと、浄天(へクス)」「こっちはアリスさん」「次に送る人員についての相談」「そろそろ、動くんだろって言ってたよ」


 途中からタマも加わっての説明に、近くの《レヴェル》団員が目を丸くしている。

 テルスは慣れているが、黒猫姉妹の懐かしいこの話し方はやはり独特だ。


「そうだなあ……前はソーマとデネさんだったっけ。えーと、浄化師は大体来ただろうし、どうしようか?」


〈砂嵐のことを考えるなら、ミユかな。もう攻略を考えて浄化師を送ってもらった方がいいかもね〉


 王都の方でも刻限の砂の攻略に動き始めている。

 騎士団や浄化師を送り、砂漠を経験させているのもその準備の一つ。だが、今のところ誰が来ても砂漠の奥に進める気はしない。

 それだけ最初の壁は高い。そして、その先は何もかもが未知だ。

 皆が力を合わせて前に進もうとしているが、未だ調査を準備する段階。最初の一歩を踏み出せているかも怪しい。


 そんな状況をテルスたちは今日、打破するのだ。


「まあ、そっちはあとで考えよう。そろそろ、話していた砂嵐攻略を実行に移そうと思ってるんだけど」


「お、いよいよか。で、俺以外は誰だ?」


 さっきまで退屈そうにスコップを持っていたというのに、メルクが目を輝かせてテルスに近づく。

 うるさいくらいに「絶対に俺を入れろ」と目が物語っている。怖い。


「私はいるでしょ」


「私もいるでしょ」


 ねー、と手を叩くルーンとコングも同じく、砂嵐攻略のメンバーに自分が入っていることを疑っていない。


「僕は入っていなくてもついていくけどね。邪魔になるなら考えるけど」


 邪魔になるなんて欠片も思っていないような顔でサハラが言う。

 どいつもこいつも我が強すぎる。自分が入っていないなんて欠片も考えず、もう作戦とか次の段階に話を進めている。


「えーと、もう一人お願いしたい人がいるんだけど。ルーン姉とメルクが戦闘要員になるから、地形対策で」


 その言葉にメルクたちの動きがぴたりと止まる。


「あと一人……誰だ? 俺たちについてこれるような奴いたか?」


「地形対策なら、うちのクランから誰か持ってくるかい。多分そいつ死ぬけど」


「あら、死ぬこと前提は美しくないわ。そこまで切羽詰まっている状況を最初から想定するのも作戦としていただけないし」


「あー……もしかして、テルス……」


 ルーンだけは誰にお願いするか分かっているようだった。

 そう、テルスが頼むのは初見でこの砂漠に適応した人。いつも変だからそういう意味で目立っていなかったが、この砂漠でも同じような目立ち方をするくらい普通でいられる人だ。

 もっとも、一緒に戦ったこともあるし「いつでも呼んでねー」とは言われたが、本当にこんな危険な作戦に参加してくれるかは分からない。

 だから、テルスは少し緊張した顔でおずおずと、その人物に声をかけた。


「えーと、ファル団長・・・・・、一緒に来てくれません、か……?」


 にんまり、と。

 その呼びかけに、赤いピエロは不気味な笑顔を浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 全員集合で熱い展開 [一言] 最終章なの…。2部を期待
[良い点] 最近更新早くて嬉しい [気になる点] 東西南北中央の中で南の出身者だけ影が薄い…薄くない? [一言] 地形(フィールド)要員…? つまりファル団長の届ける笑顔で探索隊の皆に全体(デ)バフを…
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