エルフの森の人形姫と悪戯白鼠 2
すみません……終わらなかったです……。
今日で終わらせて四月から最終章としたかったのですが、無理でした。
精霊とは孤独な存在だ。
とくに、それが意思を持った精霊ならば。
自然に満ちる魔素に意思が宿り、形を為す。そうして生まれた精霊に家族はいない。
その精霊が『火』でも『水』でも、特別な力を持っていようと、隔絶された存在であろうと、ひとりぼっちから始まるのだ。
意思持つ精霊に問題児が多いのはそのせいなのかもしれない。
己が存在を誇示するかのように全てを燃やそうとする『火』の精霊。
旅人を迷わし、名を求める『霧』の精霊。
自分を認めて欲しい。自分だけの名前が欲しい。
そうした誰かとの繋がりを欲しているからこそ、精霊たちは人との契約に応じるのだろう。
そして、それはとある白いネズミの精霊も変わらない。いや、話せるその精霊にとって孤独感は他の精霊よりも大きかったはずだ。
深い森の中で生まれ落ち、精霊なのにその見た目から鳥や狐に狙われ、何日も何日もろくに話すこともできず、ひとりぼっちで変化のない時間を過ごす。
そんな日々を過ごしてきた精霊がある日、人という絶好の話し相手に出会ったらどうなるだろうか。
当然、ネズミの舌は止まらなくなった。
ひたすらに喋り続け、ひたすらに食料を荒らし、ひたすらに構って欲しくて悪戯を繰り返す。
普通ならば駆除一直線だっただろう。
しかし、このネズミが足を踏み入れたのは、精霊への信仰が厚いエルフたちの村だ。
この横暴にどれだけ困ってもエルフたちに殺処分なんて考えは浮かばなかった。
優しいのか、甘いのか「おやめくだされ~」と願うことしかできなかったのである。
そんな態度に自尊心やら何やらが刺激され、阿呆ネズミの横暴はさらに加速してしまう。
そう、この村で一番大きなその屋敷に目を付けるのも当然の流れだったのだ。
「もぐ……はぐ……やっぱり、大きな屋敷になると美味しいものが多いじゃないか。このハムとやらは僕が口にするに相応しいね、もぐ」
ハムに噛り付くネズミは大変満足そうだった。
数多くの結界をすり抜け、味わう勝利のお肉だ。その味は格別であった。
だが、悲しいかな。このネズミは世界を知らなすぎた。平たく言うなら馬鹿であった。
食糧庫でもない廊下のど真ん中。そんなところに、どんとハムが置いてあるわけがない。
魔法には敏感であっても、このネズミは野生に欠けていた。
時刻が深夜だからということもあるが、頭上にぶら下がる籠に気づいてもいない。それどころか月明りの中、自分を虎視眈々と見つめる視線にも気づいていないのだ。
だから……
「よしっ! つっかまえたあ~!」
こうなるのは当然であった。
落ちてきた籠に反応することもできず、憐れネズミは囚われてしまう。
「何だ、これは! 風よ、吹き飛ばしておくれ!」
「甘い! 【ウェント】!」
精霊への頼みは容易く精霊魔法に上書きされる。
小さな体で体当たりをしても籠はまったく動かない。初めての状況にネズミが混乱していると、頭上から女の子の楽しそうな声が聞こえてくる。
「えへへ、ネズミくん甘いね。こんな罠に引っかかるなんて。これ、用意していた中で一番簡単な罠だよ。食糧庫の方だったら死んでたかもね」
「ふ、不敬だぞ! 僕を誰だと心得る!」
「精霊のネズミさんでしょ」
「そ、そうだ、僕は精霊だ。こんなことをしていいと思っているのか!?」
「う~ん……でも、君って中位の精霊でしょ。私の祖先は精霊の王様なんだけど」
ほら、敬わなくていいの、と揶揄う声にネズミはさらに混乱する。
精霊の王様だの意味が分からないことを言われていることもある。だがそれ以上に、こんな態度で話しかけてくる相手は初めてだったのだ。
「最近、村で噂になってるネズミくんに会いたいと思ってたんだ。ねえ、ここから出してほしかったらお願いを聞いてよ」
「お願い? 何で僕がそんなこと……まあ、聞いてあげるよ。ほら、言ってみたまえ」
「うん、友達になってよ」
「友達ぃ?」
「そ、友達になって私の暇つぶしに付き合ってよ。この屋敷にいるのって本当に退屈なの」
「……いいよ。その友達とやらになってあげるよ。だから、さっさとこの籠をどかしたまえ」
やった、とはしゃぐ声にネズミは暗い笑みを浮かべる。
最初から従う気なんてなかった。まして、友達なんて。そんなのまるで、この女の子と自分が対等みたいじゃないか。
何か心に引っかかるものを感じながらもネズミは籠が持ち上げられた瞬間、駆け出した。
「じゃあね」
追い風により飛ぶように走るネズミはすぐに開いた窓にたどり着き、屋敷の外へ飛び出す。
これでもう会うことはない……いや、この屈辱を晴らすためにも、今度この屋敷の食糧庫に忍び込んでやろう。そうすれば、あの女の子も悔しがるだろう。
そんなことを思いながら、ネズミは楽しそうな笑みを浮かべていた。
だが、その笑顔はすぐに引きつったものに変わってしまう。
いつまでたっても落ちない。落ちることができない。
いくら暴れても、風の精霊に呼びかけても、ネズミの体は奇妙に宙に浮かんだままだった。
「ふふ、友達から逃げるなんてひどいなあ」
楽しそうな声とともに、ネズミの体は窓へと引き戻される。
そして、初めてネズミは月明りに照らされるその女の子を瞳に映した。
人形のように愛らしい小さな女の子だった。
夜風に揺れる金の髪は月光に煌めき、新緑の葉のような目は楽しそうに輝いていた。
「はあ……降参だよ……」
そっと女の子の手のひらに受け止められたネズミは諦めの吐息を零す。
それに、くすくすと女の子――アルンは笑うのだった。
これが出会い。
まだ名前がないネズミとアルン・ハーレクインの最初の一歩。
この日からネズミは暇を持て余すアルンに振り回される日々を送ることになる。
一緒に悪戯をして、一緒に果実に噛り付いて、一緒の時間を過ごす。
それはネズミにとって癪なことに、とても楽しい日々だった。
だが、そんな優しい時間は長くは続かない。
アルンの父母が村に帰り、その魔物が現れたことで――何もかもが壊れてしまうのだ。




