リーフ七不思議
「リーフ七不思議?」
それは、孤児院の大掃除や補修のお手伝い中にふと口を衝いて出た言葉。
だが、首を傾げる子供たちと不自然に動きが固まった数名を見て、タマの唇が弧を描く――これは楽しくなりそう、と。
「なあにそれ?」
目を輝かせてタマに近寄る孤児院の子供たち。
こうなったら、しばらくはお手伝いに身が入らないだろう。窓ガラスを拭いていたベアが大きなため息をついていた。
リーフの復興は進んでいる。
もう魔物の影など町にはないし、町並みも竜が住み着いた広場を除けばほとんど元通りだ。
それは何故か灰と煤に塗れ、一層おんぼろになっていた孤児院も変わらない。
ただ、このおんぼろ孤児院は元通りでは駄目なのだ。
歴代の子供たちにより割られた窓ガラスや穴を開けられた壁は数知れず。
この季節になると古傷が痛むかのように、すきま風が吹きすさぶ。
いつもならばテルスが駆り出されて補修するのだが、今年は魔物の襲撃……もあるが、魔法を覚えたハルたちのせいで、本格的に手を入れなくてはならなかった。
テルスやベア、ハルたちだけでなく、孤児院を宿代わりにし始めたルーンたち《トリック大道芸団》、ルナ、メルク、コング、マルシア、おやっさんたちまで加わった大補修。
それは、タマの口から出たリーフ七不思議という言葉により、一時中断となった。
「リーフ七不思議……」「どれからがいいかな」「どれを言っても楽しそうだけど」「「そうだなあ……」」
悪戯っぽく笑う黒猫姉妹。この話題が出たのは決して偶然ではない。
だって、ここにはその七不思議の登場人物が何人もいるのだから。
「じゃあ、一つ目は『名前のない駒者』……」
「あ、それってそこにいるおやっさんのこと!?」
「テル兄が前に言ってたよね!」
せっかく雰囲気を作って話し始めたと言うのに、一番目に選んだ不思議がよろしくなかった。
子供たちは「なあんだ」とか「もっとすごいのかと思った」とがっかりしている。これには、板を運んでいるおやっさんも大変ショックなようだった。
「な、なら、二つ目」「『赤いボール』……」
――それはちょうどこのくらいの季節のことでした。
――真夜中、ようやく仕事が終わったその女の人は急いで家に帰ろうとしていました。
――よく知っている何度も通った道でも、真っ暗になると怖いもの。その女の人はちょっと怖がりなこともあって、夜風に揺れる葉っぱの音にもびくつきながら、夜道を早足で歩いていました。
ごくり、と子供たちが唾を飲む。急に始まった怖い話の流れ。静かに、しかし、よく通る声で交互に語る黒猫姉妹の雰囲気に飲まれ、子供たちは押し黙る。
――ふと、女の人はポーン、ポーン、とボールが跳ねるような音がすることに気づきます。
――そう、ちょうどこんな音です。
どこからか、ボールが跳ねるような音が本当に聞こえてくる。
それに驚き、子供たちがきょろきょろと周囲を見回すが、ボールなんてどこにもない。
すでに、ハルは怖がってフゥにしがみついているが、二人は話を止めない。少しだけ、赤いピエロの気持ちが分かった気がした。
――怖くなった女の人は走り始めます。
――でも、ボールが跳ねる音はいつまでもついてきます。
――ポーン……ポーン……
――ポーン……ポーン……
――そして、ついに女の人は振り向いてしまいます。そう……
「「あなたたちのように」」
重なる声を聞いた子供たちが振り向く、そこには――
「ポオオオーーーーン……」
ドアップの赤いピエロがいた。
子供たちの悲鳴が響く。
それは怖いだろう。首に腕に脚が赤い球体に埋まった奇怪なピエロが気配もなく背後にいたのだ。その血走った目で顔を覗きこまれたハルなんて泣き出してしまった。
「「ご、ごめん、ごめんね」」
慌てて謝るタマとミケの頭にルーンの拳骨が落とされる。
そして、ファル団長は空高く吹き飛ばされてしまった。
「二人ともやりすぎ」
「「ごめんなさい」」
ルーンのお叱りに、二人は素直に頭を下げる。
しかし、もう子供たちは七不思議はこりごりなのか、タマとミケから静かに距離を取ろうとしていた。
「ごめんね。この話をしたのは、ここに七不思議の登場人物が四人もいたから……」
「え、四人?」
タマの言葉にミケが首を傾げる。
「三人じゃないの? 『名前のない駒者』、『赤いボール』、『変わらない少女』」
「『変わらない少女』?」
指を折って数えるミケにフゥが聞き返す。
二人は気まずそうな『変わらない少女』を見て、にやりと笑った。
「ふふ、三つ目の七不思議は何年経ってもちっちゃな少女の話……」
「これが七不思議の初代なんだっけ……」
「そう、五十年前くらいからあるんだって……」
タマとミケの視線を追って、子供たちがじっと『変わらない少女』を見つめる。
子供たちも彼女が見た目よりもずっと年上であることは知っている。だから、三つ目の七不思議はこの人なんだと気づくことができた。しかし……
「ねえ、ルーンさんは何歳なの?」
「うっ……」
ハルの真っ直ぐな問いにルーンが顔を背ける。
ルーンの見た目はミケや子供たちとそこまで変わらない。ただ、その純粋さはもう戻ってはこないのだ。
「あ、え、えーと……そうだ! 四人目は誰だと思う? 『森に響く歌声』っていう七不思議なんだけど」
もうほとんど実年齢がバレているのだが、どうしてもルーンは言いたくないらしい。
話を逸らそうと四つ目の七不思議を語ろうとするが、その言葉にミケと同じようにタマが首を傾げる。
「え? 四人目は『落葉の死神』じゃないの?」
「え、何それ? 私はそんな七不思議聞いたことないんだけど」
「お前が寝ている間に加わったんだよ。まあ、『落葉の死神』ってのは七不思議というか、この五年で追加されたリーフの駒者の注意事項なんだが……」
――落葉の森近くで黒い服の少年を見つけたらすぐに逃げろ。そいつの周りには絶対に魔物がいる。お前も首を落とされたくなければ一目散に逃げろ。逆にお前が敵わない魔物に出会ったら大声で叫んでみるといい。もしかしたら、死神は近くにいるかもしれない……。
「……いや、あの子、この五年間何してたの?」
子供たちは首を傾げているが、ルーンはハンスの語る七不思議が誰か分かったのだろう。
七不思議というか注意事項にまでなっている少年に顔を引きつらせている。
「あいつの反抗期? 思春期? はすごかったな」
「俺はもうあいつを遠征には連れてかねえ」
「魔石の鑑定の量が……」
その少年は相棒たちと木材の買い出しに行っているため、ここにはいない。
だからこそ、この五年を知っている三人はここぞとばかりに文句を吐き出していた。
「で、『森に響く泣き声』じゃなくて『歌声』ってのは誰なんだ? あれも結構前からあるよな」
「ああ、森を歩いていたら綺麗な歌声だか泣き声が聞こえてきて、迷うだのなんだのってやつだろ」
「それはねえ……」
だいたい、十年くらい前だろうか。
森に響く歌声を楽しそうだからと追って、ルーンは帰る家を失ったその少女に出会った。
そう、その少女はにやにやと笑うルーンの視線の先で逃げ出そうとしている……
「歌、うまいもんね」
「ハーレキンさまあああ!」
悲鳴を上げるマルシアは即座に「歌ってみて!」と子供たちに囲まれてしまう。
これで『変わらない少女』の年齢のことなんかもう忘れただろう。ルーンは一仕事終えたとばかりにふうと息を吐く。
「あー、あとは何があった。『名前の無い駒者』、『赤いボール』、『変わらない少女』、『落葉の死神』、『森に響く歌声』。あとは『黒水晶』と……」
「『黒水晶』は多分、あれだよなあ」
七不思議を数えるハンスにおやっさんが渋い顔をする。
七不思議『黒水晶』。森で見つかる謎の黒水晶。
最近になって分かったがあれはおそらく、あの災魔の仕業だ。つまり、以前にもこの辺りであれと遭遇し、戦った者がいたのかもしれない……。
「……じゃあ、あと一個は?」
「『レストの幽霊』ってのがあったな」
「あ、あれもマルシアのことだよ」
「え、テルスじゃないの?」
「……ちょっと。本当にあの子、この五年間何してたの?」
子供たちに語っていたはずの七不思議に大人たちも加わってああでもない、こうでもないと語り合う。
とりあえず、孤児院の大掃除も補修も今日中には終わりそうになかった。
リーフの七不思議。それは時代とともに形を変える。
七不思議『レストの幽霊』。霊峰レスト付近で見かけるその子供の姿が、村を失って彷徨うマルシアから、魔物を探すテルスに変わっているように。
七不思議『迷いの霧』がなくなり、『名前のない駒者』という不思議が生まれたように。
そして、大掃除も補修も忘れ、語り合う皆を呆れた眼差しで見ているベアだけは知っている。
七不思議『森に響く歌声』と混同されている『森に響く泣き声』。
その登場人物を。
ベアは何も言わず、マルシアに歌をせがむ子供の一人を見つめる。
家族を二度も失ったことなど、わざわざ思い出させることもないだろう。
七不思議の登場人物は四人でも五人でもなかった。
七人揃っていたのだ。
次のルーンとソルの過去編(多分二話)で幕間が終わって、六章となります!




