テルスたちの道化デビュー 下
どうしてこうなったんだろうか。
テルスは遠い眼差しで大道芸をするルーンとミケを見ていた。
すぐ横で。皆と同じ道化衣装を着て。
灰色を基調とした道化衣装はどこか、昔買ってもらった服に似ている気がする。
ルーンの緑の衣装やミケのフリル付の黒い衣装より、ハンスのシンプルな衣装に近いものだ。あと、何故か帯刀もしている。
あんな派手な服じゃなくてよかった、とテルスは思う。
灰色のフードや衣装の裾にこそルーンと同じような飾りが付いているが、これならまだ着れる。赤いボールの方だったら多分、逃げ出していただろう……まあ、ボールじゃなくても逃げ出そうとして、ルーンに捕まったわけなんだが。
「はあ……芸って何をすれば……」
テルスができる大道芸なんてジャグリングくらい。
それもファル団長のような数は無理だし、ボールの上なんて不安定な足場でできる技量もない。
確かに、五年前に《トリック大道芸団》に入るとテルスは言った。
だけど、悲しいかな。テルスはこの五年間、大道芸の特訓なんてしたことがない。やっていたのは殺伐とした実践と戦闘訓練だけである。
「さあ、テルス! もうすぐ僕たちの出番だよ。あのちびエルフに僕たちのすごさを見せてやろうじゃないか!」
「……ソル、何をするか分かってる?」
「え? 君が何か魔法とかでこう、格好良く何かをするんだろう? だから、僕はそれを手伝えばいいんだよね」
能天気なネズミが肩の上からすごく純粋な眼差しを向けてくる。
期待を裏切って大変申し訳ないのだが【道化の悪戯】の補助でもしてもらうとしても、ルーンの芸の劣化になる未来しか見えない。
まして、こんなことで【リベリオン】は絶対に使わない。
また、何をすればいいか分からない約束なんて増やしたくないのだ。
「はああ……」
何も思いつかないまま、刻一刻と出番が近づいてくる。
相談したくても皆、芸の途中だ。
それでも、助けてください、と目にありったけの感情を込めて、この場で唯一頼れそうなハンスを見るが、諦めろと言わんばかりに首を振られてしまった。
――あ、もう駄目だ、これ。
そんな、諦めの境地に達しつつあるテルスの視界に薄紅に色づいた文字が躍る。
〈私まで何で! 大道芸とかできないよ! どうしよう、テルス!?〉
その文字を読んだテルスが横を向くと、ルナが自分以上に慌てふためいていた。
その服装は……
頭には白いジェスターハット。兎の耳のような先っぽには可愛らしい銀の鈴が付いている。
ノースリーブの白い上衣とスカートには黒いリボンと銀の飾りが散りばめられ、オペラグローブのような黒い長手袋にはよく見れば金の刺繍が施されている。これは黒いタイツも同じだ。靴は真っ白で先端が少し上を向いている。
すごく気合が入っている道化衣装だった。
そして、すごくルナに似合っていた。
何故こうもぴったりな道化衣装が用意されているのか。
テルスのならばまだ分かる。だが、出会ってまだ数日しか過ぎていないルナの衣装をどうやって用意したのか。材料も、サイズも何もかもが分からない。
本当にあの赤い球形ピエロはホラーだとテルスはつくづく思う。
そうして、テルスが道化姿のルナに目を奪われ、成長して分かるファル団長のホラーさを感じている間にルーンとミケの芸が終わってしまう。
「ふう、終わった~。さあて、テルスとルナちゃんの出番だよ!……どこまで成長したのか、見せてもらわないとね」
意味深な笑みを浮かべながらルーンがテルスたちに駆け寄ってくる。
成長なんて言われても、大道芸の特訓はこれっぽっちもしてないのです。何だか、テルスは申し訳なくなってきた。
「じゃ、行こう」
〈え、本当にいきなりなんですか!? 待ってください。私、できることなんて何もな……〉
ルーンに手を引かれ、ルナが連れ去られていく。
縋るような眼差しをルナがこちらに向けるが、全てを諦めたテルスには手を振ることしかできなかった。
さっきよりも増えた観客。その視線はルーンに手を引かれているルナに向いている。
こんな注目のされ方には慣れていないのか、ルナにしては珍しく頬を真っ赤にして恥ずかしがっていた。
「ルナちゃん、ジャグリングはちょっとできるんでしょ?」
〈は、はい。ちょっとだけですよ〉
「じゃあ――」
パチン、とルーンが指を鳴らすと、ファル団長が大きな赤いボールを放り――
「――まずは、あれを魔法の手で投げてみようか。あ、地面につけちゃダメだよ」
風船みたいに破裂するから。
その言葉にルナが瞬時に【閃手】を発現する。
雷光の如く閃く白が赤いボールをすくい上げては空に投げていく。
ただし、これはジャグリングだ。当然、一個だけで終わりではない。
ルナは〈ちょっと〉と書いたのに、ファル団長は次々とボールを放っていく。それもルナの方ではなく明後日の方向に、だ。
〈~、~~~!〉
薄紅の光球が文字にならないルナの悲鳴を描く。
でも、ルナはちゃんとジャグリングができていた……真っ赤な顔ですごく必死そうではあるが。
このままなら、何とかなる。
そんなテルスの淡い希望はルーンが発現させた風に吹き飛ばされた。
「え、ちょっとまっ――」
「はーい。じゃあ、テルスはまずあの赤いボールに乗ってね」
軽い口調でルーンはテルスを空に打ち上げる。咄嗟に”悪戯”で風を操り、テルスは無事にルナが投げる赤いボールに着地するが……
「テルス、ルナ嬢が!」
下を見れば薄紅の光球が見たことがないほど暴走していた。
十個に迫る赤いボール。ようやく数が増えなくなり、何とかジャグリングが形になったというのに、テルスが上でボールを足場にするから軌道がずれるのだ。
ルナが涙目でこちらを見上げてくるのも無理はない。
「ソル、ソル、風で何とかルナが投げやすいようにするから手伝って!」
「よしきた! ええと、細かい調整は僕が精霊に話して――テルス、下だ!」
「え、下――」
ソルの言葉に下を向けば、緑色の閃光がこれでもかと展開されていた。
分かっている。あのルーンの【魔弾】は大道芸に使っている殺傷能力のないものだ。
だけど、それが本気でないわけではない。
笑うルーンの目にテルスは先ほどの言葉を思い出す。
――どこまで成長したのか、見せてもらわないとね。
あれは大道芸のことではなかった。戦闘の方だった。
ルナを客寄せにすることも目的だったのだろう。でも、それだけではない。ルーンはちょうどいいから、とかそんな軽い理由で”テスト”まで仕掛けてきた。
テルスは今さら思い出した。
この師匠は『楽しそう』なだけで動くような悪戯大好き人間だったということを。
そして、その行動は……ちょっと凡人には理解できないくらい天災だったということを。
「――ああ、もう!」
道化衣装なのに帯刀していた理由が分かった。
抜刀と同時に【魔弾】を斬り裂きながら、テルスは雨あられと空へ逆走する緑の弾幕に立ち向かう。
「ああっ! あのちびエルフ、精霊魔法で邪魔までしてきた! ほら、右から風! ボールにも気を配らないと、ルナ嬢が大変だよ!」
それに答える余裕なんてテルスにはない。
下に観客がいるから【魔弾】で相殺は不可。【魔壁】だけではこの数は防ぎきれない。【道化の悪戯】は精霊魔法への対処とボールの調整で手一杯。
嫌でも、ボールからボールに飛び移るという不安定な足場で弾幕を打ち払う剣技が求められる。
何だこれ。あまりに無茶ぶり過ぎるテストだった。
「【魔刃】、悪戯、【魔壁】、悪戯、【魔壁】、悪戯……!」
しかし、テルスは意地でこれに対応する。「おおっ!」と下で上がる歓声や拍手なんてどうでもいい。早く終わってくれと祈りながら、四方八方から迫る緑を灰で斬り裂いていく。
だが、テルスは勘違いをしていた。
確かに、上空で魅せるテルスの剣技は美しかった。
緑の流星を斬り裂く灰の閃き。赤いボールを放る白い光もあって派手で衆目を集める芸であったことは間違いない。
ルーンも感心し、ミケも跳びながら「すごい、すごい」と喜んでいた。
ただ、歓声や拍手はその芸だけに向けられたものではなかった。
「テルス、テルスう……」
「え、どうしたのソル……って……」
ソルの情けない声に理由を聞こうとしたテルスも気づく……下に近づく竜の巨大な気配に。
「え、エウロスさん……その口を開いて何を、あ、ちょっと待って、無理、それは無理、この状況でそれは――!」
そして、無情にも輪っか状の火がテルスに向かって吹かれた。
この日、《トリック大道芸団》は過去最大の歓声と拍手を送られながら、終幕の一礼をすることとなる。
しかし、その舞台袖で倒れ伏した煤塗れの騎士は心底こう思っていた。
――もう、大道芸なんてやだ……!




