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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
幕間【二】
163/196

テルスたちの道化デビュー 上

 肌寒い風が吹く中、テルスはルナとソルと一緒に広場の露店で温かいお茶を飲んでいた。

 テルスとルナからすればいい香りのハーブティーなのだが、ソルには少し苦手な香りらしい。

 両前足でカップを遠ざけようとしているソルに笑みを零しながら、テルスとルナはお菓子を頬張り、ティーカップを傾ける。

 もう冬と言ってもいい季節だ。

 どこを見てもあった落葉の数は減り、葉風の町の景観は少し寂しいものとなっている。

 ただ、人の活気は"寂しい"どころかうるさいくらいだった。

 ここ数日でリーフの復興はかなり進んでいる。こうして広場に露店が並び、テルスたちがゆっくりできるほど余裕もできてきた。

 誰もが元の日常に戻りつつある。

 だからこそ、彼らも本業を再開していた。


「あ、ルーンが飛んだ」


 テルスたちの視線の先ではルーンたちが芸をしている。《トリック大道芸団》実に五年ぶりの開演である。

 重なった真っ赤なボール(最上段はファル団長)から跳んだルーンがミケとハンスが投げた的を【魔弾】で次々と撃ち抜いている。芸も大詰めということもあり、かなり派手だ。

 ふわりふわり、とゆっくり落ちていくルーンは風に舞う葉っぱのようで、飛び交う緑の光も相まって幻想的とすらいえる。血しぶきを上げているみたいに破裂していく背後のバルーンさえなければラストを飾る素晴らしい芸だっただろう。


「あれじゃあ芸というより、魔法の技術を見せびらかしているだけじゃないか」


 そう言って、ソルはふんっとそっぽを向く。

 ルーンが絡むとこのネズミは何故かひねくれ始める。これも遠回しに芸の出来や魔法の技術を褒めているようだが、あまりに分かりづらい。

 それでも、精霊から見ても《トリック大道芸団》の芸はそこまで悪くはなかった。テルスも記憶にある芸より気合が入っていたと思う。

 だが、一礼するルーンたちに拍手を送るのはテルスたちだけだった。


「……人は多いんだけどなあ」


 この広場は人で溢れている。

 テルスたちがいる露店だって満席だ。マルシアは慌てふためき、ナッツやシュウたちは忙しそうに走り回っている。

 これはこの露店だけの話ではない。どこもそうなのだ。何だったら、広場外延部の家の屋上にまで人の姿が見えるくらいだ。

 それだけ人がいるのに皆、目的は一緒。

 それは当然、ルーンたちの芸ではなく……


〈いい芸だったと思うんだけど……相手がね……〉


「皆、竜しか見てないもんなあ」


 そう。相手があまりに悪かった。

 竜。それは誰もが夢見る幻想。絵本の存在。

 それが突如目の前に現れて、魔物を倒して窮地を救ってくれたのだ。

 もはや、緑竜エウロスはリーフの住民から拝まれるくらいにはヒーローになっている。


「あの竜も図太いね。人なんか全然気にしないで眠っているし」


「竜ってそうなのかな。ノルンも気にして……いたっ! いや呼んでないって……」


 名前を呼ばれたと思ったのか、人の頭に飛びかかる子竜にテルスは深いため息をつく。将来ハゲてしまったらそれは多分、この子竜による頭皮へのダメージが原因だろう。

 【閃手】により引き剥がされたノルンはそのままルナの膝の上で丸くなる。

 浄化師と子竜の組み合わせにより、また人がなだれ込んでくる。テルスは泡を吹いているマルシアからそっと視線を外した。


「エウロス、本当にリーフに住むのかなあ……」


 翼をエクエスに斬られ、体を骨剣で貫かれたエウロスは今、リーフで傷を癒している。

 ただ、ノルンがテルスや子供たちに懐いてくっついているし、精霊樹があるこの広場の居心地がいいのかあまり離れる気がないらしい。

 傷の具合を心配して話しかけたら、まさかの返事であった。

 それをソルから聞いたテルスは困惑しながらシリュウに伝え、

 シリュウは「じゃあ、リーフにくればいつでも竜に会えるじゃねえか」と歓喜しながらリーフ町長に伝え、

 リーフ町長並びに関係者は、是非ともこのまま居着いてもらおうと燃え始めた。

 そんな経緯があって、リーフの人々はこのまま是非とも竜に住んでもらおうと考えている。

 だから、精霊樹の木陰で丸くなるエウロスに近づいたり、ノルンを無理矢理抱き上げようとする人はいない。皆、マナーを守って、一定の距離から見守っている。

 よくできたファンである。

 なお、ノルンに限っては餌をちらつかせて名前を呼ぶとホイホイ近づいてくるから、最近のリーフ住民は肉だのお菓子だのをポケットに忍ばせている。ついでに、ノルンの最近のお気に入りは今、ルナが食べさせているピグーの串焼きだ。


〈ふふ、おいしい?〉


 文字は読めずとも感情は伝わるのだろう。ノルンは嬉しそうに鳴いてルナのお腹にすり寄る。

 浄化師の少女と白い子竜。非常に絵になる光景だ。

 それはテルスも共感できるが本当に絵に描き始めるのはどうだろうか。

 明らかにこちらに向いている画家の視線をテルスは気づかないことにして、お菓子を頬張る。

 あの災魔と戦ったからだろうか。ここ最近は特に”見られる”ことが増えた。

 エウロスやノルンは人の視線なんか気にしていない。ルナは慣れっこなのだろう。だけど、テルスとしては居心地が悪い。

 それに見られるだけならまだしも、お礼を言われたり、物を贈られたり、敬われたりするのは反応に困る。

 人の視線が集まって困るテルス。

 その前に人の視線が集まらず困る道化がどかり、と椅子に腰かけた。


「ぐぬぬ、この子たちのせいで……」


「無理だよ、ルーン姉。時期が悪いって」


「時期かー。タマもまだ忙しいからこっちに来れないし」


 早く皆で芸がしたい、と言いながらミケはテルスから取ったお菓子を口に運ぶ。


「うん、おいし……ハンスがお菓子屋を開いて、テルスとルナちゃんを置いておけば……」


「ちょっと。芸がしたいんでしょ」


「だって、お金がー。私たち、一文無しだよ。妹に養われる姉なんて嫌だあ!」


「それは私だって、こっちでお金稼げないとまずいと思うけどさあ……」


 この五年間でタマとハンスはそこそこお金を稼いでいる。

 悲しいことに、道化をやっていたときよりも安定した生活を送っているのだ。

 それでも、二人はまた皆で《トリック大道芸団》をやりたいと言っている。

 タマはギルドの後輩たちに縋られ、二足の草鞋を履くことになりそうだが、毎日ミケと新しい芸について楽しそうに話している。

 このままでは貧乏生活に引きずり込むだけ。

 ミケとハンスに「いいんだよ」とあったかい笑顔を向けられながら、貯金が尽きるまでお金を差し出される日々が待っている……ルーンが焦って魔物を狩りに飛び出していくわけである。


「はあ……どうしよう。どうやって観客を集めよう……」


「もう人は集まっているじゃないか。視線を集められないなんて可哀想に」


「く、くそう。この性悪ネズミめ……私たちだってテルスとルナちゃんみたいに……あ、そうだ!」


 何故だろうか。

 輝くようなルーンの笑みにテルスは嫌な予感がした。


「二人に出てもらえばいいんだ!」


「……いやいや、俺たち芸の練習なんてしてないし、それに衣装だって――」


「――ありますよ」


 振り向けばドアップの赤いピエロ。

 その手には何故か二人分の道化衣装があった……あってしまったのである。

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