残照
紅蓮が黒を灼く。
テルスを中心に踊る火の粉が瘴気の領域を新たな色に染め上げていく。その赤はエクエスを飲み込んでも止まることはなかった。
今までの【リベリオン】とは文字通り火力が違う。
契約したのは『火』の精霊。『水』や『風』と違い、『火』はそこにあるだけで敵を焼き払う。
竜と『火』の上位精霊の力まで借り受けた反逆の火焔。
並の魔物ならば余波だけで焼却される。『火』に耐性がないならマテリアル『Ⅳ』だろうと、その末路は変わらない。
だが、エクエスはその火焔を切り裂いて疾走する。
その姿に足を引きずりながら歩いていた屍の面影はない。獣の如き機敏さでエクエスは間合いを詰めてくる。
テルスはこの黒屍の片腕を斬った。
それがエクエスの戦略の内であろうとその事実は変わらない。
ようやく、テルスはあの日のルーンに並んだ。
エクエスのこの動きはその証明だ。
胸の内が燃えるように熱くなる。テルスはその炎を吐き出すように駆ける宿敵に宣言した。
「お前に勝つ。ここからが、俺たちの本番だ」
翳す手の先。
包み込む炎の全てを斬って迫る黒屍に、テルスが纏う紅蓮が逆巻く。
そして、騎士と騎士は再び激突した。
絶えず押し寄せる炎を退けながらエクエスは骨剣を振るう。その白い斬閃はもはや目で追いきれない。
骨剣の切っ先が届く間合いに留まることは死を意味する。
それでも、テルスは退かなかった。
己の感覚を信じ、死の領域で剣舞を凌ぎ続ける。
交わされるは刃の白と灰。それを彩るは火の赤。両者の刃と火の応酬は目を奪われるほど、激しく美しかった。
〈――ここ〉
その火花散る舞台に、浄の閃光が割って入る。
これ以上ない完璧なタイミングの援護。テルスの回避と同時に放たれたルナの【閃手】に、エクエスの剣舞が乱れる。
「ソードペア」
テルスはその隙を逃さない。ルナの【閃手】を迎撃した瞬間、テルスの灰刃が炎を帯びる。
ペア。【道化の悪戯】と他の魔法を合わせた一撃。【リベリオン】を行使している今、ただの【魔刃】が精霊たちにより必殺の炎刃へと昇華する。
そして――
「よし、流石は僕たちだ!」
肩に乗るソルが喝采する。
テルスの炎刃はたしかにエクエスに届き、その焼け焦げたような肌に赤い線を刻んだ。
後退しながら、エクエスは胴に走る線を撫でる。
不思議そうに、信じられなさそうに、そして……喜んでいるかのように、僅か数秒で消える浅い傷に触れていた。
――いける。
確信を持ってテルスは前に出る。
先ほどよりもずっと想像通りに戦闘が進んでいる。
ルナによる【浄光】、ソルとの【リベリオン】による能力の向上。そして、ルナの正確な援護。
これらの歯車が上手く噛み合っている。
自身の【強化】に【浄光】が加わったことでテルスは今のエクエスの動きにも食らいつける。
絶えず火焔で攻撃することでエクエスの手数を減らせる。
ルナの援護により、テルスは回避の隙を潰し、反撃に転じることができる。
対してエクエスはこの怒涛の連撃から抜け出せない。
黒水晶を割っての強化はテルスと火焔が潰している。骨剣の切っ先を余所に向ける暇など与えていない。
援護するルナを先に排除したくても、骨剣を伸ばせばテルスがその隙を斬る。
剣技でテルスを排除できず、何が来ても対応できるよう距離を取っているルナを排除することも難しい。テルスの肩に乗るソルや『火』の精霊たちへの対処も同様だ。
「ソル、火力をあげよう。ここで詰めにいく!」
「分かった。でも、長い時間は無理だ!」
あれほどか細かった詰めまでの道筋が今ならばはっきりと見える。
この燃え盛る炎刃でエクエスを斬り、その瘴気に干渉し再生を阻害する。傷口を焼いたうえでの【道化の悪戯】ディバイド、ディスカードの流れならば、災魔といえど再生速度をかなり落とせるだろう。
そうすれば倒せる。二度目など与えない。
この火焔で焼きながら再生限界まで斬り続ける。
それに向こうでメルクの魔力も感じる。あの友人ならば絶対に隙を作ればそこに必殺を間に合わせてくれる。今も飢えた獣のような恐い目でこの戦いを睨んでいるはずだ。
「燃えろ。集まれ。もっと、もっと、もっと……!」
周囲の炎を刃に集約させながら、テルスはエクエスへと駆ける。
不利を悟ってかエクエスは距離を開けようとするが、その動きをルナが放つ浄の【魔弾】が邪魔をする。一歩、二歩とテルスとの距離が近づいていき――その刃は振るわれた。
テルスの必殺『ハバキリ』。
刀身に【魔刃】。そして【強化】、【道化の悪戯】により『刀を一度振るう動作』に必要な全てを高めた、刹那に全てを賭けた一撃。
この必殺の始点を今ならば振るえる。
自身に最適な形に研いだ刃は今、炎を帯びている。
無かった力をこの反逆の時だけテルスは手にしている。
与えるは『ハバキリ』同様、刹那の一閃。瞬きほどの間であれど、この目に焼き付き憧れた紅蓮の残照。
テルスが模したその必殺。
王に引導を渡した黒の騎士が振るう炎刃。
テルスは今、その名を形にし叫んだ。
「――焔閃火!」
赤が溢れた。
災魔の体に深々と赤い線が刻まれ、紅蓮がその身を包み込む。
――勝った。
その感触を確かにテルスは手にした。
だが、相手は災魔。これでは終わらない。テルスは勝利を確かなものにするため追撃の刃を振るい――それを『火』が阻んだ。
「……は?」
何が起きているか分からなかった。
自分の味方であるはずの『火』が今、エクエスとの間に壁となって立ち塞がっている。
「え、は……嘘だろう……?」
「ソル、何が起きている?」
狼狽し、肩で震えるソルは火焔の向こうで揺れる影を見ている。
その声と動揺、何よりも目の前の火焔に、テルスは嫌な予感が止まらなかった。
「同じだ。同じ、なんだよ……これは……精霊魔法だ。それも位階は最上位、僕らの【リベリオン】と同じく精霊の力を借りる、いや、統べるに等しい力……」
そうして、ソルは最悪を告げた。
「……これは『デウス』の火だ」
その言葉が何を意味しているかは明白だった。
テルスはそれを行使できる人物を一人しか知らない。
赤の向こう。
『騎士』の姿は変わらずとも、揺らぐその影は道化の姫を映していた。




