火山は吠え、妖精は嗤う
空から隕石が落ちてきた。
散らばる土くれを撤去し、新しく防壁を立て、戦いやすいように地面をならし終え、「さあ、僕たちも精霊祭に行こうか」、「あ、いいですね~」と和やかに会話をしていたタイミングだった。
「「…………」」
ソーマとデネビオラは二人して立ち尽くす。
何度、瞬きをしようが視界に広がるのは綺麗にした平原ではなく、見るも無残な荒野だけ。
その中心には赤熱した隕石がまだ壊したりないとばかりに空へ吠えていた。
「ま、魔物だー!」
「何で、空から!? つーか、防壁また崩れちまったじゃねえか!」
「んなこと言ってる場合か! 早く逃げるぞ!」
一目散に逃げていく駒者たち。
取り残された二人は目の前で動いている隕石から目を逸らすように顔を合わせた。
「……なにあれ?」
「さ、さあ……あ、通話が。はい、もしもし……」
ポケットから取り出した話石をデネビオラは耳に当てる。
ソーマは分かっていた。
誰が話石をかけてきたにしろ、絶対にろくでもない話だと。
それは引きつっていくデネビオラの顔で確信に変わった。
「あー……ソーマ、お仕事です。シリュウさんがあれの足止めをしといてくれって」
「馬鹿じゃないの?」
「べつに倒してくれてもかまわないって」
「馬鹿じゃないの?」
どんな不勉強な駒者だって、一番近い魔瘴方界の一番強い魔物くらいは知っている。
まして、騎士になった際に猛勉強をさせられたのだ。
どんなに現実を直視したくなくても、ソーマの脳裏にはその名が嫌でも浮かんでくる。
魔瘴種混魔タロス、マテリアルは《Ⅳ+》。
炎鎖の嶽の王ではないかとすら言われている”歩く火山”。
それを相手にデネビオラと二人だけで足止め?
倒してくれてもいい?
こちとら、あんたたち”ドラグオン”と違って人間卒業してないんだよっ、と空に叫びたいのをソーマは懸命に堪えていた。
「ではでは、頑張ってください。はい、【浄光】」
「ちょっと待って。相棒を置いてどこ行こうとしてんの?」
「ほら、私は後方支援が主な仕事ですし。離れたところから頑張れーって魔法を一生懸命使わせていただきます」
「いや、声が届かないと君の魔法は意味ないよね。城門は離れすぎてると思うんだ」
「大丈夫です! 多少、効果は薄れますが私の騎士なら大丈夫です! あ、それに応援も呼ばないとですしね!」
「こんなときだけ騎士に多大な信頼しないでくれない!? それに後半は完全に思い付きだろ」
「……ふふ、私はいつもあなたを一番信頼してますよ」
「いや、せめて目を見て言ってくれよ」
目を逸らしながら後ずさるデネビオラとそれを逃がすまいと引き止めるソーマ。
あんなのと戦いたくないという互いの本音が手に取るように分かる。
もう一緒に逃げようか、と二人の視線が交わるが残念ながらそれはできなかった。
使命感だの責任感だのを思い出した……のではなく、タロスが噴火したのだ。
「「うわあああっ!」」
雨あられと落ちてくる火山弾。
周囲の大地をひっくり返したかのような溶岩の津波。
絶体絶命の状況に二人の絶叫が重なった。
「【インパクト】、【インパクト】、【インパクトおおおおおお】!」
「【浄歌】、【頑張っていけるいけるいける頑張れえええええっ!】」
構えた盾を中心に展開される【魔壁】。そこに溶岩や火山弾が触れると同時に衝撃波を放ち、ソーマは必死に迫る赤を追い払う。
その後ろではデネビオラが相棒と同じくらい必死な顔で叫んでいた。
「あーやばいやばいやばい! というかうるさいよ! これじゃあベガさんと同じじゃん!」
「【わ、私の歌をあれと一緒にしないでください!】」
デネビオラの【浄歌】は声に魔力を乗せて、より速く、より遠く、より広く浄や補助魔法を届ける魔法だ。
つまり、魔法の性質上、声を出さなくてはいけないのだが、こうも叫ばれると耳が痛くなってくる。
「歌っていうなら、せめて歌ってよ! うまいんだから!」
「【こ、こんな状況で歌えるわけないでしょう!】」
言い争う二人の周囲はすでに赤に包囲されている。
タロスは攻撃したつもりすらないだろう。
しかし、ただの噴火の余波だけで周囲一帯は炎鎖の嶽と同じ、炎と熱に染まった領域と化した。
――あ、まず……。
空に吠えるタロスに二度目の噴火を予感する。
最大出力の【インパクト】と【浄歌】で二人はそれを迎え撃とうとし――
「はっはー! 俺も混ぜろ!」
背後から飛んできた巨大鉄球がタロスに直撃し、体勢を崩す。
希望の到来に輝くような顔で二人が振り返った先には、歴戦の駒者たちがいた。
傷だらけの上半身を見せつけるように立つファスター・モーニン。
狐を思わせる細目にファスターとは対照的な細い体のエドモンド・スネル。
そして、小柄なおかっぱ少女ツバメ・ヤクラ。
「「よし、これは勝てる!」」
騎士選定出場者にして、現在南都にいる駒者のトップスリーの登場にソーマとデネビオラは歓喜の声を上げた。
「【スライムバレット】」
「【魔弾《飛燕》】」
青と緑。二種の魔弾がタロスを覆いつくす。
足元を覆いつくす青い粘着質な魔弾がタロスを拘束し、緑の燕の群れがその岩肌に殺到する。しかし……
「我のスライムがはがされている、だと……」
「む、削れない……」
自身の十八番がまったく通じていない状況に二人の表情が歪む。
赤く染まった領域の中心で巨岩は吠える。
近づくことも許さない憤怒の熱が肌を焼き、溶けゆく大地が押し寄せる。
――これが『王』なのか。
感じたことのない瘴気の圧とその力にソーマたちは一歩後ずさる。
〝歩く火山〟と相対するは騎士と浄化師と駒者の五人。
南都を守るための防衛戦が今再び、デネビオラの実況とともに始まった。
『【さ、さあ、急遽始まりましたマテリアル《Ⅳ+》タロスとの戦闘です! 迎え撃つは今のところ騎士ソーマと私、デネビオラ。そして、皆様ご存知ファスターさん、エドモンドさん、ツバメさんの五人でございます。迫るは炎、吠えるは巨岩。火と土を統べる火山の権化をどう打ち倒すか。とりあえず、一刻も早い救援を求めます! 誰でもいいからほんと来て――】』
山吹と白の嵐の中、黒い妖精が舞う。
精巧な人形を思わせるその相貌に浮かぶ嘲笑は変わらない。
山吹の矢は退屈な舞曲に過ぎず、白い双剣舞は欠伸が出るほどたわいない。
たとえ、舞踏の相手が騎士と浄天であろうと、この空で妖精の相手は務まらない。ピクシエルは跳ね回る相手を風で吹き飛ばしながら唇を歪める。
「うーん残念! 当たらないわねえ。もう諦めたら?」
「……お前を自由にしない」
「じゃあ、もっと頑張らないとなんじゃない」
遊んであげてんのも分かんないの、と小さな声でピクシエルはアスケラを馬鹿にする。
この戦いはピクシエルにとってはただの暇つぶし。
矢も刃も相手の攻撃は自分にはまったく当たらない。
対して、こちらの魔法は相手にとって防ぐことも、躱し続けることも難しい。
どこに負ける要素があるというのか。
これはゲーム。
切れそうになる魔力に苦しみながら懸命に放たれる矢と、痛みと戦い血を流しながら振るわれる双剣を躱し続けるだけの退屈な遊戯だ。
「ほらほら、いつまで諦めないでいられるかなあ!」
黒い妖精は楽しそうに嗤う……つまらない演劇でも見ているかのような目で。
ほんとに退屈。こいつらが必死なのがちょっと笑えるくらい。
でも、騎士と浄化師を釘付けにできるならきっと好都合だから、私はここを離れられない。
「はあ……」
――いつになったら、終わるんだろう。
未だに折れず獲物の隙を狙う白虎の前で、妖精は退屈を隠しきれない吐息を零した。




