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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
五章【表】
131/196

瘴気挟撃

 ふわふわと暗闇に浮かぶ白い人魂。

 その向こうから骸の魔物とは違う軽い足音が近づいてくる。


――ぺた……ぺた……ぺた……


 薄れていく暗闇の奥へテルスたちは目を凝らし……白い人影をその瞳に映す。

 力なく俯きながら歩く女性。

 その顔は闇に溶けこむような長い黒髪に隠され、揺れる前髪から垣間見える目は闇よりも暗い。

 緊張が走り、耳鳴りがするほどの静けさが広がる。

 瘴気は感じない。しかし、この幽鬼のような女性に近づくべきではないと震える背筋がうるさいほどに告げている。

 声を発することも、動くこともできない沈黙の中。

 幽鬼の無感情な視線がテルスたちに向けられ――


「あ、いたいた。大丈夫でしたか、テルスさん?」


 幽鬼の後ろから明るい声とともに、普通の女性が現れた。


「あ、トーリさん。ということは……」


 隣にいるのはリタさんか。

 そんな言葉を飲みこんで、テルスは改めて騎士トリウィア・ボルスの隣の幽鬼、ではなく、六浄天(ペンタ・へクス)リタ・ヘカーテに視線を向けた。

 よくよく見れば、幽霊が着ていそうな白い布は浄化師の服だった。

 同じ服なのに着ている人でこうまで印象が変わるものなのか。

 ルナで見慣れているはずなのに、テルスはまったく気づけなかった。

 人型魔物に散々襲われて過敏になっていたのだとしても、ルナの師匠でもある浄天へクスに「魔物かと思いました」なんて口が裂けても言えない。

 ばれてないかな、と冷や汗をかきながらテルスはリタに恐る恐る声をかける。


「あの、助けに来てくれたんですか?」


「フ、ヒヒ……そうだよお。【浄光結界ルクス・へクス】を張りに来たら、声が聞こえてねえ」


 不気味に笑いながら、リタはテルスの背後に視線を向ける。

 その視線がヴィヌスに向くと、小さな悲鳴が聞こえた。

 きっと、何か怖いものを見てしまったのだろう。


「あれえ、ブルード様がいる。そちらはあ?」


「えーと、ドラグオンのメイドと西から来た盗賊? 脱獄犯? です」


「ちょ」


 正直なその紹介にサハラは慌てるが、不気味に微笑むリタに気にした様子はなく、トリウィアも首を傾げるだけだった。

 おそらく冗談か何かかと思っているのだろう。

 それに、たとえ今の紹介が真実だとしても、サハラなんかを気にしている余裕はない。

 二人の目はこの闇の奥にある瘴気に向いていた。


「そう。じゃあ、早く脱出しようかあ。何か奥にいるし……」


 そう言いながら、リタはテルスたちに浄を灯す。

 冷静な判断だった。

 浄化師がいようと、場所が最悪なことに変わりはない。

 リタの意見に、騎士二人も頷いて同意を示す。


「……準備が必要ですね。こっちに大聖堂近くの外に繋がる階段がありますから、外に出て報告して、ファイさんやアスケラ、騎士団に協力を仰ぎましょう」


 そう言って、トリウィアが指差すのはテルスたちが元来た道。

 どうも魔物が出てきたこの道に曲がらず、真っ直ぐ進んでいれば違う出口があったらしい。

 こんな暗闇ではどこが道でどこが壁かもろくに分からない。

 案外、他の階段も見逃していただけなのかも、とテルスは肩を落とす。


「でも、地下にいたなら、何で他の階段を使って外に出なかったのですか?」


「階段を見つけられなかったんです。何かで塞がれているか、隠されているんじゃないかと……思ってたんですけど、見逃してただけかも。リタさんとトーリさんは大聖堂の地下から来なかったんですか?」


「ええ。とはいっても、大聖堂は目と鼻の先なんですけどね。ほら、大聖堂の前に広場があるでしょう。あそこにこの地下に続く階段があるんです」


 そこに騎士団も集まっています、と続けるトリウィアの声を聞きながらテルスは考えていた。

 テルスとサハラが地下に落ちたあと、マールはまず地下や瘴気のことを報告したはずだ。

 時間はきっと”話し合い”とやらの真っ最中。

 なら、シリュウたち騎士団のトップを通じてこの情報は”話し合い”に参加していた全員に共有されているはずだ。


 それなのに、教皇たちは大聖堂の地下には案内しなかったのか。


 いや、《黒騎(ノックス)》だって大聖堂を調べている。

 それに、ヴィヌスを捜索する予定もあったのだから、この地下に繋がる階段があることくらい知っているはずだ。

 魔物がいる可能性があったから大聖堂ではなく、騎士団を待機させやすい広場にしたのか。

 それとも、何か理由があって、大聖堂の地下に行かせないようにしたのか。


――その答えはきっと、この先にいる魔物が握っている。


 この闇の奥へ行けば答えが分かる。

 そう思っていても、テルスは今この先に向かう気はなかった。

 まずはヴィヌスたちを無事に送り届けてから。リタとトリウィアに状況を話しながら、地上に向かおうとテルスは皆と歩き出す。


 しかし、それは僅かに遅かった。


 闇が、いや瘴気が騒めく。

 その微かな変化にテルスとソルは困惑する。


「あれ、ソルこれって……」


「うん。瘴気が薄くなっている」


 多分、浄がなくとも息苦しさを感じないほど周囲の瘴気が薄れていた。

 しかし、闇の奥に鎮座する瘴気は変わらない。

 この意味をテルスたちはすぐに理解させられた。


「やばい、くる……!」


 見通せぬ闇の奥から、群がる瘴気が押し寄せてくる。

 その中には燃えるような存在感を示す瘴気――タロスもいた。

 テルスとソルに一拍遅れ、この場にいる誰もが状況を理解する。

 前方の曲がり角、広場に続く通路にたどり着く前に接敵する。

 迎え撃とうにも、この狭い通路では物量に飲まれるだけ。

 つまり、向かうべきは一つ。


「走れ!」


「リタ!」


 テルスとトリウィアの声が闇に響いたと同時に、ヴィヌスを簀巻きにしてティアが走り出す。

 その横で、リタにより宙に浮き上がったトリウィアから山吹の光が溢れ出した。


「【魔矢】多重展開……掃射、アポロウーサ」


 闇を晴らす山吹の洪水。

 魔力で形成された矢が未だ見えぬ魔物の群れを押し止める。

 通常の人型魔物だけならば、この掃射で一掃できていただろう。

 だが、この闇の奥にはタロスがいる。


「くっ、タロスの攻撃が来ます!」


「通路を出たら、横に飛べっ!」


 リタにより宙に固定されたトリウィアと先頭を走るサハラが叫ぶ。

 闇に色づく赤だけで、背後で何が起きているか容易に想像がつく。

 山吹を飲み返す、赤い奔流。

 それから逃れるテルスたちは躊躇することも許されず、その間に飛びこんだ。


「ああ、まったく……」


 爆発音に顔を上げ、少し開けたこの空間の中心に目を向けたテルスから、諦観にも似た声が零れた。

 前門の虎後門の狼。

 赤々と燃える炎に照らされたそれを見たテルスの脳裏にそんな言葉が浮かぶ。

 この場合は後ろには王とも目される”歩く火山”タロス。

 そして前には……


――ぱき、ぐしゃ……くちゃ、ばき……くちゃ……


 何かを喰らう・・・・・・骸の災魔――。

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