歩く火山
闇の中から現れたヴィヌスとティア。
しかし、ヴィヌスの無事と思わぬ再会を喜ぶ暇はない。
ヴィヌスを糸でぐるぐると簀巻きにして走るティアの後ろには大量の魔物が蠢いていた。
二人を中心に広がる紫の蛍火。
その光により、テルスはようやく自分が何を斬っていたのかを知る。
骸が立ち上がったかのような不気味な姿をした人型の魔物。
その行進が再びテルスたちに迫っていた。
「テルス、助けてー! 私じゃ面倒くさいのがいるの」
巻き起こる糸刃の嵐。
その中で変わらず走り続ける影があった。
骨の剣を持つ骸の魔物。
それはあまりにも、あの魔物に似すぎていた。
揺れる大地から跳び上がり、壁から壁へ。
曲芸のように跳ね回りながらテルスは二人を追い越し、刀を振るう。
首へと振るった刀は差し込まれた骨剣に防がれた。
だが、それだけだ。返す刃にフェイントを織り交ぜただけで、この魔物はテルスについてこれなくなる。
「似ているのは側だけか」
あいつとは違う。この魔物に技はない。
少し硬い、マテリアル《Ⅱ》~《Ⅲ》くらいの人型魔物。【魔刃】を使えばもっと簡単に倒せるだろう。
首を落とし、次の獲物へ。
だが、振りかぶった刃は背後から噴き出した熱により止まった。
淡い紫に照らされた闇の奥で、赤い影が浮かび上がる。
巨大な岩塊がそこにあった。
この洞窟を塞ぐほど大きく、半人半獣を模したかのような歪な造形の岩。
周囲の地面を融解させるほど赤熱する魔物が何か分かった瞬間、テルスは逃走を選択した。
「こっちです!」
横道で手を振るヴィヌスたちに合流し、四人は迷わず暗闇へと走り出す。
足元が見えないことも、この先がどこへ続いているか分からないことも、背後のあれに比べれば些末事。
テルスとサハラは魔物の正体を知り、愕然としていた。
「え、南都やばくない? なんであれがいるの? どう考えてもやばいよね?」
「うん、やばい。絶対やばい」
やばいやばいと壊れたようにサハラとテルスは繰り返す。
西と東の端に住まう二人でも知っている。
南の魔瘴方界、炎鎖の嶽の奥に住まう固有種として最も名高い、王でないかとすら言われている魔物。その名は――
「マテリアル《Ⅳ+》、魔瘴種混魔タロスが、”歩く火山”が何でこんな町の地下にいるんだ!?」
サハラの叫びに答えるように、赤い光が闇を晴らす。
振り返れば、噴火としかいいようのない溶岩の奔流が先ほどまでいた道を埋め尽くしていた。
「知りませんよ! とにかく、早く上に戻ってこのことを知らせないと!」
以前、火山活動の休止中に気球を使って炎鎖の嶽を調査する計画があった。
噴火直後の魔物が減少した魔瘴方界の調査は拍子抜けなほど順調に進み――火口付近に鎮座する巨岩を発見したことで終わりを告げた。
――あと少し火山に近づいていたら、気球は確実に墜落していた。
調査員がそう断言するほどの溶岩の奔流。雨の如く降り注ぐ火山弾。
その映像記録は噴火としか例えようがなく、人々の記憶にその存在を強く焼きつけた。
そんな炎鎖の嶽の奥に住まう”歩く火山”の異名を持つ魔物が町中にいる。
一秒後に南都が半壊してもおかしくはない状況に、テルスたちは焦っていた。
「テルスさんたちはどこの階段を使ったんですか?」
「ごめん、階段を使ったんじゃなくて落ちてきたんだ」
「え、私の【糸話】を聞いて、助けに来てくれたんじゃないの!?」
ティアの悲鳴が暗闇に木霊する。
期待に応えられないのは大変申し訳ないが、テルスはついさっきまで地下の存在すら知らなかったのだ。
二人がここにいることも、南都の地下がこんな魔境になっていることも、気づけるはずがない。
「一回、状況を整理しよう。ここは避難所に続く通路ってことでいいの?」
「はい。溶岩洞を利用した通路です。いくつかある階段にたどり着けば地上に出られるのですが……」
何故か魔物が徘徊しており、非常灯は消え、肝心の階段も見当たらない。
もはや、迷路でしかない。
昨夜からずっと迷い続けていると話を聞いて、よく生きていたなとサハラは驚嘆している。
「そもそも、何で二人はこんなところに?」
「手紙で呼び出されたんです。大聖堂で保管している魔具を見てくれないか、と。それで地下に行ったら魔物が出てきて……」
「私はこっそりヴィヌスさんの護衛についていて、そこを助けたの。ほんと、急に魔物が出てきて焦ったよー。私、魔物の相手とかほとんどしたことないし」
「いや、ここにいる経緯は分かったけど……呼び出されたって、誰に?」
大聖堂の地下から、二人はここに来た。
それが分かった時点でテルスは嫌な予感が止まらなかった。
そして、ヴィヌスはその名を告げる。
今、ルナがいる大聖堂。その場所の最高権力者の名前を。
「教皇……ハンナ・プリエントです」
一方、その頃。
ルナは大聖堂内の礼拝堂でアリスとミユと、三人並んで長椅子に腰かけていた。
マールから届いた一報。それにより紛糾していた”話し合い”は止まった。
礼拝堂の外では慌ただしく人が動いている。
なにしろ、町中に魔物がいるかもしれないのだ。
精霊祭の中止に人々の避難もしなければならない可能性がある。
どこもかしこも倍増した仕事に「何故こんな時に……」と愚痴を零しながら走り回っていた。
その中で座っているだけというのは何とも気まずい。
しかし、町のどこかで瘴気が噴き出したとなれば、浄化師しか対処できない。
それを考えれば、南都の中心にある大聖堂に浄化師が待機しているのは悪手ではないだろう。
「地下に魔物ねえ……ほんとにいるのかしら」
とんとんとアリスが疑わしそうに地面を蹴る。
普通に考えれば地下とはいえ、町中に魔物がいるはずがない。
だが、少なくともテルスたちを地下に落とした何かはいる。
「テ、テルスさんとソルさんはぶ、無事かな?」
〈大丈夫だと思うよ〉
テルスたちがそこら辺の魔物に苦戦するとは思えない。
それに、いざとなれば切り札もある。
それでも、ルナは真っ先に地下に行こうとして止められていた。
今、アリスとミユがルナの両隣にいるのは、式典の主役を殴り込みに行かせないためなのである。
「ここでじっとしてんのも落ち着かないし、何か手伝いにいこうぜ」
「僕たちは待機です。浄天の半数が地下に向かってますし、式典が予定通り開催される可能性もあるんですから。ほら、そこにお座り」
振り返ると、リシウスが立ち上がったロキオンを無理矢理座らせていた。
その奥の椅子ではラブレとベガが何か話しているのも見える。
やはり、何もしないのは落ち着かないのだろう。
何か仕事はこないものか、と礼拝堂の扉をルナは見ていたが……
「皆様、念のため式典の用意をしていただきたく……」
入ってきた教皇のお付き、サニーの言葉にがっくりとルナは肩を落とす。
こんな事態なのにあんな格好をしなくてはいけないのか。
ひじょーに嫌そうなルナに、ニヤニヤしながらアリスが背中を押す。
「ああ、楽しみ。ちゃんと写真とかも撮ってあげるから安心しなさい」
「お着換え、が、頑張って!」
逃げ場はない。
からかいと純粋な応援に挟まれ、ルナは連行されていく。
しかし、それは礼拝堂の外で待っていた人物により、中断される。
「――ルナさん、少しこちらでお話をしませんか?」
そう言って、教皇ハンナ・プリエントは微笑んだ。




