群がる闇
荒れ果てた平原で、騎士ソーマ・レイクはメイスを片手にため息をつく。
防壁がいくつも倒れて、土煙が舞っているこの惨状は何度見ても酷い。後片付けの時間を考えただけで憂鬱になってくる。
おまけに今日は精霊祭……こんな忙しい日に襲ってくるなんて、はた迷惑な魔物たちである。
南都を襲撃する魔物たちは多種多様な獣型で、型によっては防壁はあまり意味を為さない。
こんなふうに猪型に崩されたり、今日はいなかったが猿型なら軽々と登ってきてしまう。
だから、この防壁はあくまで時間稼ぎ。質より数だということは理解している。
でも、『土』の魔法で壁を作るだけというのはどうなのだろうか。
毎度毎度パタパタ簡単に倒れてしまうから、南都の防壁はドミノだのなんだのと揶揄されるのだ。
「【インパクト】……【インパクト】……【インパクト】……」
ソーマはメイスを振り下し、魔法で壁の残骸を粉々にしていく。
騎士になってからというもの、メイスはすっかり武器ではなくて工具になってしまった。背負っている盾の方もそのうち駆り出されることだろう。
「僕、何やってるんだろう……」
力試しのつもりで挑んだ騎士選定。
ろくに戦っていないのに何故か本戦に出場できてしまい、気がついたら女の子が自分に手を差し伸べていた。
実力不足なんて自分が一番理解しているのに、何で僕はあの手を取って騎士になっちゃったのか。毎朝、起きるたびにそんな後悔をしている。
まぐれで勝ち上がった自分みたいな奴を選ばないためにも、最後は浄化師に選択権があるのではないのか。
相棒のデネビオラも、王様とか他の人も、見る目が無いにも程がある。
「デネはなあ……」
ソーマが相棒に抱く感情は複雑だ。
今日南都を襲撃した猪型魔物のように真っ直ぐで、色々と残念な少女。
今の立場はそんな子を騙しているような気さえする。
だから……
「私がどうかしましたか?」
「うわっ!」
辞めた方がいいのかも。
そんなことを考えていたから、ソーマは背後からかけられた声に飛び上がった。
「いやいや、驚きすぎでしょ。大丈夫ですか、ソーマ」
相棒の声に驚いて転ぶソーマを見て、デネビオラはくすくす笑っている。
顔に熱が集まってくるのを感じながら、ソーマは慌てて弁明する。
「驚いたから転んだんじゃなくて、なんか穴に足を取られたんだよ」
左足の膝から下が地面に埋まっている。
力を入れて引っこ抜くと、ぽっかりと丸い穴が空いていた。
どうしてこんなところに穴があるんだろうか。
魔法で壁を作った弊害か。それとも、さっきの【インパクト】のせいか。
どのくらい深いかも分からないその穴をソーマは不思議そうに覗きこむ。
そんなソーマの背を叩いて、デネビオラは「わっ!」と声を出す。
「ちょっ、驚かそうとしないでよ」
「ごめんなさーい。さっきのが面白くて、つい。でも、ここにも溶岩洞があったんですねえ。これは避難所に続いているやつかなあ……」
「溶岩洞?」
「そう、溶岩洞。あれです、噴火とかで溶岩が流れてできる洞窟のことです。南都の地下にはこれを利用した避難所があるんですよ」
噴火して流れた溶岩の表面が冷えて、でも、中はまだ熱くって、それが流れ出るとなんやかんやで空洞が残るんです。
デネビオラはたどたどしく、そんなうろ覚えの知識を語っていく。
「へえ、それを魔法で整備して避難所に……え、ちょっと待って。ということは、ここの地面って溶岩だったの?」
「そうですよ、溶岩台地ってやつですね。炎鎖の嶽の火山があるじゃないですか。大昔にあれを中心に大噴火が起きてここらへんは今の地形になったらしいですよ」
何だか信じられない。
遥か遠くに見える噴煙を除けば、このだだっ広い平原に火山や溶岩を思わせるものは何もない。
「あ、その顔は信じてませんね! じゃあ、あっちの壁を砕いている間、もっと詳しく話してあげます。まだまだいっぱい壊れちゃった防壁がありますから。ほーんと、精霊祭で人がいないから今日は大変ですねー」
「え、ちょっと待って。ほら、そうそう、この穴は――」
待って、という言葉は届かず、ソーマはデネビオラに引きずられていく。
――この下の溶岩洞はどこまで続いているんだろう。
そんな質問で話を逸らすことすらできないまま。
真っ暗闇の中にテルスはいた。
何街灯がある町の夜とも月明りのある森の夜とも違う無明の闇。
これでは周囲の状況も何も分からない。
とりあえず、テルスは同じ不運に陥っている仲間に声をかけることにした。
「えーと、サハラ? 大丈夫?」
「僕は大丈夫だけどさあ……」
ほんのニ、三メートル離れた場所から声が聞こえてくる。
その声音には呆れと、そして、焦燥が滲んでいた。
「いつから南都は地下に魔物を飼っているんだい?」
嫌でもそれを感じ取れる。
この空間には肌を刺すような濃密な瘴気が漂っていた。
小魔瘴方界。
その言葉がテルスの頭を過ぎる。
強大な魔物が撒き散らす瘴気に、魔物が群がることで形成される小さな魔瘴方界。
そんなものが何で町のすぐ下にあるのか。
いつから?
《Ⅳ》は?
こんな瘴気があるのに誰も気づかなかったのか?
もしかして、レギナの仕業?
疑問は止めどなく溢れてくる。
しかし、ここで考えるよりも早く地上に戻って、このことをマールたちに伝える方が先だ。
「近くに階段があるはずなんだけど……」
「ああ、さっきのか。瘴気のせいで話石も通じないし、そこから上に戻るのが最善だろうね」
「ソル、場所は分かる? さっき、使い魔を出していただろ」
「こう暗くては何も分からないよ。テルス、マッチで火を点けておくれ。それで少しだけ辺りを照らしてみる」
「あれ、僕たち以外にも誰か落ちていたのかい? だけど、聞いたことがない声だな」
落ちたのは二人だけだと思ったけど。
そう呟くサハラを無視して、テルスはマッチを擦る。
暗闇に灯った今にも消えそうな小さな火。
それは蛍のようにテルスの手から飛び立ち、周囲を淡く照らし出す。
やっぱり二人しかいない、と首を傾げるサハラの様子がぼんやり見える。辺りの状況も何となく掴めてきた。
洞窟みたいな場所だった。
地面もゴツゴツしているし、マールは避難所と言っていたけど、全然整備されている感じがしない。
何より、どこを見ても階段が見当たらない。
「どこに階段は……」
ここから脱出できる場所を探そうとテルスは目を凝らし――刀に手をかけた。
「サハラ!」
「分かっている!」
補足された。
闇の奥。未だ見えぬ暗闇の先から這うように近づく気配がある。
明らかにマテリアル《Ⅳ》以上。
その強い瘴気に闇が圧力を持ったとすら錯覚する。
流れるようにテルスとサハラは戦闘態勢をとった。
それは数多の魔物を相手にしてきた経験ゆえの迅速な対応で――この場では最大の失敗だった。
「テルス、魔法を使ってはダメだ!」
真っ先に気づいたソルの声が薄闇に響く。だが、もう遅かった。
大地が激しく揺れ、体勢を崩した二人に強い瘴気が迫る。
「悪戯! サハラ、下がって。守る余裕はない!」
地面から突き出される鋭利な瘴気の気配。
この闇の中ではよく分からないが、おそらくコングの【魔槍《地穿》】と同系統の魔法だ。
四方八方から迫る瘴気の気配を【道化の悪戯】で躱しながら、テルスはサハラに向けて叫ぶ。
「僕は気にしなくていい! それより、あいつ以外も来ているぞ!」
小さな瘴気の気配が誘われるようにテルスたちに迫っていた。
あまりに不利な状況だ。
真っ暗闇。
地形も分からない。
立っていることすら難しいほど地面は揺れ、魔物と距離が離れているため攻撃を一方的に受けてしまう。
何より、魔法が使えない。
この暗闇に住まう魔物たちは魔力に反応している。
おそらく、最初の揺れはソルの使い魔に反応したもの。
その後は周囲を照らすために点けた灯りだ。
そして、戦闘態勢を取ったテルスとサハラが魔法を発現し、決定的になった。
この状況はすでに魔法を使わねば脱することができない。
だが、魔法を使えばさらに魔物を引き寄せてしまう。
最初の一手が敗着だった。
テルスは魔物の群れに飲まれ、何を斬っているかも分からないまま刀を振るう。
「ソル!」
「使うんだね! 属性は『土』かい?」
切り札を使うしかない。
奥の魔物を潰して、ここから脱出する。
しかし、走り出そうとするテルスの足をその感触が止めた。
「風?」
頬を撫でる柔らかな空気の流れ。
錯覚でも、魔物による攻撃の余波でもない。
何より、この風には細い魔力が混ざっていた。
「――っ! サハラ、伏せて!」
叫ぶと同時に伏せたテルスの頭上で微かな魔力が揺れ、暗闇に凛と声が響く。
「【魔刃《殺取》】」
そうして、テルスたちに群がっていた魔物はバラバラに崩れ落ちた。
視線を声の方へ。闇の奥、蛍火の群れとともにテルスたちの前に現れたのは、
「颯爽登場。ドラグオンのメイド兼アサシンのティアだよー。久しぶり、テルスー」
「テ、テルスさん! 助けに来てくれたんですね!」
行方不明のヴィヌスと、仮にも四大貴族の一人である少年を簀巻きにして引きずる顔見知りの少女だった。




