長い物には巻かれろ
「ふわあ……」
欠伸をこぼしながら、テルスはリーフの通りを歩いていた。フードを目深に被るテルスの隣にルナはおらず、肩にソルの姿はない。
こうしてリーフを一人で歩くのはいつぶりか。
少しの懐かしさを感じながらテルスは目的地を逸れ、昔は日課だった散歩コースをぶらぶらしていた。
もう、竜と出会ってから一ヶ月は過ぎた。
秋も少しずつ終わりへと向かい、肌寒い風が吹くことも多くなってきた。
この季節になるとリーフの通りに降り積もる落ち葉の量はすごいことになる。
比喩ではなく、放っておいたら家が葉っぱに沈むのではないかと思うくらい町を落ち葉が埋め尽くす。今日も冬までは終わらない掃除に、リーフの住民は箒を片手に憂鬱そうな表情を浮かべていた。
その表情に、ふとテルスはルナに掴まれたソルを思い出した。
「何の用だったんだろ……」
いつもどおり皆は竜の巣に向かっているが、今日はテルスは少し野暮用があってリーフに残っている。
最初はソルもテルスについていこうとしていたが、何でかルナに連れていかれてしまったのだ。
もはや、テルスには「ひえっ」と悲鳴を上げていた友鼠の冥福を祈ることしかできない。
多分、この前ルナが楽しみにしていたお菓子を食べてしまったとかだ。
共犯者は自分に飛び火しないことを願いながら、ようやく着いた目的地――ヴァカル武具店の扉を開けた。
「いっらしゃ……帰れ、浮気者!」
出迎えたのはヴァカル武具店の店員であり、テルスの刀をいつも打ってくれているジャンのお怒りの言葉だった。
「ええ……だって」
開口一番に浮気者とは何たる言い草。
テルスだって、好きで他の刀に乗り換えたわけではないのだ。そっぽを向いているジャンにテルスはひと月前も伝えた言い分を繰り返す。
「折れちゃったし」
「なお、悪いわ!」
テルスが毎度ポキポキ折っている武器の製作者はその言葉に激怒した。
「そりゃあ相手が悪いってのは俺にも分かるけどな。でもな、でもな、こう何度も何度も戦うたびに折られてるこっちの身にもなってみろよ! あれだぞ、最初と違って適当な刀を渡してんじゃねえんだぞ。俺の汗と涙と血の結晶の最高傑作だぞ。親方だって、まあいいだろって言ってくれたんだぞ。それをお前は何日で壊したって?」
「えーと……」
多分、ジャンが言っているのは騎士選定でミユに折られたあとに送ってもらった刀のことだろう。ということは、グレイスで災魔と戦って折れるまで……
「ごめんなさい。多分、ひと月もってない」
「くそがっ! それで今の刀は貴族様からもらったやつだろ。見せてみろ!」
前にも見せたんだけどなあ、と思いつつテルスは刀をジャンに渡す。
ジャンはそれをひったくるようにして受け取り、穴が開くのではないかと思う方ほど血走った目で刀を見つめ……
「ちくしょう……俺の刀よりいい……」
今度はいじけ始めた。
机に突っ伏すジャンをどうやって立ち直らせようかとテルスが考えていると、店の奥から適任者が現れる。
「この馬鹿野郎が! 命がかかっている道具なんだから、いいもんを選ぶのが当たり前じゃねえかっ!」
ジャンの頭に拳骨が落とされる。
ごんっと結構な大きさの音が鳴ったが大丈夫だろうか。
「でも、でも親方……」
「それに、テルスはこうしてお前を信用して仕事を依頼しにきてんだ。何の文句がある?」
「文句はねえけどよ……悔しいだろ」
「おうおう、悔しいなんていっちょ前の台詞を吐くんだったら、もっと腕を上げたらどうだ。てめえ、今のテルスに相応しい刀を打てるって言えるのか。隣にいるのは『白桜』だぞ」
「……くそっ! ぽきぽき小枝みたいに俺の刀を折ってくるこいつはともかく、あの浄化師様を守るってんなら最高傑作を渡さねえと……!」
「ああ、腕は上がってんだ。てめえは慢心せず、全身全霊で武器を打てばいい」
「親方っ……!」
「あのー……」
師匠と弟子の熱い空気に割って入るのは大変心苦しいが、いつまでもこうして突っ立っているわけにはいかない。
テルスはおずおずと頼んでいた仕事の進捗を尋ねた。
「どうですか、あれ」
「あー……結論から言うとできそうではある。ただ、普通と逆だからなあ」
「そうだな。鞘に合わせて刀を打つってのは中々ねえな。おい、その籠手も見せてくれ」
「はい。どうぞ」
左手の籠手型の魔具『ディール』を渡すと、親方はジャンの手から取り上げた刀、正確にはその鞘と一緒にじっくりと見分する。
「……いい仕事だ。魔力を溜める籠手型の魔具、それと接続し魔力を閉じこめる鞘。シンプルだがそれぞれの術式に無駄がなく美しい。だからこそ、この籠手と鞘の量産は難しいな。特に籠手の精霊石は滅多に手に入らない。お前が刀を合わせる方に持ってくるのは当然だ」
そう言って親方は苦笑した。
通常、刀に合わせて鞘は作られる。刀は一本一本、反りや大きさなどが異なるため、違う鞘にぴたりと入ることなどまずない。
それを分かっているというのに、テルスはひと月前に「この鞘に合わせた刀を作れますか?」と依頼をしたのだ。
最初は何言ってんだこいつ、と訝しんでいた親方とジャンも、籠手と鞘を見たら納得した――これはテルスには必要だ、と。
「おい、ジャン。説明しろ」
「あいあい。えーとな、その鞘にぴったり入る刀を打つってのはやっぱり難しかった。できないことはないけど失敗も多くてさ。それに今までと同じだと鞘と籠手に明らかに負けている。だから、素材を変えてみたんだ」
「素材を?」
「ああ、玉鋼に粉末状にした魔石を混ぜた。工程としては杖とか、魔法の底上げを重視した剣に近い。ただ、そこらの魔石じゃすぐに壊れちまう。ということで、魔石の質や純度も高くて硬い魔物、この辺りで手に入るのだと甲虫型だな。その魔石だけを混ぜて魔法で形を整えつつ、最後に硬化や形状保存などの特殊加工をした試作品の値段がこちらだ」
ばんっとテルスの前に文字と数字がびっしり書かれた紙が突き出される。
前半部分はジャンが説明してくれた内容だ。問題は一番下の数字の桁である。
「ひえ……」
ゼロが、ゼロがいつもより二つも多い。
いくら数えても、何度も目をこすっても、紙に書かれいている数字は変わらない。テルスは眩暈がした。
「高い……また借金が……」
神は死んだ。
ただでさえ風に遊ばれる毎日なのに、本当の借金まで負わされてはこの先、どうやって生きていけばいいのか。
というか、テルスは試作品の話なんて聞いていない。これは詐欺である。テルスは代金を踏み倒す覚悟を決めた。
「あれ、聞いてないのか? 浄化師様が最高のものをお願いしますとお金を置いていったぞ」
「ルナ様……!」
神はいた。
大事なものは身近にあるというが、それは真実であった。竜のところに行く前に神に供え物(お菓子)を買っていこうとテルスは決めた。
「というより、お前の武器なんだからある程度は中央が出すはずだがな」
「四大貴族のブルードから籠手と鞘の設計図とかも送られてきたしな。ご丁寧に、手紙と一緒に……これに見合うものを作れないようだったら、刀もこちらで手配しますってか! あのくそ貴族……!」
四大貴族のブルードといえばヴィヌスのことだが、いったいどんな手紙を送ったのか。親方もジャンも大変燃えていらっしゃった。
「いいか、テルス。まだ試作品だ。俺の、俺たちヴァカル武具店の本気はまだ見せてねえ」
「ああ、もう少し待ってくれよ。最高傑作を渡してやる。それを持って生意気な貴族の小僧に刀を投げつけてきてくれ」
「あ、はい……」
首を横に降ったら何をされるか分かったもんじゃない。
テルスはおとなしく、その最高傑作の刀を待つことにした。
まだヴィヌスからもらった刀が壊れてもいないので、そこまで必要だと考えていないのは秘密である。
「じゃあ、また来ま――」
「流石、騎士様はいいなあ!」
元々、経過を見に来ただけ。
挨拶をしてテルスは店を後にしようとするが、聞き覚えのある声がそれを止めた。
振り向いた先にいたのはガラも人相も悪い二人組。
いつも、テルスに突っかかってる駒者であった。
何でここにいるのだろうとテルスは首を傾げたが、よくよく考えれば、この二人はおやっさんのとこの下っ端である。そして、テルスにこの店を教えてくれたのはおやっさんだ。そう考えると、ヴァカル武具店で今までこの二人と顔を合せなかったことの方が不思議だった。
「おうおう、随分高い武器だなあ……」
カウンターの上に置かれた紙を覗き込んで、二人して口元を歪める。
はてさて、何を言われるのかとテルスは身構え――
「いやあ、このダムとディにもちょおおおっと武器の支援をしてもらえませんかね?」
「……ん?」
手を合わせて頭を下げる二人にテルスはさらに首を傾げた。
なんか、想像していたのと大分違うことを言われたような気がする。
「俺たちまた武器を壊しちゃって」
「おやっさんにどやされるんっすよ。ほら、分かるでしょ。あの人っていちいち怖いんっすよ」
「なんか……大分いつもと違くないですか?」
もはや、手のひら返しもここまでくると清々しかった。
まあ、テルスとしてはこの二人は嫌いではない。五年前の件やその後の色々があっても自分を避けないというのは、テルスにとって貴重だった。
それに、この二人がテルスを嫌う理由は他の人とは違う。
一緒にいると不幸になるとか、森であいつを見たら死ぬとか、あいつと遠征に行くと地獄を見るとかではない……おやっさんがテルスを気にかけているからだ。
――尊敬している人が同じクランでもない、よく分からない奴を気にするのが気に食わない。
そんな感情が言葉の節々で伝わってくるから何だか嫌いになれなかった。勿論、好きでもないのだが。
「いいんすよ。それが俺たちのルールですから!」
「『長い物には巻かれろ』ってね!」
二人はいいことを言ったみたいな顔をしているが、それはルールと言っていいのだろうか。駒者でもないジャンと親方の表情も微妙な感じだ。
しかし、テルスは思う。
竜に言われた狩りやあれやこれを人に任せて、人のお金で武器を買う……自分も大分、長い物に巻かれているのでは、と。
「そっか……いいルールですね……」
ジャンと親方が「本気か」とでも言いたげな顔をしているが、今のテルスはこのルールを否定できない。
とりあえず、この二人を躱してさっさと竜のところに行こうとテルスは決めた。




