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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
五章【表】
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駒たちは夢を見る

 朝露に濡れる森を子連れの団体がゆっくりと歩いていく。

 なんとも、ちぐはぐな一行だ。

 家族でもなければ皆が友人というわけでもない。

 何しろ、初対面もいるくらいだ。友達の知り合い、友達の家族、そんな関係が繋がり合いできた団体は和気あいあいと落ち葉を踏んで遠くに見える山脈を目指す。

 そう、和気あいあいと。

 危険な森を、子連れで進んでいるというのに。

 ちぐはぐというならまさにこの点だった。

 しかし、それは決して油断をしているわけでも、甘くみているわけでもない。

 時折一行に近づく魔物たちは灰刃に、白閃に、蒼氷に、石槍に瞬く間に屠られていく。


「えぐい……」


 思わず、マルシアはそう呟いてしまった。

 魔物たちに少し同情するほど過剰な戦力である。極北の魔瘴方界(スクウェア)を解放したという面子の半数がここにいるのだ。護衛としても先生としてもこれ以上はない。

 子供たちはこの幸運に気づいているのだろうか。

 マルシアは四人に目をやるが、子供たちは初めての外に興奮し、それどころではなかった。


「あっ、あそこ! キノコ! ねえ、コングさん! これって食べられる?」


「キノコはサバイバルでは最終手段よお。でも、そのキノコなら食べられるわね。あとで、焼いてみましょうか」


「テル兄、ぼくにも魔物と戦わせて。【魔弾】なら使えるようになったから」


「そっか、分かった。じゃあ、あそこの茂みにゴブリンがいるから撃ってみて」


「あのね、あのね、この前プリンを作ったの! 初めて作ったんだけど、とろとろのすっごいおいしいのができたの! 今度、ルナさんにも作ってあげるね!」


〈うん、楽しみにしてる。でも、できれば私も一緒に作ってみたいかな〉


「次、この魔法。この氷をもっと冷たくしたい」


「あー『氷』とか『火』はある程度までいくと温度の壁があるからな。まずはその温度を維持できるようにしろ。次に、一瞬で冷たくできるようになれ。あとは硬度だ。『氷』は冷やすだけが能じゃない。それができるようになれば、これくらいの氷は作れるようになる」


 蚊帳の外とはこういうことか。

 マルシアは四人が楽しそうに話を聞いているのを大変恨めしそうに見ていた。


 四人の中で一番外に興味を持っているナッツはコング・トゥルという駒者(ピーセス)から色々と外の様子を聞いている。

 駒者(ピーセス)以外にも騎士団、商人の経験があるらしい彼は打てば響くように、ナッツの質問に答えている。まさに、適役というやつなのだろう。


 シュウは常連こと、テルス・ドラグオンに魔物との戦い方について教えてもらっている。

 まあ、あの子が彼に懐くのは仕方ない。自分を助けてくれた憧れの人。そんな役には自分は絶対になれない。


 でも、ハルとお菓子を一緒に作ろうと約束している五浄天(ヘキサ・へクス)ルナ・スノーウィル。その風貌に反し丁寧にフゥに魔法を教えているメルク・ウルブスという駒者(ピーセス)


 お菓子を一緒に作る。魔法を教える。その二つは――


――私の役だったのに……。


 そろそろ、嫉妬の炎でマルシアは森を焼きそうだった。

 八つ当たりで焼く魔物を探しても、テルスはマルシアより早く魔物を見つけて倒してしまう。

 経験からだとしても早すぎる。まったく魔素が視えるエルフの目でも持っているというのか。纏わりついている精霊といい、マルシアはテルスの種族が分からなくなってきた。


「……やっぱりあんな提案しなきゃよかったのかも」


 そもそも、子供たちを外に連れて行ってくれ、と頼んだのはマルシアだ。

 マルシアが魔法を教えたことにより、子供たちは外への興味がより強くなってしまった。

 鍵もないのに扉の向こうに行こうとは思わない。それと同じで、戦うこともできないのに、とりあえず外へ一目散に駆けていくような子供はいないだろう。

 だから、子供たちが自分の力を過信して勝手に行動する前に、きちんと外の歩き方を教えなくてはいけなかった。その役目は当然、外に興味を持たせた元凶である兄役と魔法を教えた先生役という鍵を渡してしまった二人だ。


「はあ……」


 亜麻色の髪を持つエルフは物憂げにため息をつく。でも、こんなに悲しそうなのに、彼女の赤い瞳の先にいる子供たちは振り返ってもくれない。

 あのときはちょうどいい、と思ったのだ。

 一人では四人の面倒を安全に見れるかちょっぴり不安だった。

 メーヘン山脈の麓までついていくという面倒な案件をさっさと終わらし、子供たちに外を教えるのは一石二鳥、いや、私の格好いいところを見せることもできて一石三鳥だと、そう思っていたのに。

 マルシアの出番はまったくないままメーヘン山脈、霊峰レストの麓に近づいている。このままいけば、正午くらいには到着するだろう。

 もう、楽しみなのは”竜”という存在だけだった。でも……


「私がレストに住んでいるとき、竜がいるなんて話は聞いたことがなかったけどなあ……」










 

 太陽が中天に差し掛かった頃。

 霊峰レストの麓に到着したテルスたちは地図を囲んで休憩していた。


「このルートは駒者(ピーセス)が何度か調べているし、いないと思うんだけど」


「それなら、こことここも除外してください。過去に村があった付近です。まず、竜の住処なんてないでしょう」


 テルスが駒者(ピーセス)のルートと自分が霊峰レストを登った際のルートを潰し、マルシアが独自の知識でさらに地図上にバツ印を記していく。

 こうして範囲を限定し、竜の住処を探そうとしているのだが……悲しいほど書き込まれたバツ印は少なかった。


「これ、調査が終わるのいつになるんだろ……」


 流石は未踏領域。北から東に広がるこの山脈はあまりにも広すぎた。

 何しろ、グレイスの白峰もメーヘン山脈の一部なのだ。

 もしかしたら、リーフからグレイスまで山登りをしながら竜を探さなくてはいけないかもしれない。テルスは最悪の未来を少しだけ覚悟することにした。


「なあ、そもそも竜ってどういうとこが住処なんだ」


「大きさも知らないわね」


 そもそも、竜についてあまりにも知らなすぎた。

 メルクとコングだけではない。テルス、ルナ、マルシア、そして、精霊のソルまでもが竜について何も知らないのだ。 


「知らないの? すっごい大きくて、洞窟に住んでいるんだよ」


 無邪気に首を傾げたハルが絵本の知識を語る。それに続いて「火を吐いてくるんだよな」とか「お宝をいっぱい持っている」とか「大きな翼があるんだよね。飛んでたりしないかな」などと子供たちが話す。


 最後のシュウの言葉に皆が空を見上げるが、秋空に浮かんでいるのは雲くらいのもの。ああ、あんな風にゆっくりと空を漂っていたい。


 しかし、今のテルスにとって『風』はそんなに優しいものではなかった。


「はあ……風に吹き飛ばされ続ける人生かあ……」


 ここに来るまでの道中でボサボサになってしまった髪をテルスは撫でる。

 隣りにいたはずのルナも、戦い方を教えていたシュウにもそんな被害はない。局地的な突風と戯れていたのは常にテルスだけだった。

 これが今回の【リベリオン】の代償。なんだか、『水』のときよりも『風』の方がちょっかいが多い気がする。精霊の気質か、【リベリオン】の使用時間や規模の問題か。どちらにせよ、この状況から脱するには約束を果たさなければならない。


 ただ、その約束は前回の『水鏡に元の輝きを』と同じく厄介なものだった。


「『竜に会いにいけ』って約束なのに、探すところから始めるとかこんなの絶対おかしいよ……。本当に場所は分からない、ソル?」


 その嘆きに風に吹き飛ばされるからとテルスを見捨て、ルナの肩に移動した薄情な精霊は首を振った。


「無理だね。あの白隼がいたから、約束の内容は『竜に会いにいけ』とはっきり分かったよ。でも、あの白隼が竜の住処を知らなかったんだからしょうがない」


「ここら辺で他に知ってそうな精霊は?」


「下位からは東、山脈、そんな感覚的なものしか分からないね。この山で竜の住処を知っている中位以上の精霊と話ができたら案内してもらえるかもしれないよ」


 なんて希望的観測なのか。

 中位以上の精霊なんてそう簡単に会えるわけがない。あの白峰の町が瘴気に沈んだときすら、白隼しか中位以上の精霊は姿を現さなかった。


「理不尽だっ……!」


 約束を守りたいのに、守れない。だからといって無視もできない。

 だって、テルスのルールは『約束を守り抜く』なのだから。

 そんなにルールを曲げさせたいのか。文句や不満はたっぷりだ。

 大体、約束とか契約とは両者の合意のもとで結ばれるものではないのか。内容がはっきり分からないとか、どうすれば約束を果たせるのか分からないとか……本当に理不尽である。


「この約束って誰がどう決めてるんだ……」


 精霊たちが額を寄せ合って会議でもしてるのだろうか。

 いや、下位は意思を持たないというなら、内容自体を明確に定義することは難しいはずだ。なら、ソルが下位精霊たちの意思を汲み取って言語化している……?

 なんだか、しっくりこない。

 ソルに決定権があるなら、ちょっとズルいけど、もっと自分に有利な条件で約束を交わせるはずだ。仮に、面白そうという理由で厄介な方に解釈していたら、このネズミは精霊教の司祭にでも送りつけることにする。

 それに、ソルが決めているなら、ここまで約束が曖昧にはならないだろう。

 なんというか……


 誰かが決定した内容を下位の精霊を通してソルが言語化している。

 だから、歪むし曖昧になる。


 そんな伝言ゲームみたいな印象がこの『約束』にはあった。


(全部、はっきりしないんだよなあ……)


 前の『水鏡に元の輝きを』という約束もそうだ。気がつけば約束を果たしたことになっていたが、あれは本当に雪花の湖の解放を指していたのだろうか。

 基準となるソルの力は本来はあんな規模ではないらしいし、テルスに纏わりついているという精霊は何故か行使の際に力を貸してくれる。魔法の対価も代償も明確な基準が無い。

 本当に【リベリオン】という力は謎ばかりだった。理解も想像も足りないのに、こんなんでよく魔法として形になる、とヴィヌスも不思議がっていた。


「でも、面白そうな約束で良かったよ。今回は前ほど危険でもなさそうだし。あっ、こらっ、離しなさい。離して。いや、まってー!」


 人の不幸を面白いなどと考えるからだ。

 子供たちに捕まったソルを見捨てて、テルスは借金返済に付き合うために、ここまでついてきてくれたありがたい仲間たちに向き直る。


「まあ、前回ほど危険は少ないかもしれないけど……竜を見つけるのに、どれくらいかかるかは分からないよ。本当についてきていいの?」


「もちろんいいわよ。グレイスを救うための代償なのに、グレイスの住民が誰も手を貸さないわけないでしょう。しっかり、代表として最後まで付き合うわ」


「こんな楽しそうな話に乗らない駒者(ピーセス)はいねえだろ。だって、竜だぞ。シリュウの旦那ほどじゃないが、俺だって興味はある」


 コングとメルクの瞳は輝いている。まったく、嫌がっていない。それほど、竜に会えるかもしれないという可能性に期待していた。

 この約束の内容が明かされたとき、その場にいた全員が一緒に行きたいと参加を希望した。

 そう全員。コング、サルジュ、バルフ、シュネーたちグレイスの駒者(ピーセス)。シリュウたち《黒騎(ノックス)》。ヴィヌス、アリス、まさかのミユまで手を挙げた。


 竜。


 それはもはや絶滅したと思われている生物だ。

 この百年に遭遇したという記録は一つもなく、おそらくは瘴気に飲まれた旧王都にすら、ろくな資料はなかっただろう。

 そんな絵本でしか語られない、お伽噺の存在が竜だ。ソルが約束の内容を明かしたとき、皆が「いるの!?」と驚いていた。


 そして、そのあとは……何故か、同行の権利を賭けたポーカー勝負が始まった。


(俺にとっては死活問題なんだけどなあ……)


 真っ先に負けて駄々をこねるシリュウ。なんか黒いヴィヌス。豪運を見せつけるアリス。酒を飲んでヒートアップしていくグレイスの駒者(ピーセス)たち。

 皆、楽しそうであった。

 この先の人生が賭かっているテルスとしては何とも言えない光景だったが。


 そんな紆余曲折を経て、最終的に同行者はルナ、ソル、メルク、コングとなった。


 ルナとソルが外れることはない。

 メルクは「ずっと一緒に雪花の湖に挑んでたんだから俺はこのペアの護衛みたいなもの」という理屈を押し通した。

 コングは最後の最後でイカサマがバレたヴィヌスに勝利し、ポーカー勝負に優勝した。

 ただ、皆が未練たらたらで、ヴィヌスは「新しい魔具の代金は情報で。あ、僕を連れて行ってくれてもいいですよ」などと諦めてないし、《黒騎(ノックス)》一同はいつでも呼べとしつこかった。浄天(へクス)二人も同じようなもの……王都は退屈なんだろうか。


(そんなに竜っていいのかなあ……)


 マルシアと子供たちもそう。この話を聞いた皆が目を輝かせる。

 誰もがハルたちみたいな幼い頃に色んな絵本でその存在を思い描いてきた。成長して駒者(ピーセス)となって、その浪漫を追いかけ続ける人だっている。精霊、精霊石探しと違って手に入るものなんてなく、空振りばっかりなのに。


 『竜』とはそういう皆の憧れの存在だ。


 だけど、テルスにはその感情がどうも分からなかった。

 興味がないわけではない。絵本に出てくる存在を見てみたい、という思いはテルスにだってある。しかし、幼い頃の記憶がないからだろうか。テルスは皆ほど『竜』に夢を抱けなかった。


「じゃあ、少し山登りをしてルートだけ確認したら今日は帰ろうか」


 一人だけ夢から覚めている。

 そんな違和感を抱きながら、テルスは眼前の急峻を見上げる。

 なだらかに続く緑の原っぱの先は剥き出しの岩に塗装された長い尾根。その次は木々に囲まれた山道を。崖登りに近い山肌を。滑り落ちれば最後な雪道を。五合目付近まで登ったことがあるテルスはその険しさをしっかり覚えている。

 一日目。今日は子供たちがいるからほんの少ししか登らない。

 だが、この先、いったい何日間、この危険な山と付き合わなきゃいけないのか。同じことを思っていたのか、隣で小さくルナの文字が宙を泳いでいた。


〈……どれくらい、かかるかなあ……〉


 まあ、早ければ明日とかにも見つかるかもしれない。

 このときはまだ、そんな夢をテルスは見ることができていた。


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