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盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
外伝
107/196

禽忌の庭Ⅳ

 轟く熱が全ての音を塗りつぶした。

 爆音が耳を叩く。だが、部隊の誰一人としてふらつくことはない。

 部隊の全員がエリュテイアの聴覚の保護、強化の魔法陣――通称【対エリュテイア耳栓】――を刻んでいる。大地を震わすような爆音にも鼓膜は破けず、三半規管が乱されることもない。


 しかし、くぐもった爆音に足を止めずとも、その惨状に部隊は怯んだ。


 爆音と閃光の先に広がっていたのは、開けた森。魔物の姿は消え失せ、どこに行っても煩わしかった声すら今は遠い。

 一秒か、二秒。そんな一瞬で黒き袋小路は吹き飛ばされた。

 数秒前の鳥たちなど、逆境でも何でもなかったのかもしれない。散乱した大量の木片と漂う白い湯気が大地を覆っていなければ、誰もがそんな錯覚をしていただろう。


 それほどまでに、その術者は変わらなかった。


「さあ、進もう。音を聞いて集まってくるだろうし。ファイさんたちも気づいてくれるといいんだけど」


 その額に汗はない。表情に陰りはなく、呼吸にも乱れはない。上位の魔法を撃とうと、エリュテイアは何も変わらず自らの足で走り始める。


「進むぞ! くれぐれも離れるな……まだこの技は終わってない!」


 表情に変化があったのはエリュテイアではなく、部隊の方。指示を叫ぶガウルに余裕はなく、他の者も同様に焦りや恐怖に近い表情を浮かべていた。


 ここにいる誰もがこの『咆閃華ほうせんか』を知っている。


 当然といえば当然だが、禽忌の庭の解放には多くの準備を重ねてきている。

 成り行きで魔瘴方界スクウェアを解放するなんて、難行をさらに馬鹿げたものにする阿呆などいるはずがない。各員の武器や戦い方、魔法の効果は全員が把握している。


 だからこそ、冷や汗が止まらない。

 落ちてくる黒の末路に、この白に包まれている自分を重ねてしまうから。


 べちゃり、べちゃりと大地に染みを作るのは無数の鳥たち。

 あんな爆音を敵陣のど真ん中で打ち上げたのだ。コルウスを始めとした鳥型魔物はすでに群れをなして迎撃を始めている。

 だが、その全てがエリュテイアに撃ち落とされていた。

 否、撃ち落とされているなんて表現では生ぬるい。


 これは、融解だ。


 陽炎に歪む蒸気の白い壁。それに当たった魔物の翼は蝋のように溶け、体の輪郭を失いながら落ちていく。そして、その体は大地で弾け、黒い染みとなる。


 『浄』を帯びた爆発とその残滓である蒸気。

 それらを統べるのがエリュテイアの『咆閃華ほうせんか』。


 名のとおり、鳳仙花ほうせんかの如き技。

 ただし、弾けるのは種袋ではなく、熱気と敵の五体だ。


「……うっ……」


 毒の熱湯で攪拌され続けた果てにあるような惨状。 

 その中にはコルウス以外にも、人に比較的近い《Ⅲ》の鳥人型魔物の姿もある。

 瘴気に還る前のそれを直視してしまったのか、何人かが吐き気を堪えていた。


(……まあ、気持ちのいいもんじゃないか)


 綺麗とか見栄えの良さなんて考えていない。

 これは、どこまでも敵を殺すことだけを考えて作った技だ。おまけに浄化師になったことで、その必殺はさらに研ぎ澄まされている。


 エリュテイアの以前の属性は『火』と『水』。それは消え失せたわけではなく、彼女の『浄』には『火』と『水』の残滓がある。

 浄化師となり、今までの魔法が使えなくなったどころか、魔物に対しての威力は格段に上がっている。加えて、茜と東雲、精霊魔法により威力は向上し、魔力の消費も格段に抑えられている。ずっとこの技で戦ってきたから、爆発の範囲だろうと熱気の操作だろうと呼吸のように自然に操れる。


 うん、凶悪だ。魔物からしてみればたまったものではないだろう。

 くすり、とエリュテイアは笑みを零す。


――好きなんだから、花の名前でも付ければいいんじゃねえの。ちょうど、それっぽいとこある花もあるだろ。


 口元が綻んでしまうのは、こんな凶悪な技に花なんて綺麗なものの名前がついている理由を思い出したから。


(やっぱり……会っておけばよかったな)


 恋しい。

 いつも隣に感じていた熱を感じたい。

 当たり前だったあの頃に戻りたい。

 そんな思いがないなんてとんでもない。孤児院を離れて浄化師になってから毎日思っている。


 でも、決めた。私は残されたいのではなく・・・・・・・・・・残したい・・・・、と。それに、


「ふふふ……」


 会いたいならさっさとこの地を解放すればいい。

 深くなるエリュテイアの笑み。この状況で彼女を見ている者は一体、その綺麗な笑みに何を思うか。おそらく、すでに離れ始めている隣の浄化師二人がその答えだろう。


「ほら、大群がきたから、もう一回!」


「【耳栓】、【耳栓】だー!」


 足音は高らかに。

 爆音を轟かせ、魔物の領域を破壊しながらエリュテイアたちは走る。

 順調だった。未知ばかりが立ち塞がり、状況に対処しているだけだったときとは違う。この領域を進んでいるという手ごたえに皆の表情も明るくなっていく。

 しかし……ガウルや浄化師を始めとした、魔瘴方界スクウェアを幾度も経験している者は違った。


「これだけ?」


「……そう願いたいがな」


 この程度のはずがない。アスケラとキーンは疑わしそうに周囲を警戒し、真面目なガウルは「気を緩めるな!」と部隊を戒めている。


「これだと入り口の方が難易度が高いね。チェレンは何か視える?」


「視えない。下位の魔物が相変わらず突撃してきているだけだ。まさか、王域の方が難易度は下だったりするのか?」


「それこそ、まさかだよ」


 ありえない。だって、まだ上位の魔物が出てきていない。 

 見かけるほとんどの魔物はマテリアル《Ⅱ》のコルウス。《Ⅲ》の鳥人型魔物ハルピュイアやアエローの姿はあった。だが、まだ《Ⅳ》の姿がない。調査し、いると分かっている巨大な鷲型や梟型すら見かけていない。


 どこにいる? どこにいった? そして、何を考えている?


 エリュテイアが『咆閃華ほうせんか』を放つ前にいた強い気配など今は影すらない。

 進ませてしまえば領域を解放されるかもしれないというのに、下位や中位の魔物しか迎撃にこない。


(変だ……絶対におかしい……)


 疑念を抱けども進む足は止められない。『咆閃華ほうせんか』の熱は永遠に続くわけではないし、何度も放てば魔力は尽きる。

 この迎撃が有効な間に、少しでも進むことは間違いじゃない。そのはずなのに、モヤモヤとした気分がこの白い蒸気のようにつきまとう。


(最奥に近づいているなら……合ってるよね?)


 王域だけじゃない。この禽忌の庭という魔瘴方界スクウェアに入ってから、ずっとだ。

 この魔物たちが何を考えているのか分からない。不安、不可解、疑念、それらからくる焦燥。何より、用意された道を進まされている、そんな気がしてならない。


「……考えすぎ、かな……」


 小さく、口の中で転がすようにエリュテイアは呟いた。

 答えはでないまま、葉と羽根を孕む風を切るように彼女たちは走り続ける。

 視界に流れていくのは、白く霞む蒸気を彩るような緑と黒、そして、火のような橙の――


「――っ、キーン、アスケラ、『浄』の確認をして! こいつらの突撃はピトフーイの羽根を蒸気の内側に送るためだ!」


 思い至ると同時に、エリュテイアは叫んだ。

 鳥型魔物たちはただ突っ込んできていたのではない。すでに反撃の一手を打ち続けていた。


 マテリアル《Ⅲ》鳥型魔物ピトフーイ。黒と橙の羽毛を持つ華やかな鳥の魔物。片手に乗るほど小さなこの魔物が《Ⅲ》に分類されるその理由は――毒。


 触れるだけで体を蝕む瘴気の毒をこの魔物は持っている。そして、その毒はこの魔瘴方界スクウェアという領域において最悪に近い攻撃手段だった。

 魔物の毒とは、つまり瘴気の塊だ。それがどのように人体を壊すかは種類で異なっても瘴気で形成されていることに違いはない。だから、触れるだけで麻痺するピトフーイの羽毛も『浄』の加護がある間は効果がない。


 だが、『浄』は相殺されていく。この領域においての生命線を削られてしまう。


「【浄光結界(ルクス・へクス)】」


 瞬時に決断したアスケラが浄の結界を張る。その魔力消費は決して安くはない。

 しかし、こうでもしないと瞬時に部隊全員に『浄』を渡すことができず、毒の羽毛からも守ることができない。


(駄目だ。逆手に取られてる……!)


 打開するためにピトフーイを優先して倒したくともコルウスと、自らが発現した蒸気がピトフーイを隠してしまっている。ならば――


「羽根ごと全部、吹き飛ばす」


 瘴気の毒羽根を『浄』で全て祓う。

 当然、魔力消費は上がるがそれはエリュテイアだけだ。キーンとアスケラは温存でき、部隊の皆も守ることができる。ならば、迷う必要はない。


咆閃華ほうせんか!」


 三度目の爆発が全てを祓い飛ばした。

 道を開き、一層濃い蒸気で身を隠す。これほどの『浄』で周囲を満たしているのなら、羽根なんて一瞬で消滅するだろう。


「このまま進むぞ! エリュテイア、あと何発いける?」


「まだ五発以上は撃てる。熱の維持は一発につき五分、いや四分くらい。数が多いし、突撃でいくらか熱を飛ばされてるから、いつもより効果が短いと思って」


「分かった。それと、次を撃つ前にいったん蒸気を晴らしてくれ。状況の確認をしたい。撃たなくていいなら温存しておきたいんだ」


 どこを見回しても、白い蒸気が周囲を包み込んでいた。

 森の緑は見えず、鳥たちの影すら漂白されている。仕方がないとはいえ、こうも敵影を確認できないのは問題だった。


「了解。無駄な花火は打ち上げないよ。私も王に一発くらいはぶち込みたい」


「あ、ああ……ほんとなあ……」

 

 恐ろしい白と蒸し暑さに汗を滲ませながら、蒸気のトンネルを部隊は駆ける。

 煩わしかった鳥たちも手出しできないのか、足音と呼吸の音だけが今は木霊している。

 ようやくの小休止。だが、それもこの蒸気がある間だけだ。

 少しずつ、少しずつ薄れていく蒸気に、再びの衝突を予感しながら誰もが緊張を高めていく。


 そんな中、それは響いてきた。


「たす――て、タ――けて」


 蒸気のせいか、その声はどこか奇妙に歪んで聞こえていた。しかし、それが何を意味しているのかは誰もが察することができた。


「おい、これ他の隊の奴らだろ!」


「どこからだ? 耳を澄ませ! 聞き逃すな!」


「ちっ、変に木霊しててよく分かんねえ。だが……これ前、だよな」


「ああ、おそらく前方であってる! 大型の瘴気が視えた!」


「よし、合流するぞ! 救援後はすぐに離脱し、再び最奥を目指す。前衛は――」 


 ガウルが指示を飛ばす間も、声に近づいていく。

 それは、まだ誰かが生きていることの証だ。

 もしかしたら、ファイやベンにも合流できるかもしれない。あの二人がいれば、今よりももっと万全の体制で進むことができる。駆ける部隊は希望と覚悟を灯し、戦場へと辿り着く。

 

 そして、一陣の風に蒸気が完全に消え去り――


 エリュテイアたちは、禽忌の庭という魔瘴方界スクウェアを知ることとなる。


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