表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
盤上のピーセス  作者: 悠々楽々
外伝
104/196

禽忌の庭Ⅰ

 誰もが固唾を飲んでその戦いの行方を見守っていた。

 騎士選定(セレクション)、その決勝戦。

 盤場(ボード)の舞台で相対するは白と黒のように対照的な二人。

 一人は激しく動き回り、刀を振り回す獣のように荒々しい駒者(ピーセス)。もう一人は効率を求め、無駄を削げ落とした美しさすら感じる剣を振るう兵士。

 この二人が他の参加者を一蹴し、盤場(ボード)の中心で衝突して何分が過ぎたか。

 ちらりちらり、と頻りに審判が保護用魔具キャスリングの時間制限を気にかけるほどに、この戦いは長い間続いていた。


 歓声はない。観客席は隣の呼吸さえ聞こえそうな静寂が広がっている。

 それは何も一般の観客だけの話ではない。

 王に貴族、有名な騎士団、名うての駒者(ピーセス)やそのクラン。

 そして、浄化師。

 その誰もが声を発しない。

 闘争に慣れていようと、両者の激闘には他者を引き込む熱があった。


 しかし、ただ一人。

 この戦いに異なる感情を乗せた眼差しを向ける浄化師がいた。


 不思議な雰囲気を持つ女性だ。

 アッシュブラウンの艶やかな髪と瑞々しい白い肌は若さに溢れている。しかし、夕焼けを思わせる茜の瞳と、その佇まいには若さとは正反対の落ち着きがあった。

 神秘的、謎めいている。そんな言葉が似合う、どこかアンバランスな麗人。

 ただ、今の彼女の雰囲気には少々、本来の神秘さが欠けている。


 その表情には明らかに馬鹿を見ているかのような呆れの色があり……けれど、唇は嬉しそうに緩んでいた。


 そして、彼女がそれを自覚するよりも前に、決着のときが訪れる。

 黒の駒者(ピーセス)が荒々しく刀を振るい、白の兵士を舞台の端へ追い詰めていく。一閃、二閃。鋼の光がついによろめいた兵士に迫ったところで、


 兵士はくるりと体を翻し、駒者(ピーセス)の背後を取った。


 フェイント。それにつられた致命的な隙。背後から迫る斬撃に対し、駒者(ピーセス)はまだ振り向いてすらいない。

 終わった。息を呑み、決着の瞬間を確信する観客の中、見守る浄化師の茜色の瞳に心配の色が宿る。


 しかし、誰もが想像した結末は覆された。


 後ろを見ることなく発現された【魔壁】。

 その赤い壁が兵士の剣を拒んだと同時に、

 駒者(ピーセス)が振り向きざまに振るった一閃が深々と兵士を切り裂いた。キャスリングの魔力が尽き、その残滓が虚しく宙に散っていく。


 決着。勝者は無名の駒者(ピーセス)


 騎士選定(セレクション)開催以来、初となる番狂わせ。

 あのどこからかやってきた若者が数多くの強者を倒し、ついにはあの最も将来を嘱望されている《白騎(ディエス)》団長の息子をも超えてのけた。

 その事実を、手を空へと突き出し、勝利を示す若者に実感していく。


 黒く短い髪、陽に焼けた肌、爛々と輝く真紅の目。どこか野性味のあるその姿を誰もが記憶に刻もうと、身を乗り出して盤場(ボード)へと眼をこらす。


 徐々に大きくなりながら降り注ぐ歓声。

 その中を若者――シリュウはただ真っ直ぐに歩いていく。


 彼が目指す先、そこには白い乙女が待っていた。


 これはまさか。見守る観衆に違う期待が宿る。仕方ないと敗北を喫した兵士は肩をすくめ、王様はこの先の厄介ごとを思ってお腹を押さえる。


 そして、シリュウは盤場(ボード)に響き渡る声で愛しの浄化師に思いの丈を叫んだ。


「好きだ! 俺を騎士に選べ!」


「え、嫌。それは断る」


 浄化師は一秒と迷わず、告白を切って捨てた。


 この日、騎士選定(セレクション)に優勝したシリュウ・ドラグオンは多くの観衆たちが見守る中、盛大に振られたのである。











 色々な意味で話題を呼んだ騎士選定(セレクション)からはや、三ヶ月。

 シリュウは今日も《白騎(ディエス)》の訓練場で落ち込んでいた。

 膝を抱え、訓練場の隅っこに座るその背中は煤けている。ため息は両手でも数え切れず、しょぼーんと落ち込んでいるその姿を笑うのは流石に悪いと思ったのか。三ヶ月が過ぎてようやく、《白騎(ディエス)》の中ではシリュウをからかう者が少なくなってきた。


 しかし、こうも覇気の無いものが訓練場にいると、それはそれで問題だ。

 シリュウとは違う感情がこもったため息をつき、一人の男が近づいてくる。


 騎士選定(セレクション)において優勝の座を争ったガウル・K・ティガードであった。


「おい、シリュウ」


「なんだよ、ガウル。俺は落ち込んでるんだ。笑えよ、俺は世界中の人たちの真ん前で無様に振られたんだ……なあ、お前分かるか、見ず知らずのおばちゃんに頑張んなさいと慰められる気持ちが。ガキに指差されて笑われる気持ちが。酒飲んでるとおっさんが一杯奢ってくれるときのやり切れない気持ちが!」


「あー…………流石にそこには同情する。でも、お前、三ヶ月前から同じことを言っているぞ」


「うるせえよ。日々更新されていくんだよ。今日は花屋の嬢ちゃんに真っ赤な薔薇をもらったんだぜ」


 そう言って、シリュウは片手に持った薔薇を振る。

 赤という色彩はシリュウの目とお揃いで似合っているが、致命的に花の雰囲気とシリュウが合っていなかった。


「チャンスはまだあるんだと。お前はどう……いや、お前は振られたことなんか、なさそうだよなあ」


「ふ、そうでもないさ」


「うぜえ」


 髪を掻き上げるガウルを憎々し気にシリュウは見る。

 サラサラとした金髪、白馬の王子様という言葉がぴったりな顔。父親は《白騎(ディエス)》の団長で、ガウル自身も今回の騎士選定(セレクション)で父と同じく騎士となった。

 そんな、容姿、血筋、身分の三拍子が揃っているのがこの男だ。


 何だか癪に障る。

 でも、ガウルのような奴だったら、あいつも騎士の申し出を受けてくれたのだろうか。

 そんなことが頭に過ぎって、シリュウの気分は一層沈んでいく。


「あいつの騎士になりたかったんだ……」


「ああ、その愚痴は数え切れないほど聞いているな」


 ガウルに馴れ初めから今に至るまでの話を聞かせたのはこれが初めてではない。すでに両手の指では数えられないほど聞かせている。しかし、それでも足りないとシリュウは隣に座ったガウルにまたも、同じ話を聞かせようとする。

 ガウルはそれでも嫌そうな表情など微塵も浮かべていない。

 うむうむ、と相槌を打ちながらシリュウの愚痴に付き合おうと隣に座る。この男、容姿だけでなく性格までよろしかった。


「あいつはな……」


 ゆっくりと。いつものようにシリュウは想い人――エリュテイア・ドラグオンの話を始めた。


 シリュウの母の孤児院を昔から手伝ってくれていた人。

 そして、『浄』に目覚め浄化師になるために王都へ旅立つとき、シリュウが騎士になると誓った人。


 正直、最初は好きでもなんでもなかった。というより、いるのが当たり前という認識だった。

 何しろ、物心つく前から隣にその姿があったのだ。若い見た目と違い、シリュウよりも十は年上なハーフエルフの彼女がどう思っていたかは知らないが、シリュウにとってエリュテイアは家族であり、仕事仲間だった。


 そう、仕事。

 あの頃は旅をしている親戚から孤児を預けられる機会が多かったため、母の孤児院にはいつも子供の姿があって、シリュウもよくエリュテイアと共に母を手伝っていた。料理が下手な彼女からフライパンを奪ったり、色々と雑な自分の掃除をフォローしてもらったり、ずっと顔を合わせていた。

 小金を稼ぎに魔物を倒しに行くときも。子供たちに勉強を教えるときも。赤ん坊の泣き声に起こされたときも。本当に四六時中、その姿は隣にあった。


 それが二十年以上。

 だから、気づけなかった。


 結局、シリュウが彼女に抱く好意を自覚したのは、エリュテイアが『浄』に目覚め、孤児院を離れることになってからだった。

 離れるとなってようやく、無愛想で、不器用で、ちょっと目つきが悪くて、子供を見て優しく微笑む彼女が好きなのだと理解した。

 そして、シリュウは自分の気持ちを自覚してからは早かった。

 その日のうちに告白し、必ず騎士になって迎えにいくと約束した。


 あのときはエリュテイアも喜んで、馬鹿だなあ、と笑ってくれた。だけど、


「なんで、断るんだよ……」


 あれから何年も時間は過ぎている。

 その間に女心とやらが変わってしまったのだろうか。


 幼い頃から母に武術を、エリュテイアに魔法を叩きこまれていたとはいえ、ここまで鍛え上げるのにはシリュウも時間がかかった。

 普通の強さでは駄目だった。

 誰に文句を言われても、正面から叩き斬れるようにならなくてはいけなかった。だから、各地で暴れ回り剣を磨き、駒者(ピーセス)としての実績と力を積み上げていった。


 そうして、開催された騎士選定(セレクション)に出場し――シリュウは盛大に振られた。

 優勝した瞬間、約束を果たしたと思ったシリュウへのまさかのバックスタブであった。


「はあ……」


 ガウルに愚痴を零しながら、また、ため息が加速する。

 自身の生涯においてずっと好きだった人に振られ、目標も消え失せたのだ。その傷は果てしなく大きかった。


 そんな煤けた背中に、背後から活を入れるものがいた。


「まあだぐだぐだやってんのか! んな話を男に聞かせる暇があんならその派手な薔薇持って、あいつのところに行きやがれ!」


「いってえ!」


 背中に受けた衝撃にシリュウが振り向く。

 そこには白い髭を蓄えた、とても老人とは思えない屈強な体の持ち主――騎士団総長にして一浄天モノ・へクス、ファイ・サジタリウスが立っていた。


「まったく、訓練をサボって何をしているかと思えば……」


「げ、父さんまで」


 騎士団総長の背後から《白騎(ディエス)》の団長まで現れた。

 実の父の登場にガウルが嫌そうに顔をしかめる。


 ベン・K・ティガード。

 白いちょび髭が特徴的な王様よりも王様らしい容姿をした《白騎(ディエス)》の団長だ。


 何でお偉いさんが二人もいるのだ。

 そんな疑問を咽るシリュウは聞くことができない。

 ドワーフの血が入っているファイはとにかく力が強い。おそらく、服の下の背中には赤い手形がくっきりと残っているだろう。


「いいか、シリュウ。何度も言っているだろう。女は押して押して、押しまくるんだよ。また振られるかもしれない、なんて言っている奴に勝利は掴めねえ。最後に首を縦に振らせるまで胸に紳士と獣を宿らせて戦うんだよ」


「ファイさん……」


 ファイ・サジタリウスはシリュウに叩きつけた手を強く握りしめて、熱く恋愛について語り始める。

 まさかの騎士団総長様からの恋愛アドバイス。そのありがたい言葉を胸に刻み、シリュウは薔薇を握りしめる。

 ただ、もう何度かこの人の言うとおり行動しているが、その成果は一向にない。


「はあ……あのな、ファイ。押して駄目なら引いてみろという言葉があるのを知っているか? たまには引いて、相手をじらすことも肝要だ。全ては計算だ。足し、引きの果てにたった一つの愛という解答を導き出す。分かるか、シリュウ?」


「ベンさん……」


 団長の言葉も胸に刻み込む。

 ただ、難しいことを言っているわりに、こちらもあんまり役に立ったことはなかった。


「たく、頼むぜ。お前のことは頼りにしてんだからよ」


「そうだな。基礎は叩きこんだんだ。さっさと騎士団作れよ」


「それは勘弁だ」


 ファイとベンの催促を即座にシリュウは断った。

 シリュウが騎士となってから、何故か勉強という名目で騎士団については色々と学ばされた。

 エリュテイアの騎士になりたかっただけで、シリュウは騎士団には興味がない。

 仮に、騎士団員として活動するにしても、この三ヶ月ですっかり仲が良くなった《白騎(ディエス)》に所属することを選ぶだろう。

 それを分かっているだろうに、何故だかファイとベンはシリュウに騎士団を作れと催促するのだ。


「……まあいい。後になりゃあ分かるだろ。ガウル先に行っているぞ。じゃあな、シリュウ気張れよ」


「そうだな、三日以内にもう一度攻めにいけ」


 言いたい事だけ言って、ご老人共は去っていった。

 勝手なものである。その背を見送りながら、思わずシリュウはぼやいていた。


「まったく、俺で賭けでもしてんのか、あの二人……」


「さあな。では、シリュウ。俺も行く。さっきの続きは夜にでも、酒を飲みながら付き合おう」


「おう。でも、あの二人とお前で話し合いなんて、何かあんのか?」


 騎士団総長に《白騎(ディエス)》団長、そこにガウルを加えた話し合い。

 そういうことには疎い、シリュウであっても何かあると察することができるほどの顔ぶれだ。


「なに、単なる大人の酒飲みさ」


 ガウルは答えをはぐらかした。

 たしかに、あの二人は昔からの付き合いで、酒を飲んで騒いでいることも多いと聞く。そこにベンの息子であるガウルが加わるのも不思議ではない。


 それが、こんな真昼間でなければ。


「シリュウ……いいか、よく聞いておけ。お前が後悔したくないなら、何が何でも三日後の昼にここに来い。そうすれば分かる。特殊な訓練もあるから全力を出せる装備で来い。絶対だからな」


 唐突な忠告。

 一体何なのかと聞き返そうとする前に、ガウルは足早に去っていった。


「あ、おい……たく、何だったんだ?」


 去っていく友の背中を見送ったシリュウは空を仰ぐ。

 呑気に漂う白い雲。その間から覗く蒼からはほんのり暖かい日差しが降り注ぎ、柔らかな風が葉や草で音を奏でている。

 穏やかな気候に大きな欠伸を一つ零し、シリュウはゴロリと寝転んだ。


 さっきの話は今夜にでも酒を飲みながら聞けばいい。

 そこで、ガウルが口を割らずとも答えはどうせ三日後には分かる。


 シリュウの中でこの疑問は真上に浮かぶ雲と同じく、流されて消えていくものに過ぎなかった。











 そっと、窓一枚隔てた先の誰にも気づかれないように。

 彼女はただ密やかに、寝転ぶ黒髪の青年を見守っていた。


 昼下がりの日差しに少し眩しそうに目を細め、頬杖をつく彼女は絵画のようで。


 この部屋にいる者たちは時折、穏やかなその絵に視線を向けてはため息を零す。やりきれなさ、じれったさ。嫉妬、羨望、誰かへの殺意。そんな色んな感情を詰め合わせたため息を。


「いいのか。会うのは最後になるかもしれないぞ」


 隣に座る友人、チェレン・アヌジンはそう彼女に問いかけた。


「……あいつは勘が鋭いから。らしくないことは手紙にしたためておいた」


「話さないでいいのか?」


 彼女は名残惜しそうに、窓の外に見えるシリュウから視線を外す。

 その茜色に宿る想いは、誰が見ても明らかだ。だからこそ、これでいいのか、とチェレンを始め、ファイやベンたちも今日までに何度も彼女に問いかけていた。


 その問いに彼女は――エリュテイアは微笑み、いつもと同じ答えを続けた。


「私はあいつが好き。それはあいつも知ってる……私の好きが他にもあることも」


 だから、これでいい、と結んだその声には揺るがぬ覚悟があった。


 浄天へクス、《白騎(ディエス)》を始め、この場にいるのはセネトにおいて最も覚悟を問われる者たちだ。だが、その中にあっても決して見失わぬ強い輝きが、エリュテイアの覚悟には灯っていた。


「それに、私が話してあいつが追いかけてきたら、騎士選定(セレクション)の意味がなくなる。まあ、あいつは騎士なんて柄じゃないから、どっちにしろハズレだろうけど」


 エリュテイアがからかうように付け足した声に、違いない、と部屋に入ってきたガウルが賛同した。


 これで最後の一人が揃った。


 一浄天モノ・へクスファイ、二浄天ジ・へクスアスケラ、五浄天ヘキサ・へクスエリュテイアを始めとした浄化師たち。

 ベンが率いるガウルたち《白騎(ディエス)》。実力のある駒者(ピーセス)のクラン。

 他にも、この一室には多くの者が集まっている。

 

 その目的はただ一つ。


「さて、始めようか。魔瘴方界(スクウェア)『禽忌の庭』。最後の攻略会議を」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ