第八話 幼なじみとデート
マッサージとわかめが効いたのか、髪は早く伸びた。
幸い、一冴の学校は髪型にうるさくない。伸びてゆく髪も縛るようにしか言われなかった。
ただし長髪でも、男子と女子では形が違う。美容室では、女装をするので女性の髪型にしてくださいと言わなければならなかった。そのたびに、気味の悪い薄ら笑いを理容師は浮かべた。
当然、声も変えなければならない。
女性の声を得るために、週に一度、東條邸を訪れて発声訓練を受けた。そのときも菊花は乱入し、警策で一冴を殴ったり、喉仏を摘まみ上げたりした。発声訓練のあとは、女子仕草の指導という理由で数時間も拘束される。
そんな冬休みの初日のことだ。
発声練習が終わったあと、東條邸の脱衣室で女装する。十数分のうちに、鏡に映る長髪の少年はミディアムヘアの少女へと変わった。
女装を終える。脱衣室の扉を開けると菊花の顔があった。眼前にあった。一冴の全身を眺め、完璧、と言う。
「じゃ、そと出よっか。」
「んっ。で、でも。」
「大丈夫! 多分、バレないから。」
女性用のコートとバッグを身に着け、二人で玄関へ向かう。
菊花や母からは「多分」大丈夫だと言われていた。「多分」とは何か。第三者から見ても本当にバレないのか――入学する前に確認する必要がある。
胸を高鳴らせつつ東條邸を出る。
菊花と竝んで住宅街を歩いた。全身が緊張で固い。
一冴の手を菊花は握る。
どきりとして隣を見た。にまにまと菊花は笑う。
「やっぱ完全に女子じゃん!」
「いや、あの。」顔をそむけた。「手――」
「いーの、いーの、女の子同士なんだから!」
――そういうもんか?
しかも、実際は男子と女子である。まるで恋人同士のようだ。よく考えれば、女子と二人きりで外出したのはこれが初めてだった。女装しているのに加え、そこがなお気まずい。
手をつないで歩きたいのは――蘭なのだ。
路面電車に乗る。
不審の目は向けられなかった。事実、座席に坐る二人は「女の子同士」にしか見えない。
繁華街で降り、デパートへ這入る。
新しい服をまず買った。厭がる一冴を下着売り場に菊花は無理やり連れてゆく。そして、だいふくねこやらパンダやらクマやらが大きく描かれたショーツを次々とかごに入れ始めた。
「あの、これ菊花ちゃんの?」
「は?」菊花の顔が不快に歪む。「あんたのでしょ。」
「頼むから普通のにして。」
そのあと、ゲームセンターで遊んだ。
クレーンゲームをプレイし、「だいふくねこ」の大きなぬいぐるみを手に入れる。菊花はそれを抱えると、一冴にさし出した。
「とりあえず、この子はあんたが持っときなさい。」
「――何で?」
「どうせなら、女の子らしい物を持っといたほうがいいでしょ。白山に合格したら入寮するんだしさ。この子がいたほうがバレにくいじゃん。」
「そっか。」
ぬいぐるみを受け取り、抱きしめる。
それからカフェへと這入った。
今日はレディースデイ――女性限定のパフェが安い値段で出される日だ。メニューを選ぶ間もなく、そのパフェを二つ菊花は注文する。疑うことなく店員は注文を承った。
店員が去ったあと、菊花はほほえむ。
「ね――意外とバレないでしょ?」
「うん、確かにそうだけどさ――」一冴は声をひそめる。「けど、これ、詐欺罪になるんじゃないの? 女性向けに安く売られてるんでしょ?」
「いーの、いーの。」菊花も小声で言う。「大体、レディースデーなんて男女平等じゃないんだから。つまり憲法違反なの。」
「そういうもんかなぁ――」
「あんまりガタガタ抜かすと店員さんにバラすよ?」
そう言われると黙らざるをえない。
やがてパフェがきた。
店員が去ったのを見計らい、菊花は言う。
「ともかくも――その格好してる以上は、女の子としてふるまってもらうからね。」
パフェのいちごをフォークで刺し、一冴の前にさしだす。
「はい、いちごちゃん♡ あーん。」
一瞬ためらったが、一冴は口を開ける。
そして、いちごをかみしめた。




