第十二話 山吹の香り
友人たちと距離が開くのを菊花は感じていた。
二時間目の授業を聴きながら、菊花は窓に目をやる。晴れた梅雨の空が十字の枠に切り取られていた。教室が暗く感じられるほどに――青い。
紅子の顔が目に浮かぶ。
先日は――何も説明できない菊花に戸惑っていた。何も言えないことは、心を通わせられないことと同じだ。夕食の時も朝食の時も、同じ席に坐っていいのか分からないような顔を紅子は見せた。
だが――。
食事のとき、同じような眼差しが梨恵にも浮かんだような気がする。言葉を交わしたはずなのに、あのような表情を見せたのはなぜだろう。
窓辺の席に目をやる。一冴と菊花の席には、食事の時と同じほどの距離があった。あれだけショックを受けても、女子としての姿勢や作法を絶やさないのは凄い。警策で殴りながらあれを教えたのは自分だったのだ。
授業が終わる。
三時間目は理科室での授業だ。
一冴はと言えば、友人たちの誰よりも先に教室を出た。何となく気後れを感じて、クラスメイト達を見送ってから菊花は教室を出る。距離が開いているのではなく、自分が距離を取りたいのかもしれない。
実習棟へと行くために渡り廊下を進む。
前方から、一人の教師が歩いてきたのはそのときだ。凛とした顔立ち――口元には真紅が引かれている。当然、その教師のことを女性だと菊花は思った。
すれ違いざま、ささやき声が聞こえる。
「菊花お嬢様。」
菊花は立ち止まり、首をかしげる。それが誰か全く分からなかった。
「お判りいただけませんか? 山吹です。」
「――え?」
そして男の声が聞こえた。
「この声でお分かりいただけませんか?」
少しの間を置き、ようやく菊花は気づく。
「嘘――本当に?」
何しろ、姿も声も完全に違っていたのだ。今の山吹は、どこからどう見ても「女教師」でしかない。
周囲を気にしてか、女の声を山吹はだす。
「御前に知られたくなかったため、女装しておりました。」
「――そう。」
しかしながら、困惑は簡単には消えない。
「お伝えしたいことがございます。昼休憩にでもお時間はよろしいでしょうか?」
女装してまで山吹が伝えたいこと――それは大変なことに違いない。
「う、うん。構わないけど――」
「他人には聞かれたくないことです。第一実習棟の西端の階段の下まで来ていただければ幸いです。」
「分かった。」




