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第六話 破綻

菊花は呆然と立ちつくした。


一冴の正体を自分が話したとはどういうことだろう。だが、そのことで一冴は激怒していた。東條さん――とまで言われてしまったのだ。


身に覚えのないことで非難を浴びせられるのは辛い。


その日、菊花は一冴と話さなかった。梨恵や紅子ともあまり口を利いていない。怒っていることは誰の目にも明らかだ。たとえ話しかけたとしても、口を利いてくれそうにない。同時に、落ち込んでいるようでもある。


休み時間の合間に、そっと紅子が尋ねてきた。


「一体どうしたんだろうな、同志(タヴァーリシ)いちご?」


「ううん。」


菊花には何も答えられない。


とにかく、蘭に事情を聴くべきだろう。


授業が終わり、放課後となる。


白山神社へと菊花は向かった。


先々週の土曜日から通い続けている。本来なら、先週の土曜日で終わるはずだった。しかし、鞄に仕舞っていたろうそくが火曜日に融けてしまったため、一からリセットしたのだ。それでも、今日と明日で終わるはずだった。


境内に着く。


ろうそくに火を灯し、二礼二拍一拝した。


手を合わせ、どうして、と思った。


――どうして、こんなことになったんですか?


それから学院へと引き返す。


校内へ這入り、鎮守の杜の入り口にある東屋で蘭を待った。


先ほどいた場所が、本来は鎮守の杜なのだ。しかし、鎮守の杜と言えば学園ではこちらを指す。今さらながら、それが不思議に感じられた。


夏至が迫っている。最近は、待っても待っても陽が落ちない。


やがて、深い栗色の髪が見えた。


菊花は立ち上がる。


「蘭先輩。」


蘭は顔を向け、ほほえむ。


「あら――菊花ちゃん、どう致しました?」


「いえ、少しお話が――」


何ですの――と言い、蘭は東屋へ近づく。


「あの――知ってるんですか? いちごちゃんのこと。」


蘭の顔が少しかげる。


「上原さんの――何をですか?」


「いえ――。いちごちゃんの――秘密について。」


「あゝ。」蘭の顔がほころぶ。「彼が男性であることなら、存じてをります。」


風が吹き、鎮守の杜がざわめく。


「――どうして?」


今さらながら、蘭は気まずそうな顔をした。


「いえ、あの――」


「何で――私が教えたなんて言ったんです? 嘘ですよね、それ?」


菊花の声は小刻みに震えていた。


蘭は首を横に振る。


「いえ――その――。菊花ちゃん、白山神社の献灯台にろうそくを立てゝいらっしゃいますね? たま〳〵それを見かけまして。追ひかけて、ろうそくに書かれてゐる名前を目にしたら、やうやく思ひ出せました。」


菊花の中で、何かが割れた。


自分のせいだったのだ。一冴を想う心が――縁結びのジンクスが――裏目に出てしまった。


しかも、ろうそくを菊花が立てていたことを蘭は知っている。


ということは――。


「蘭先輩、私の後を着けてましたね?」


蘭は何も答えない。


「それで――言ったんですか? 文藝部から出て行けって?」


「いえ。向かうにその気がないなら、わたくしから出てゆきます。」


菊花は眉根を寄せる。


「――なぜ?」


「だって――女子寮に男がゐるのですよ? しかも、わたくしを追ひかけて文藝部にまで入っただなんて、気持ちが悪いではありませんか。もしも何か問題が起きたら――その時になっては遅いですよ。」


だから言ったのか――菊花の気持ちも考えないまま。


一冴は蘭に熱中している。一冴が蘭へ気持ちを伝えられても、菊花は一冴に気持ちを伝えられない。伝えても受け入れられないだろう――自分は今まで一冴に冷たくしてきたのだし、何より蘭がいるのだから。


「それを言うことで私がどんな気持ちになるか考えなかったんですか?」


「だって、向かうが入れ込んでゐるのはわたくしですよ?」


次の瞬間、蘭のほほを菊花は叩いていた。


一瞬の後、驚いたような顔を蘭は向ける。


胸の中に溜まった熱いものを菊花は吐き出した。


「あんたのせいでどれだけ私は気持ち悪い思いをした! あんたのせいでみんな台無しだよ――みんなみんなみんな! 死んじゃえ!」


顔を背け、寮へ向けて走り出す。波紋状の石畳が視界に流れた。ほんの少し覚えた後ろめたさを、全ては蘭が悪いのだと思って押し殺した。

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